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生産システムとは、どういう仕組みだろうか

法政大学の西岡教授といえば、現在、「つながる工場」のための緩やかな標準づくりで、日本版インダストリー4.0として注目を集めるコンソーシアム"Industrial Valuechain Initiative”(IVI)https://www.iv-i.org/を率いている方だ。その西岡教授は、日本機械学会の研究分科会報告の中で、世の中にあるシステムは、二種類に大別できる、という興味深いことを書いておられる。

「自動車や携帯電話など、人がその外側にいるシステムを第一種のシステムと呼び、人がシステムの内部にいて、その構成要素となっているものを第二種のシステムと呼ぶことにしましょう。はたらく作業者である“私”にとって、私は生産システムの一部であり、システムの内側にいます。これまで工学の世界では、第一種のシステムを多く手掛けてきました。その反面、第二種のシステムは、挙動が自然法則のみに依存せず、なかなか理論化で きません。」(http://www.jsme.or.jp/fad/sig/cm/N008_industrial_valuechain_initiative.pdf
P.3-4より、筆者が語順を一部改変して引用)

これは非常に卓見であると思う。わたしの知る限り、これまで、この二つのシステムを区別して論じた工学者はほとんどいなかった。第二種のシステムは、従来の科学法則のみに立脚したシステム工学だけでは、うまくいかない。より新しいアプローチが必要なのだ。

わたしは前回の記事で、「生産のマネジメントとは、生産の仕組み(システム)をつくり・活かし・進化させ、それによって働きがいを創出すること」だと書いた。では、『生産のシステム』とは、具体的には何をさすのか?

もちろん(くどいようだが)ここでいう「システム」とはコンピュータ・システムのことではない。人間をその要素として含む、第二種のシステムである。

そして(当たり前だが)生産システムは人工物である。どこからか造物主の手により忽然と現れた訳ではないし、自然に生じたものでもない。誰かが作ったものなのだ。作ったのは、一個人ではないかもしれない。繰り返し、多くの人の手で少しずつ進化し、改良されたかもしれない。だが、そこには人工物としての設計意図がなければいけない。

この『生産システム』、普通の言葉では「工場」に相当するといってもいい。ただし「工場」という語は、建物とか場所を意味する場合もあるし、あるいは企業組織内の一部門を意味する場合もある。また、購買とか生産技術とか受注センターは、本社にあったり工場から離れていたりすることもある。だから「工場」と、わたしのいう生産システムは、つねにイコールではない。

さて、人工物であるシステムを理解するには、その目的・機能・構造を見れば良い。目的とは、
(0) 最終的に何をめざし、何の役に立つのか、
ということだ。

システムの機能とは、具体的には以下の6点で代表される。
(1) 直接的に何をアウトプットするのか
(2) そのためのインプットは何か
(3) その動的特性はどうなっている(どうあってほしい)のか
(4) インプットや取り巻く環境とのインタフェースはどうなっているのか
(5) その制約条件は何か
(6) そして、その性能(目的関数)は何でどう測るのか

またシステムの構造とは、
(7) 何の要素から成り立っているのか
(8) 要素間はどのような形状(空間的配置)で接合し合っているのか
(9) 要素間はどのようなインタフェースでつなげられているのか
で表現できる。ちなみにシステムの構成要素もまたシステムである場合は、「サブシステム」と呼ばれる。

あるシステムが何か、という疑問は、上にあげた10個の質問に答えることで、ほぼ記述できる。

では、生産システムの目的に関する、質問(0)からいこう。生産システム自体の目的は、生産という行為を通じて、永続的に付加価値を生み出し続けることである。これを達成できなくなった場合、つまり付加価値を生めなくなったとき、あるいは付加価値は生むが一過性で、将来まで継続できないときは、その存在理由が疑われる。

生産システムの機能の根幹とは、「(1)需要情報というインプットを、(2)製品というモノ(あるいは製品に実現された付加価値)に変換してアウトプットすること」である。このことは、このサイトでもすでに何度か述べてきた。そのサイド・インプットとして、原料・部品 や、用役・副資材 などがある。
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(3)動的特性は、製品の種類や業態により、さまざまだ。それは一般に、「生産リードタイム」という言葉で代表される、需要変化への追尾特性をいう。(4)主要なインプット(需要情報)とのインタフェース方式によって、いわゆる「生産形態」が分類される。生産形態は教科書にある4種類、つまり
- ETO (Engineer to Order):受注設計生産
- MTO (Make to Order):繰返し受注生産
- ATO (Assemble to Order):受注組立生産
- MTS (Make to Stock):見込生産(「需要予測生産」ともよぶ)
および、
- 下請け型受注生産
の5つからなるが、複数製品でこれらが混在することもある。なお、最後の「下請け型受注生産」はわたしが名付けたもので、日本の部品製造業に多く見られる特殊形態だが、普通の教科書には載っていない(たぶん欧米には存在しない)ものだ。詳しくは「“JIT生産”を卒業するための本―トヨタの真似だけでは儲からない」第5章を見られたい。

