部品表と工程表

今年の初め頃だったが、ある集まりを手伝うことになった。中高校生くらいの若い子達が20人くらい集まるので、彼らに昼食を出す。わたしと連れ合いはその食事作りのお手伝い、という受け持ちになった。わたし以外は全員、年配の女性達だ。集会場所の横にはそれなりのキッチン設備があり、食器もそろっているので、そこに集合となった。前日までのメールでは、シチューを作ると聞いていたのだが、当日集まっていたら、なぜかメニューはカレーと野菜スープに変更になっていた。ともあれ、食材もそろって、さあ調理と言うことになった。

ところで、この調理の進め方がなかなか見物だった。わたしは男なので、食器洗いその他の力仕事に回り、実際の調理は女性達が受け持つ。皆、何十年と料理をしてこられた方ばかりだ。ただ、わたしも一応、料理の心得はあるので、どんなプロセスで進むかは理解している。まず材料を洗い、切り、大鍋に適時投入して、煮て味付けをする。そのかたわらご飯を炊いて、織機を用意する。それだけのことなのだが、現場は大騒ぎだった。

まず、この集団には、采配をふるうリーダーがいない。2、3人、それなりにリーダー格というか、まあ仕切り屋のタイプの人はいる。だが回りの人たちも黙っていない。みな、料理については一家言ある女性ばかりだ。だからどの材料をどれくらい使うか、どう切っていつ鍋に投入するか、味付けには何をどれくらい入れるか、まあ実に喧々がくがく、議論が続く。議論だけでなく、彼女たちはしゃべりながら実際に手が動き、勝手にやってしまう。もうどうなることやら、ホントに昼食時間までに間に合うのか、などハラハラして見ていたが、幸いというかカレーも野菜スープもなんとかそれなりに出来上がって、腹を空かせたティーンエイジャー達の胃袋にあっという間に飲み込まれた。

この集まりはまあ、ボランティア集団のようなものである。こういう集団では、会社のような上司・部下関係が無いし、指示=命令原理も働かない。誰か図抜けたリーダーがいればその人の判断と采配で、皆が一応動くだろう。だが、そういう人もいなかった。それでも何とかなったのは、女性達の調理のスキルもあるが、一つにはカレーとスープという料理が、材料にも味つけにもある程度幅があっても、まとまりやすい料理だったからだろう。

それにしても、同じこの仕事を、わたしの勤務先の同僚達がやったらどうなるだろう、と想像してみた。ボランティアの組織だ。賛同者が集まり、業務命令系統はとくにない。でも、きっと、自然にこうなるだろう:
(1) まず、料理は何を何人前作るか相談の上、決める。
(2) 必要な食材のリストを作る。食材の種類と、数量と。必要ならば、スペックつき(たとえば豚肉ならば「バラ肉」とか)で。
(3) 調理の手順のリストを作る。それに必要な調理器具もリスト化する。
(4) 食材調達の担当者を決めて、買い物を任せる。
(5) その間に、調理器具と食器の準備をする。必要な食器を集めて洗い、並べる。
(6) 食材が来たら、これも分担して洗い、カット、下ごしらえをする。
(7) 調理をする。この作業にはやはり、多少はスキルのある経験者をあてる。
(8) たぶん何人かで味見をして、OKとなれば盛りつけ、配膳作業をする。

たぶんこうしたことが、なかば自然に進むだろう。なぜなら、これはエンジ会社が普段やっている、エンジニアリングの仕事そのものだからだ。誰かがリーダー役を引き受けるだろう。あるいは長老が、誰か若手を指名してリーダー役にするかもしれない。皆、そのリーダーの采配と交通整理に従う。難しい問題が起きたら、皆で相談して解決する。それでも迷ったら、リーダーの責任で打ち手を決断する。これがたぶん、わたし達のスタイルだ。もちろん、調理の腕前は熟練の女性達にはかなうまい。でも、何とか必要なものを必要なタイミングに必要な量だけ、届けられると思う。

