企業のミッション・経営理念を日米比較する

まずは、ちょっとクイズからはじめよう。下の文言は、ある会社の経営理念である。

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これはどこの会社のものだろうか? 答えは下の方でかくが、見る前に少しだけ考えてみていただきたい。
・・思いつきましたか? では、第二問。次のスローガンと企業理念は、どこの会社のものか。

世界人類との共生のために、真のグローバル企業をめざす○○○○」
 企業理念 :
  世界の繁栄と人類の幸福のために貢献すること
  そのために企業の成長と発展を果たすこと

これをぱっと見て、いや、たとえ三度繰り返し熟読してみても、どこの企業のものか推測するのは難しいだろう。どこの会社でも、当てはまりそうな気がするからだ。世界人類とかグローバルとか、言葉は大上段だから、中小零細企業ではあるまい。だが、表だって社会との「共生」を目指さない、つまり社会と敵対的であろうと公言する企業がいるだろうか? グローバルをめざす日本企業は、今や過半数だろう。成長と発展だって、どの会社だって望むはずである。この標語と理念なら、ほとんどすべての大企業に当てはまりそうだ。わたしの勤務先だって、あてはまるとおもう。

最初の問題の答えは、「三洋電機(株)」である。2008年に経営が立ちゆかなくなり、2009年にはパナソニックに買収された同社は、法人格としてはまだ存続しているが、実質的には従業員ゼロだときいている。残念ながら、“なくてはならない存在”でありつづけることはできなかったのだ。同社で一所懸命に働いていた人々にとって、今はさぞ無念な言葉だろうと想像する。

第二の問題の答えは、あえて書かない。誰もが知っている、とても立派な企業である。だが、この標語と理念で、この会社がどういう会社か、分かる方は少ないと思う。気になる方は、まあ、ネットで調べればたぶんわかるのではないか。誤解しないでいただきたいが、わたしはこちらの会社を批判するつもりなど、全くない。たぶん、あれほどまでに優秀で差別化された製品を作り続ける同社にとっては、もはや理念の上で差別化する必要などなかったんだろうな、と想像するだけだ。

少し前のことだが、わたしは企業理念やミッション・ステートメントについて少し興味を持って、調べてみたことがある。上の二つは、そのときに見つけた例である。調べるにあたっては、

ミッション・経営理念 社是社訓―有力企業983社の企業理念・行動指針」社会経済生産性本部・編集   (Amazon.com)
世界最強の社訓―ミッション・ステートメントが会社を救う」パトリシア・ジョーンズ、ラリー・カハナー著  (Amazon.com)

の2冊の本を参考にした。前者はタイトルにもあるごとく、983社(ほぼ日本企業)をカバーし、後者は米国企業約40社を調査しカバーしている。ただし出版年次は、日本の方が2004年、米国は原書の出版が1995年で、いささか古い。したがって、すでに現状とかわっている会社もあるし、最初の会社のケースのように、会社自体がすでに消滅している例も含まれている。

ただ、そのように歴史の荒波にもまれた(?)結果を見ることで、気づくこともあった。最大の発見は、日本と米国では企業理念やミッション・ステートメントのあり方が、随分違うということだ。内容が違うのはもちろん当然だが、「あり方」が違うのだ。

日本企業の社訓・経営理念 は、大きく三つのパターンに分かれるように思えた。すなわち、(1) 古き創業者の語録、(2) カタカナの並ぶ広告代理店作成風、(3) 主に社員に語りかける訓示的な言葉、の三種類である。 古き創業者の語録は、しばしば毛筆や旧仮名遣いでなされていて、内容もじつに品格高く、高邁である。たとえば、会社設立の目的が

「一つ、真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」

にはじまり、経営方針には

「一つ、経営規模としては、むしろ小なるを望み、大経営企業の大経営なるがために進み得ざる分野に、技術の進路と経営活動を期する」

と書いた、東京通信工業(株)の設立趣意書などはその典型の一つだろう。これを敗戦の翌年である昭和21年に書いた創立者・井深大氏の理想主義にはまことに敬服する。ましてその後の同社の道のり(社名をソニーと変更した)を考えると、感銘深いものがある。しかし、ここまで高踏派ではない創業者ももちろん多数いたようで、もっと町の商人的な、分かりやすい、つまり平凡なレベルの言葉遣いも多い。

