トマト・ケチャップから考える米国のリショア(製造回帰)現象

ハインツ(ヘインズ)のトマト・ケチャップの瓶を見るたびに、“なんて米国的なモノなんだろう”といつも思う。あの、8角形のガラス瓶で、内容量がたしか11オンス(oz)だかのやつだ。わたしの小さな手で握ると、周囲が余る。もっと手のでかい、白人サイズなのだろう。白い金属のふたの下には、広口瓶のような何の変哲も工夫もないネックが現れる。これを手に持って逆さにして振って、ケチャップを出すのだが、なにせケチャップはどろどろしているし、瓶の口は直径が3/4インチ(2cm弱)くらいあるから、振ってもちっとも出ないか、あるいはドバッと出過ぎるか、どちらかなのである。その大ざっぱさがまた、ある意味アメリカ的だ。
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驚くのは、そのシェアの大きさと均質性だ。全米のどこに行っても、食堂ではこれが出てくる(家庭用に樹脂製容器を売り出したのは、何と今世紀に入ってからである)。瓶のサイズも全く同じ。もっといろんなサイズがあっていいと思うのだが、見かけない。ガラスも厚くて、ある種の重みがある。もっと薄手の方が輸送費が少ないはずと思うが、大量輸送で乱暴な扱いにも耐えるよう、強度が大事なのだろう。工場では自動ガラス製瓶機に、同一金型をずらりと並べて作っているに違いない。均一サイズ、大量生産。まことに工業生産向けだ。内容物であるケチャップの味自体、ひどく無個性である。香りも酸味もあまり強くない。

ハインツがどこでこのトマトケチャップを生産しているのか、わたしはよく知らない。一つ頭の体操として、あなたがハインツの社長だったら、この製品のサプライチェーンをどのように設計するか、考えてみてほしい。製造リードタイムを短縮し受注即応、注文があったら、当日製造・翌日配送できるようにするか? まあ、そんなことは考えないに違いない。スーパーの棚に、ずらりと並べておいておける商品だ。当然、見込生産であろう。賃金の安い海外、たとえばメキシコで生産して輸入するか? それも考えにくい。そんなことをすれば、人口の多い東部や西海岸の都市まで運ぶのに、物流費がかかりすぎる。また、この種の食品製造プロセスは一種の装置産業であり、人件費比率はたかがしれいてる。

さらにいえば、ハインツは市場を圧倒するブランド力である。わざわざ安値で売る必要がない。仮にもし参入を試みる業者が現れても、そのときその地域だけ、集中的に安値で売って圧倒すればいいだけだ。こうした王者の戦略を『コスト・リーダーシップ戦略』という。また、そもそも、海外に工場を持っていけば、米国内での付加価値(=製品価格-外部コスト)が減ってしまい、その分はメキシコ国内に移ることになる。つまり米国のGDPが少し減って、その分メキシコのGDPが増えることになる。米国は経済効果をGDPの金額でなく、いちいち「雇用数」で測る国である。何万人分の雇用を創出した、みたいなことを政治家も言いたがる。原料のトマトを含め、全部米国内で生産できるのに、わざわざ海外生産したら雇用が減るではないか。

公的統計によると、米国では2001年に中国がWTOに加盟して以来、320万人の雇用が中国に流れた。その3/4は製造業である。流通販売業には局地性、サービス業には同時性の原理が働くから、海外に移転しにくい。だから、ハインツほど盤石の競争優位性を持っていない製造業が、一番外に流れ出たのだろう。その分、失業率が上がるわけだから、米国政府は苦々しく思ったろうが、個別企業の経営判断なので口は挟めない。その分、利益が上がって税収が入ればいいか、と上は考えるであろう。

しかし、中国・アジアの低賃金国への工場移転が利益をもたらした期間は、思ったほど長くなかった。現地の賃金が上がってきたからである。おまけに、アジアで生産して米国に船積み輸送すると、輸送期間はかるく1ヶ月はかかる。その1ヶ月分、企業は保有する在庫が増える勘定になる。輸送期間が長くなるほど、サプライチェーン内の在庫量は増えるのだ。これは資金的にも重荷だし、需要変化への対応能力をかなり落としてしまう。

(余談だが、在庫管理システムを下手くそなSEが設計すると、自社内の在庫転送にともなって工場Aから出荷し工場Bに入荷するまでの間、よく全社の総在庫保有量が減ってしまうことがある。出荷で在庫を引き、入荷で在庫を足すから、輸送中在庫が消えてしまうのである。しかし、正しくは輸送中だって立派な在『庫』であるから、これが減るようなシステム設計はおかしい)

米国ではすでに、海外生産は再考の時期に入っている。いったん海外に移転した雇用を、国内に戻すことを英語でリショア(Reshore)とよぶ。オフショア(Offshore)の反対語である。"Made in USA News" 2015年10月1日付記事によると、オバマ政権下の2010年2月から2014年5月までの期間に、米国内の製造業は45%成長し、64万6千人の雇用が生まれた。さらに、まだ24万3千人分の求人があるという。これが、製造のリショアの流れの背景にある。

そして米国はすでに、2013年に“転機の年”を迎えた。この年、とうとう米国から海外に移転する雇用数を、米国に回帰する雇用数が上回ったのだ。米国にとって、すでに海外移転と空洞化の時代は終わったのである。このニュースは、今回半月ほど米国に出張した中で、わたしが接した最も驚くべきニュースだった。

リショア=製造の国内回帰のメリットは何か。大きく、4つあろう。まず、製造品質である。日本人の目から見れば米国製品もずいぶん粗放だが、それでも中国や新興国よりはレベルが高い。品質問題による顧客信用の失墜と機会損失は、製造や販売の現場にいる人間は肌身で感じている(ただ問題なのは、それが本社の財務屋の目には見えにくいことだが)。第二は、知的財産権の保護である。知財流出問題には日米ともに頭を抱えている。正直、人の知恵をコピーして何とも思わない連中が、新興国にはあまりに多い。