とくに大事なことは、最初に大まかな計画を立て、必要な材料や道具や手順のリストを作ること。これがないと、全体の仕事量も、作業の分担も、そして納期も見通せないからだ。

わたしの勤務先が特別だというつもりはない。たぶん大方の会社は、少なくとも製造業なら、こういう風に仕事を進めると思う。ものづくり企業に共通なDNAというのがあるとしたら、その一つは、最初にいろいろなリストを作ることにあるだろう。リストなんか作らなくても、あの女性達のように、ものは作れる。だが、仕事の見通しは、格段に落ちるだろう。

必要なリストは何だろうか? あるいは、もっと抽象化して問題を捉えるなら、生産という仕事に必須な基準情報は何なのか。

それは大きく、「もの」(=マテリアル)に関する情報と、「製造作業」に関する情報とに分かれる。「もの」に関する情報は、まず、どういう品目(材料・製品を含む)があって、それはどういった使用・属性を持つか、というリストになる。これは通常のIT用語で言うと『マテリアル・マスタ』(品目マスタ)と呼ばれる。ついで、ある製品は、どのような部品・材料から成っていて、どれだけの数量を要するのか、という製品構成に関する情報が必要だ。これが『部品表』(BOM = Bill of Material)データである。ただしBOMがマスタとしてITシステムの中に整備されているかどうかは、その企業・生産形態に依存する。

では、製造作業に関する情報はどうか。これはまず、製造に使う機械・設備の情報と、具体的な作業の情報に分かれる。前者は、機械リストとか、会社によっては作業区(ワークセンター)マスタと呼ばれる。もう少し進んだ形では設備構成マスタというデータ形式になる。設備構成マスタとなると、その中に階層構造が表現されて、たとえば作業区1の圧縮機Aには、補機として潤滑油ポンプA1がある、といった事情がわかるようになっている。つまり一種の、機械設備に関する部品表みたいなものである。かなり保守業務のレベルの高い企業では、こうしたマスタが必要とされる。

後者の、具体的な作業の情報については、特定の製品・品番ごとに、(通常は複数の)製造作業が生じる。つまり、各作業に必要な機械・設備は何で、その順序はどうで、各作業条件は何で、(もしあれば)マニュアルや作業標準はどれで、といった属性が並ぶ作業マスタがいる訳だ。これは基準情報である。ただし、個別の作業指示が出される場合は、それぞれの作業にIDをふり、これに着手・完了のタイミングを指定し、さらに必要な機械・設備などをアサインしたリストを作ることになる。これは、しばしば『工程表』と呼ばれる。英語でBOP(Bill of Process)と呼ぶこともある。

以上をまとめると、生産という仕事に関する基準情報は大きく4種類に分けられる:

マテリアルに関する情報
・マテリアルの属性情報 → マテリアル・マスタ(品目マスタ)
・マテリアルの構成情報 → 部品表(BOM)
製造方法に関する情報
・機械・設備の構成情報 → 作業区マスタ、ないし設備構成マスタ
・製造作業の属性情報  → 作業マスタ、あるいはその具体型としての工程表(BOP)

なお、ここで注意しておきたいことがある。それは「情報」と「データ」の区別だ。これについては以前、『ITって、何?』というシリーズで長々と述べたことがあるから詳しくは繰り返さないが、
・「情報」とは人間に意味をもたらすもので、基本的には不定形
・「データ」は定型化された記号の並びで、機械的処理に適する
という区別がある。今日はA社の業績ニュースが流れて株価が上がりました、が情報。各社の株価が定型化されて並んでいる株式欄が、データ。情報を定型化して機械で処理したり、データを読み取って人間に意味を提示するのが、IT(情報技術)である。上に述べた基準情報の例でいえば、人間は情報だけあればいい。ただ、量が増えたときには、紙に記録してリスト化したり、さらにコンピュータの中に収めてマスタ・データ化する方がベターだ。