(2)については、はっきりいってわたしの趣味ではないので、ここではあえて紹介しない。バブル時代、CI=コーポレート・アイデンティティづくりが流行ったが、結局は広告代理店にロゴマークとスローガンづくりを依頼しました、みたいな印象が強かった。おまけにカッコいいつもりの外来語の多用。(いや、お前のサイトだってカタカナ言葉だらけだろ、というご批判はもちろん承知の上だが^^;)。

(3)のカテゴリーでは、とくに「お客さま」「信用」「品質」「社会への貢献」が、比較的多く使われる言葉である。ここらへん、いかにも日本企業らしいなあ、と感じる。とにかく、比較的短く、情緒に訴えかけるものが多い のも特徴だ。

これに比較して、米国企業のミッション・ステートメント は長く、構造的で、理屈っぽい。主たる文章に、補足説明のパラグラフが並ぶ 例が多い。たとえば、こんな感じだ:

Mission :
 われわれは、クライアントにはすぐれた価値を、スタッフには輝かしい成功を、オーナーには卓越した業績をもたらすべくつとめる

クライアントへの責任
・われわれは、クライアントの成功こそわれわれの成功であると考え、彼らのために献身する。
・われわれは、彼らのニーズを理解し、現実的な助言、効果的な施策、革新的な製品開発など、すぐれた価値を提供することで、つねに彼らの期待を上回るべくつとめる。
・またわれわれは、つねに最先端のメソッドとノウハウを提供すべく継続的な研究を進める。

これは老舗の技術コンサルタントArthur D. Little社のステートメント(の一部)だ。たいへん立派なものである。「米国では会社は株主の所有物で、経営はただ株主利益だけを目的として進められる」と解説されることが多いが、これを読む限り、同社はそう単純には規定していない。会社はクライアント(顧客)と、従業員と、オーナー(株主)の三者に、それぞれもたらすべきものがある、と考えている。

米国の文章は、その多くに、主力の商品・サービスが分かる言葉が入っていることも特徴だ。「自分たちは何者であるか」を、明確に定義する点に主眼があるのだろう。用語で言うと、
- 「顧客の満足」
- 「価値」
- 「社員(スタッフ)」
- 「適切な価格」
などが多く使われる言葉である。 日本と比較すると、信用・品質のかわりに価値や満足がきている点がまあ、面白い。

ジョーンズとカハナーの著書は、単に各社のステートメントを集めただけではなく、実際に各社のキーパーソンに対してインタビューを行い、そうした文章が設定されるまでの過程を取材しているので、非常に興味深い。起草や決定プロセスも様々だ。ただ、これを読むと米国企業では、’80年代にはじめてミッションを文章化したところが多いことに気づく(同書は1995年刊行)。日本でCIとスローガンづくりが流行りはじめたのは前述の通り’80年の終わり頃だが、米国はその約10年先を走っていたわけだ。しかし逆に言うと、’70年代までは米国企業でも、ほとんどはミッション・ステートメントを持っていなかったことになる。

なぜ、米国企業は経営理念だとかミッションだとかの文章を、’80年代に必要とするようになったのか?

ここから先はわたしの推論だが、その理由は、不況と多角化戦略の進行が背景にあると思われる 。米国はいうまでもなく、1945年の第二次大戦終結以後、ずっと経済成長のレールをばく進していた。「GMの利益はアメリカの利益」といわれたのは’50年代のことだ。それが、’60年代終わり頃から少しずつ変調を来し、はっきりと曲がり角にさしかかったのは’70年代半ばのことだった。

それを象徴する出来事は、オイルショックと、ベトナム戦争の終結(敗北)だった。ニクソン大統領が金ドル交換停止を宣言し、ドルの威信がゆらぎはじめたすぐ後のことだ。これによって、安価な石油をガブ飲みする大量消費型の生活(アメ車がその象徴)に、ブレーキがかかることになった。

