書評:「アルベマス」 フィリップ・K・ディック著

アルベマス (創元SF文庫)」大滝 啓裕・訳 (Amazon.com)

カリフォルニア州バークレイの街の住民ニコラス・ブレイディは、やや気むずかしい妻と小さな息子、それに猫と一緒につつましく暮らしていた。市内の大学にも通ったのだが中退し、レコード店の店員として平凡に過ごす彼の日常は、ある日、奇妙な神秘体験とともに激変することになった。啓示のように下った指示に従い、彼は住み慣れたバークレイの街を離れ、南カリフォルニアのオレンジ郡にうつって「プログレッシブ・レコード」社に上級職を得たばかりか、6歳の息子に先天的疾患があることを見抜いて治療を受けさせる。こうした一連の神のような啓示を与える主体を、ニコラスは「巨大にして能動的な生ける情報システム」Vast Active Live Intelligence System = VALISと名付け、人工衛星を中継した星からの通信であると信じるに至る。(「情報」はInformationではなく、Intelligenceである点に注意)

その頃、南カリフォルニア出身の上院議員フレマントは、政敵たちを巧みに葬り去り、反共主義をバックにして、大統領の座に上りつめる。トップの地位に就いた彼は、「アラムチェック」という地下組織がアメリカ国家をおびやかす重大な脅威になっていると宣言する。そして、右翼の青年グループを組織して、「アメリカの友」FAPという、武装して制服を身につけた若者たちの集団を作り上げる。彼らは警察の別働隊として、警察の黙認のもと、疑わしい人物を召喚尋問したり襲撃したりするようになる。

ニコラスもある日、FAPのメンバーにオフィスを訪問され、プログレッシブ・レコード社を訪れる反体制傾向のある歌手志望者を密告するよう要請される。だが、彼らの口ぶりから、真の狙いがVALISの把握と破壊にあると察知したニコラスは、友人の作家フィルに相談する。しかしフィルもまた、麻薬常習者の疑いをかけられ、FAPによる尋問や秘密の家宅捜査をうけているところだった。彼は麻薬は一切手を出していないのだが、仲間のハーラン・エリスンが序文で不用意にも彼の作品を、「マリファナの影響下で書かれた小説」などと紹介したために、FAPのブラックリストに載ってしまったのだった。その彼はまさにSF小説を一本、書き上げたところであった。ソヴィエトの強制労働収容所をモデルに、アメリカが警察国家になってしまう話だ。題名は『流れよ我が涙、と警官は言った』だった・・

本書は、フィリップ・K・ディックの遺作となった『ヴァリス』に先立ち、その数年前に書かれた姉妹作品である。同じテーマ・同じ登場人物名を持つけれど、生前は発表されなかった曰く付きの作品だ。彼がなぜこの小説をお蔵入りにしたのかは分からない。たしかに第二部の最初の部分はややだれるし、ディックお得意の現実崩壊感覚には乏しいが、後半のサスペンスの盛り上がりと緊迫感は、さすがストーリーテラーである。ディックの小説を読むのは本当に久しぶりだけれど、なかなか面白かった。

この小説は、(視点は一般市民の側から書かれているが)「独裁国家の作り方マニュアル」という点でも一級品だろう。フレマントは動乱の’60年代を生き延び、ケネディ大統領や弟ロバートの暗殺の後の政治的空白をついて、選挙で合法的に大統領の地位に就く。同時に、仮想的な地下組織という国家の敵を設定する。そして武装した若者による親衛隊的組織を作り上げ、警察や諜報部門からの情報を与えて、反体制活動家たちを襲撃・無力化していく。

彼らは教育・メディア・宗教・司法を影響下におき、さらに国民の間に相互監視と密告のためのシステムを作り上げて、国民がお互いに対して疑心暗鬼になり、団結できないような社会的素地を生んでいく。これは皆、20世紀のファシスト党やポルトガルのサラザール政権が、巧みに実践したことだ。その時代、もはや企業も役所も、支配するのは名義上の経営者や署長ではなく、党であった。ここまで行けば、あとは党内反対派の粛正、そして非服従民族の強制移住による絶滅策に進むだけで、これはナチス党やスターリンの共産党が邁進した政策だ。文化やイデオロギーの違いにかかわらず、独裁国家のやることが似ている点は、不気味である。

ディックが晩年抱いた「ヴァリス」VALISというイマジネーションは、こうした恐怖社会を中和し解体するための「神の助言」システムであるらしい。本書のニコラスの生い立ちや、神秘体験で息子の疾病を予言したことなどは、じつはディック自身の体験である。それをきっかけに、彼は初期キリスト教、とくにグノーシス主義(極端な禁欲主義と二元論を奉じる一派で、後に異端と断じられた)のシンパになっていく。本書にも「魚のシンボルをつけてギリシャ語を話す若い女性」など、随所にその影響を感じることができる。だから本書でも後半、ニコラスと友人フィルは、VALISからフレマント大統領の意外な正体について、啓示を得ることになる。

結局、ディックはこの小説を下敷きにしながら、ほぼ同じ登場人物とプロットで、あの哲学的で難解な『ヴァリス』を創作する。それはまあ、本書の変奏だといえよう。だが彼は続いて、遺作となった『聖なる侵入』を書く。これは邪悪な社会システムに支配される地球に、再度、神性が侵入し救済しようとするストーリーだ。わたしが今のところディックで一番好きな作品だが、ある意味SFとしては、本書の真の意味での「転生」だといえるだろう。

本書はサンリオSF文庫の最後の一冊でもあった。奥付を見ると、87年刊行となっている。この後、サンリオSF文庫はすべて絶版となった。わたしが買ったのがいつだったかは覚えていないが、買ってからたぶん20年以上、積ん読状態だったと思う。本はワインのように熟成する訳ではない。だが、読む時機を得ると、ある種の小説は迫真性を増すのだと、あえて付け加えておこう。
by Tomoichi_Sato | 2016-08-07 18:18 | 書評 | Comments(0)
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