映画評:★★★ 「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」

2016/01/11
逗子シネマアミーゴで。

監督・脚本:ジョン・マルーフ、チャーリー・シスケル
出演:ヴィヴィアン・マイヤー、ジョン・マルーフ、ティム・ロス、ジョエル・マイロウィッツ、メアリー・エレン・マーク
2013年 アメリカ映画(83分)
オフィシャルサイト:http://vivianmaier-movie.com
DVD: 「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」(Amazon.com)

すごい映画だ。なんだか頭を殴られたような衝撃を得た。過去1年に見た映画で、最もすごい作品だ。

2007年、シカゴ郊外で亡くなった無名の老女の遺品の中から、夥しい量の写真とネガが見つかる。生涯、乳母とメイドで暮らしてきた孤独な彼女が撮りためた写真は、その素晴らしさで、瞬く間に世間の注目を集める。この映画は、そのネガを掘り当てた本人ジョン・マルーフが自分で監督した作品だ。彼は残された手がかりをもとに、ヴィヴィアン・マイヤーという名前しか分からない不思議な女性の生涯を掘り起こすべく、証人を探して次々にインタビューしていく。

この映画は、そのインタビューと彼女の写真の集積だ。彼女の写真には、アメリカ社会の、いや、ほとんど普遍的な人間性の、活写がある。彼女は撮影にローライフレックスという、手持ち型のかわった二眼レフをつかっていた(彼女はしばしば鏡に映った自分自身の写真も撮っており、そこにはっきり写っている)。映画の中で専門家が言うのだが、このカメラは胸元にもってファインダーを上からのぞき込むタイプだ。だから「隠し撮り的な使い方に向いている」という。被写体が、写されていると意識しない瞬間をとらえることができる。

そのカメラがとらえだした、アメリカの市街を行き来する人々の表情は、その高貴さも残酷さも含めて、まことにリアルだ。フレーミングも天才的だといっていい。だが、彼女はそれをまったく発表しないばかりか、現像すらしていなかった。それはなぜなのか。彼女はどのような境遇に生まれ、どんな来歴の人だったのか。なぜしばしば偽名も使ったのか。この映画はそうした疑問を、一つひとつ手彫りで明かそうとしていく。アカデミー賞のドキュメンタリー部門候補になったのは当然だ。編集も撮影も素晴らしい。

ただ、天才的な写真の腕前とは対照的に、彼女の人生は次第に光彩を失って、貧困の中に追い詰められていく。そして先進国の中でアメリカ社会ほど、生存競争に負けた貧困者に対して過酷な場所は、ない。それは観光客や社用で訪問した人間には見えにくい世界だ。雇われ人のヴィヴィアン・マイアーには、健康保険はなかった。病気になったらどうするの?とたずねられたとき、彼女が答えたセリフは、

“Poor people are too poor to die.” (貧乏人には死ぬためのお金はない)

だった。

逗子シネマアミーゴは、カフェを兼ねた小さな映画館だ。海辺にあって、なかなか心地よい。連れ合いが「去年観た中で一番すごい映画」だと紹介してくれたので、休日にリラックスすべく観に行ったのだ。しかし、正直、映画の最後には、涙が出た。この映画はまだいくつかのミニシアターで上映される予定だ。DVDも発売されているが、ぜひ映画館のスクリーンで観るべきだ。写真と視覚芸術に少しでも関心のある出来るだけ多くの人に観てもらいたい。強く推薦する。
by Tomoichi_Sato | 2016-03-22 22:11 | 映画評・音楽評 | Comments(0)
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