生産システムの(5)制約条件として代表的なものは、「生産リソース」(つまり構成する人や製造機械類)を、すぐには増減できないことであろう。もちろん他に、資金的な制約もあるのが普通だし、それ以外にも労働基準法や環境規制などさまざまな法規制にしばられている。

生産システムの(6)目的関数(性能)については、すでに別のところで述べた(「システムとはいったい何を指すのか」http://brevis.exblog.jp/20878001/)。この話は奥が深いのでここでは詳述しない。

つぎは構造面だ。(7)構成要素(生産リソース)は以下のものから成り立っている:
- 働く人々(「組織」として構造化されている)
- ハードウェア(製造機械・物流設備・工具・金型・治具類)
- 建物(正確には、それによって作られる作業空間) →これは(8)空間的接合を主に決める

リソース間の(9)インタフェースでやりとりされる情報は、紙の伝票も電子データもあるが、これは指示系と実績系に分けられる(生産計画、製造実績など)。その中核には、「広義のBOMデータ」がある。広義のBOMとは、
- BOM(部品表)データ
- 品目データ
- 工順(工程表)データ
- 資源表
- BOQ(資源能力表)などなど
である。これらは、さらに、行き交う一過性のもの(トランザクション)と、繰り返し利用されるもの(マスタ)に分類される。とくにBOM・工順・BOQなどは、生産形態に応じて、マスタ化されている場合と、毎回、設計によってデベロップしていかなければならない場合がある。

わたしがこのような生産システムの全体像の認識にいたったのは、10年くらい前のことだったかと思う。キーポイントは、主要なインプットが「需要情報」であると気づいたことだった。というのは、わたしがエンジニアリング業界に入った頃は、いまだ高度成長期の工場観がずっと受け継がれていたからだ。それは、
「工場とは原材料をインプットとして、製品をアウトプットする仕組みである」
というものだった。今のわたしの認識との違いは、お分かりだろう。従来概念での主要なインプットは、「需要情報」ではなく「原材料」だったのだ。
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では、需要情報はどこにあるのか? もちろん、そんなものは、無くてもよかったのだ。高度成長期とは「モノは作れば売れる」時代だった。この時代の工場概念は、大量生産・薄利多売とワンセットだった。しかしバブル時代を経て、次第に世の中は成熟市場となり「モノあまり時代」になった。製品は必然的に多品種化し、気まぐれな顧客ニーズに合わせて生産しないと売れなくなった。つまり、主なインプットが交代したのだ。

こうした時代の変化にもかかわらず、生産システムの設計思想は、多くの企業で変わらぬままとなっている。そもそも、旧来の生産システム自体、誰かが意識してデザインしたものか、それとも、よその真似や「業界常識」でそうなったのか、よく分からぬ会社が少なくない。そして、海外に工場を建てるときも、無意識に「マザー工場」のあり方をコピーしていく。それでうまくいったら不思議である。

だから、「今こそエンジニアリング会社の出番です」、とはまあ、言うまい。ただせめて、工場のハードを更新したり建て増したりする際に、「生産システム」の設計の視点を、もっともってほしいと思う。わたしは工場見学が趣味の人間だが、あちこちで、あまりにも勿体ない事例を見てきた。もっとうまく設計し運用すれば、同じ費用でずっと付加価値の上がる工場になるのに、と感じるのだ。

それにしても(自分で書いていて思うのだが)、こんな抽象的な話、誰かの役に立つのだろうか? 生産管理のセミナーなどを聴きに来られる方は、ふつう、目の前の問題(ペイン)に悩む人ばかりだ。在庫過剰とか納期遅れとか。いや、赤字や売上不振など、もっと深刻な問題もあるはずだ。明日の米びつの心配が最優先だ、というのがふつうの感覚であろう。そんなとき、「生産システム」などという認識は、何かの役に立つのか?

それは、地球儀は何の役に立つのかという質問に似ている、と思う。地球儀は、町中で道に迷っている人に、直接は役に立たない。過去や未来をマクロに考えたい人に役立つだけだ。

あるいは、運転免許の講習に、自動車の構造説明なんて無用じゃないのか?という問いにも、似ている。ほとんどの受講者はきいていないし、きいても理解できないだろう。だが、考えてみてほしい。オイルは汚れ、タイヤの空気圧は低く、ラジエーターの水は足りないのに、ローギアのまま高速を走って、“この車は何で早く走らないんだろう?”と悩む運転手は、あなたの回りにいないだろうか? みな、毎日の運転でヘトヘトに忙しい。でも、その悩みは、すこしだけ「仕組み」の根本を理解することで、直せるのかもしれないのだ。

<関連エントリ>
 →「生産システム-その目的と機能は何か」 (2008-08-04)
 →「システムとはいったい何を指すのか」 (2013-08-01)
by Tomoichi_Sato | 2016-05-17 22:57 | サプライチェーン | Comments(0)
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