いわゆる「経営コンサルティング会社」が米国で急速に発展するのも、この時期である。成長が鈍化し、不況に突入したとき、企業は何よりも人員整理と経営の立て直しを迫られた。

その結果とられた方策はなんだったのか? それは、企業買収による多角化であった。M&Aはごく普通の企業戦略ということになった。だが、その結果として、複合的な企業グループが誕生した。いいかえると、「何の会社なのか分かりにくくなった。」

その典型は、長距離バスの代名詞だったグレイハウンド社の歴史に見ることができる。サイモンとガーファンクルの名曲「アメリカ」にも登場する同社のバス事業が、停滞期に入って以降、同社は買収による多角化に打って出ることになる。WikiPediaから引用しよう。

「グレイハウンド社は・・1970年代には巨大な多角化経営企業となり、アーマー精肉会社からダイアル石鹸会社、トラベラーズ・エクスプレスの為替事業、MCIバス製造会社、さらには航空機の貸し出しまで手がけるようになっていた。」(https://ja.wikipedia.org/wiki/グレイハウンド_(バス)) 他に、わたしの記憶に間違いが無ければ、電池のデュラセルも買収していたはずだ。

このような会社が、いったい何をしたい企業なのか、戦略は何なのか、誰も説明できないだろう。もちろん株主にだって分かるまい。だから、’80年代に入ると、あらためて企業自身によるポジショニングの宣言が必要になったのだ。ちょうど米国の経営学も、ポーターらのポジショニング戦略論の全盛時代に突入していた。

では、日本の企業は?

日本企業がバブル時代にアメリカの流行を追いかけたことは、すでに述べた。ただし日本の場合は、むしろ「多角化のために」CIを導入したケースが多い。このころ企業はこぞって、名前から「建設」「観光」など業種を表す語尾をとって、「○○コーポレーション」などのモダンな(?)社名に変更した。昭和の泥臭い創業者社訓から、無味無臭な平成流「経営理念」への転身が行われたのである。

だがバブル景気は長く続かなかった。その後20年以上にわたり、企業は景気低迷時代を過ごすことになる。その間、企業の経営理念の文章はどう変化したか? モダンだがどこの会社にも共通するような優等生的な文章、という点で、あまり大きな変化はなかったように、わたしには思える。それはつまり、差別化も個性化も、十分には希求されなかったことを示している。

わたし達が「理念」やら「哲学」やら「ミッション(使命)」やらの明文化を求めるのは、わたし達が中途半端に豊かになってしまったからである。お爺さんが山に芝刈りに、おばあさんが川で洗濯をする農家に、ミッション・ステートメントは必要なかった。戦後の闇市から東京オリンピック頃までの、誰もが生きるのに必死な時代には、理念なしでも商品を作れば片端から売れた。

その後、成長した経済が曲がり角にきて立ち尽くしたとき、自分で進む方向を決めるために、はじめて哲学や使命が切実になったのである。それはファッションでお隣の先進国がやっているから自分も、といったものではなかったはずだ。言葉というのは、思考を伝達するための道具である。他者に対しても、自分に対しても。言語化することで、わたし達は自分を強化できる。「言葉を大切にする」ということが、組織の『OSレベル』の能力だと繰り返し書いているのは、このためである。

わたし達の社会はもう一度、誰にでも当てはまる優等生的な文章は忘れて、自分の頭で理念を練り直すときにきていると思う。自分が誰か、他とはどこが違うか、何をめざしているのかを、あらためて訴えかけるべきだ。そしてその説明の中心には、必ず「価値」論がくるはずだと、わたしは強く信じている。
by Tomoichi_Sato | 2016-03-27 22:58 | ビジネス | Comments(2)
Commented by 774 at 2016-03-30 02:47 x
(ちょっと目についたので。)
Commented by Tomoichi_Sato at 2016-03-31 07:10
地域の大勢の皆様にご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありません。まことに恥じ入っている次第です。このようなことが再び起こらないよう、微力ながらわたしも社内で力をつくすつもりでおります。
(佐藤知一)
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