第三は、先ほど述べたように、輸送中の在庫量がずっと削減できること。これは財務諸表的にも明らかだ。第4は、輸送在庫量の減少にも絡んでいるが、サプライチェーン全体の即応性が上がり、コントロールがききやすくなることだ。これは、需要変動が大きく、競合商品の多い業界ほどメリットになる。前にも書いたとおり、広大な米国ゆえ、人件費の安さよりもむしろ消費地への近接性がカギだ。はるか東アジアから1月もかけて荷物を引っ張ってくるより、米国内で生産する方が利益になるソロバン勘定になる。複数国をまたがるサプライチェーンをマネージしたことがある人は、この即応性のメリットを痛感するだろう。

このようなサプライチェーン観をさらに敷衍していくと、前回紹介したようなDistriubuted Manufacturingのような概念に至るのだろう。複数企業間で、工場の余力を随時取引し、互いに製造や物流を引き受け合って、柔軟性と効率性を両立させる「つながる工場」のシステム。まだ普及はこれからだが、おそらくドイツなども、同じ発想を持って進んでいるのだ。

もっとも、過去5年間で米国内の雇用が増えたのは、いわゆるシェールガス革命によるおかげの部分もあった。オイル&ガス業界はしかし、過去1年間の石油価格低迷で、かなりの痛手を受けた。独立系のシェールガス生産企業は、当初予想よりはかなり長くつぶれずに頑張ってきたが、さすがに生産量が落ちてきている。石油メジャーも、Chevronは7,000人弱を、BPは4,000人を、Shellは7,500人を削減するといっている(いずれも米国内だけでなく全世界の雇用者数)。石油業界の首都であるテキサス州ヒューストンでは、コスト・カットと人減らしの風が吹き荒れていた。

ただし、コインにはつねに表裏の両面がある。石油・天然ガスの値段が安いと、よろこぶ業界もあるのだ。精製された石油やガスを主原料とする化学業界や、電力業界である。あたりまえだが、原料ガスの価格が安いほど、化学製品は利幅が増える。電力会社の中には、火力発電のガス購入価格が安くなったから、コストの高い原子力発電所は廃炉にすると宣言したところまで現れた。

いや、そもそもむしろ、石油業界の方が不思議な業界なのである。どんな製造業だって、普通は原料が安くなれば儲かる。ところが彼らは、原料であるはずの地中の原油や埋蔵ガスの価格が上がる方が、業績がいいのだ。なぜか。それは、彼らの保有する原料の資産評価額が増えるからだ。そして、石油業界は製品への価格転嫁がつねにたやすく行われる。だから原油高=好業績なのだ。しかし他の普通の製造業から見れば、原材料費や電力価格が安くなるほど、競争力が上がるに決まっている。だから(という訳でもないが)わたしの勤務先が米国で現在建設中のプラントは、化学プラントだったりする。

米国におけるリショア=製造回帰の流れが、上記のようなDistributed Manufacturingの動きと結びつくと、サプライチェーンも従来米国で主流だった見込生産的なあり方(Forecast driven)から、より日欧的な受注即応型生産のあり方(Demand driven)へと変化するだろう、と予測する論者もいる。 本当にそこまで行けば、パラダイム・シフトだといっていい。そして企業経営にとって、最も重要な出来事とはパラダイム・シフトのゆっくりした動きである。

最初にあげたハインツのような寡占メーカーにとって、ケチャップ市場への新規参入者はたいして怖くない。怖いのは、「ケチャップという調味料をつかった料理全体の退潮」というパラダイム・シフトなのである。かつて米国を代表する庶民的食い物だったホットドッグは、今では探さないと食べられなくなってきた。ハンバーガーはまだ旺盛だが、健康志向とともに挽肉料理や揚げ物自体が減っている。だとしたら、ケチャップ屋はどこで生き延びるのか。四半期決算の数字以上に経営者が考えるべき点は、市場全体のゆっくりしたパラダイム・シフトなのである。それがどこに向かっているかを察知するには、世界で最も社会変化の先導が起きやすい米国で事業をするのが一番分かりやすい。

わたしは昨年、知人の田尻正滋氏と共同で、“米国こそ工場立地の適地である”という趣旨の記事を書いた。
 →「お知らせ:ITmedia/MONOistに『実は穴場!? 製造業が米国に工場を設置すべき8つの理由』を公開しました」(2014-09-09)参照
 →「なぜアメリカに海外工場を展開しないのか?」 (2014-04-06)
そこで、エネルギー価格・原材料価格・物流コストの安さと言った、比較的自明な利点から、離職率の低さ・機械修理の得意な人材といった(常識的通念とは異なる)利点、そして工場組織における改善やイノベーションへの抵抗の薄さ、などをあげた。こうした利点は、原油価格崩壊後の現在、薄まるどころかむしろ強まっている。

そういう観点から、今後も日系企業による米国進出の好機は続くのではないかと思われる。もちろん、米国社会にだって問題はいろいろある。所得格差、麻薬、銃所持、そして隠れた人種差別など。理想社会というのは、わたしの知る限り、この地上には今のところない。だからこそプラスとマイナス、リスクとチャンスをはかりながら、工場立地を決める仕事が面白いのである。


<関連エントリ>
 →「産業用IoTが実現する(かもしれない)、新しい『つながる工場』のコア技術とは」 (2015-11-03)
by Tomoichi_Sato | 2015-11-11 08:56 | サプライチェーン | Comments(0)
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