もう一点。上の説明では、『工程』という言葉をあえて使わぬように説明した(「工程表」は別として)。これは、工程という用語が業種・会社によってかなりいろいろな意味に使われているためだ。大きく分けても、工程をプロセス=作業群の意味で使うケースと、ワークセンター=作業区の意味で使うケースがある。それらをごっちゃにしているケースだって、少なくない。工程表という用語だって、それなりにブレがある。

本当はこうした用語類は、わが国の生産管理の発展のためには、共通化した方が良い。しかし、抽象化・標準化への希求がかなり弱いわたし達の社会では、それぞれの業界や特定の大企業が勝手に作った方言を、グループや系列会社に押しつける例が、よく見受けられる。業界を横断して工場づくりの仕事をしている我々エンジニアリング会社にとっては、まことに不便な状況である。本来だったらアカデミアの学者が先導して、こうした状況を改善すべきなのだろうが、あいにくその動きも薄い。

そこでわたしは、せめてこのサイト内では整合性のある用語を使うように心がけており、とくに多義語である「工程」は極力使わないようにしている次第だ。かわりに、わたしは製造業務のプロセスを呼ぶときは『工順』(英語でRouting)と呼ぶようにしている。わたしの考える製造という仕事のプロセスの構造を、図に示すと次のようになる。
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図 製造という仕事のプロセスの構造

もっとも「工順」という言葉だって、作業の集合を指す場合と、単に一連作業の中の連番(数字)だけを指す場合があるから、曖昧性は残るのだが、「工程」よりは誤解が少ないだろうと考えて、こうしている。

なお、図の中には「リソース」(Resource=製造資源)という言葉が出てくる。これは、作業の間は占有するが、作業した後でも別の作業に再利用できるようなものを指す用語だ。具体的には、作業する人・機械設備・治工具・金型などが含まれる。つまり、機械とか作業者とかよりも、1レベル抽象度を上げた用語である。このリソースのリストのことを、「資源表」(BOR = Bill of Resource)と呼ぶこともある。

かくして、製造業には、大きく言っても4〜5種類の基準情報が必要であり、それをきちんと整備・保守していく仕事が生じることになる。こうした仕事は全て、「間接業務」=直接お金を生まない仕事である。だから、しばしば日陰の仕事、縁の下の力持ち的な業務とみなされ、不況の時は優先度が下げられたりもする。そして、そういう態度自体が、生産性の低下をもたらし、さらに不況を加速するというダウン・スパイラルが生じる。これは、企業の持つ思考と行動の習慣=OSがバグっている状態だ。

なぜ企業には基準情報が必要なのか? それは、情報・データを再利用可能な状態に保つためだ。さらにいえば、仕事を予見・計画可能な状態に保つために必要なのである。冒頭に紹介したように、たまに集まるおばさま達の集団なら、基準情報など無くても、なんとか料理はできる。いや、それこそ、「ちょっとカレーの味が薄いみたいだから、ここにある和風だしを入れちゃいましょ。」などという、臨機応変な小技(大技?)を繰り出すことだって、できたりする。だが、これを仕事にして食堂を開くなら、もう一歩上を目指す必要がある。きちんと計画できて、繰り返し可能な仕事の状態にするべきなのだ。部品表と工程表は、そのための武器なのである。


(本記事を書くきっかけとなったのは、OpenLearning(https://open.netlearning.co.jp)が提供する「応用情報学」講義シリーズの中の、京都情報大学院・上田治文教授による「企業経営の情報学」Wee 2・Lesson 3「工場のIT化の核 部品表のコンセプト」を見たことである。わたしの用語・見解とはいろいろ異なっているが、4種類のマスタの整理など、いろいろと学ぶべき良いヒントをいただいたことを記しておきたい)






by Tomoichi_Sato | 2017-03-22 12:56 | サプライチェーン | Comments(0)
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