映画評:★★★ 「それでも僕は帰る」、 ★★★ 「独裁者と小さな孫」

最近見た映画評をあと二つアップします。

★★★ 「それでも僕は帰る ~シリア 若者たちが求め続けたふるさと~」

横浜シネマジャック&ベティにて。

監督:タラール・デルキ、製作:オルワ・ニーラビーア、ハンス・ロバート・アイゼンハウアー
編集:アンネ・ファビニ
シリア/2013年/89分
公式サイト:http://unitedpeople.jp/homs/

2010年12月、チュニジアで始まった民衆の反政府・民主化活動は、独裁者ベン・アリ大統領の放逐にいたり、その動きは隣接する中東地域に飛び火していく。後にメディアが「アラブの春」と名付けた運動だ。シリアでも、長年にわたるアサド大統領父子の抑圧的な政権に対し、民主化要求が高まっていく。この映画は、そのシリアのホムス市で、反政府側にたって闘う若い男たちのドキュメンタリーである。

ホムス市はシリアの西部にあって、首都ダマスカスと北部のアレッポ市の中間に位置する国内第三の都市で、交通の要衝でもある。映画の中心となるのは、元サッカーのユース代表選手だったバセット青年と、その友人で市民カメラマンのオサマの二人だ。彼らは最初、非暴力的な抵抗運動に参画し、政府への民主化要求を訴えていく。

しかし2012年に入り、アサド政権の軍は反体制運動への暴力的な弾圧を強化する。そこでバセットは仲間とともに、武器を手にして闘いはじめる。彼を駆り立てるのは、自由への熱望と、郷土への燃え立つような愛情、祖国愛である。

政府軍は迫撃砲でホムス市街の建物を片端からすべてなぎ倒し、反政府派の立てこもる地区を包囲し兵糧攻めにしてていく。迫撃砲というのは文字通り、建物を破壊するための武器であり、大量殺戮のための道具だ。これはまったくの内戦である。政府軍が、自国民を相手に戦争を仕掛けているのだ。反応の薄い国際社会にいらだったバセット達は、いったん市の包囲網を脱出し、外部地域からの支援を求めに行く。そして映画の最後で、彼は志願した義勇兵の仲間とともに、トラックの背に乗って、再び決死の覚悟で故郷のホムス市に向かうのである。

この作品が製作されたのは2013年だが、現在も彼は存命ときく。ただホムスでIS側の勢力と闘っているとも、逆にISに忠誠を誓ったとも言われているが、不詳である。

この映画は中東の貧しい国・シリアにおける、正義感と郷土愛に燃える青年達の姿を活写したドキュメンタリーだ。映像も切実で美しい。だが、観に行くときには注意した方がいい。この映画では、作り物でない文字通り本当の内戦が映し出されている。目を背けたくなるような、ショッキングなシーンも少なくない。だが何よりも恐ろしいのは、次第次第に、主人公格の20歳の若者バセットの顔つきが変わっていくことだ。最後はもう、目つきが普通ではなかった、と一緒に観に行ったつれあいは感想をもらしていた。

いったん戦争と殺し合いを始めると、もう誰にも止められなくなるのだ。


★★★ 「独裁者と小さな孫」

渋谷Uplinkで。

監督:モフセン・マフマルバフ、脚本:モフセン・マフマルバフ、マルズィエ・メシュキニ
撮影:コンスタンチン・ミンディア・エサゼ、編集:ハナ・マスマルバフ、マルズィエ・メシュキニ
出演:ミシャ・ゴミアシュウィリ(大統領)、ダチ・オルウェアシュヴィリ(孫)、ラ・シュキタシュヴィリ(売春婦)、グジャ・ブルデュリ(政治犯)ほか
グルジア・フランス・英国・ドイツ/2014年/119分
公式サイト:http://dokusaisha.jp

傑作だ。脚本も、キャメラの構図も、編集も、そして出てくるグルジアの俳優たちも、とても良い。子役のダチ・オルウェアシュヴィリも素晴らしい。

監督のモフセン・マフマルバフはイラン出身だが、現在は故国から逃れて、ずっと外国で映画を製作している。この映画の撮影地はグルジアだ。念のために書いておくと、グルジア(英語名ジョージア)は旧ソ連のコーカサス地方に位置する国で、黒海に面している(さらにいうと、20世紀最大の独裁者の一人スターリンは、グルジア出身だった)。この映画の最後に、独裁者の元大統領が小さな孫を連れてたどりつくのが黒海の浜辺で、そこから他国に逃れる船を探そうとするのである。ただし映画には具体的地名は一切出てこない。東欧や中東ならどこにもありそうな、普遍的な地域の一つとして描かれている。

この映画は、予告編にもあるとおり、独裁者の大統領が、首都の街の明かりを電話一つで全部つけたり消させたりする象徴的なシーンで始まる。彼の権力を孫に見せてやるため、遊びでやるのだ。首都には石造りの歴史的な建物や、新しい近代的ビルなどが並んでいる。

その彼が、突然の政権崩壊と革命で首都を追われ、小さな孫を連れて逃亡する中で、次第に貧しい田舎の実相があきらかになっていく。そして皮肉にも、釈放された政治犯達と同道して海辺の村を目指すのだ。革命の後、国の権力は混乱し、地方では武力を持つ軍人たちが、したい放題の勝手をするようになる。そしてハネムーン旅行中のカップルをとらえて、花嫁を凌辱しようとたりする。その後のシーンは、ユーラシア大陸の古い風習を知らないと、分かりにくいかもしれない。多くの国では、若い女性の純潔を非常に大事にし、そこに一族の名誉をかける。名誉を汚されたら、命をもって償わせる必要があるのだ。売春婦という職業への侮蔑も、その文脈をもって見るべきである。

ただ、深刻なテーマを扱いながら、要所要所にユーモアがあふれていて、とても映画的な娯楽性の高い仕上がりになっている。具体的な政治メッセージは、何もない。独裁者が共産主義なのか資本主義なのか、キリスト教なのかイスラム教なのか無神論者なのか、一切わからない。わかるのは、独裁政治は愚かで、自分も国民も不幸に陥れるが、革命がすべてをすぐに解決する訳でもない、という真理である。

ストーリーには普遍性があり、見事だ。しかも非常にローカルな地域性を感じる風景の中に描かれている。映画として、まことに上級である。
by Tomoichi_Sato | 2016-03-25 23:04 | 映画評・音楽評 | Comments(0)
<< 企業のミッション・経営理念を日... 映画評:★★★ 「ヴィヴィアン... >>