産業用IoTが生み出す(かもしれない)、新しい『つながる工場』のコア技術とは

IoTInternet of Things=モノのインターネット)という言葉は、現代のIT関連業界では最大の流行語だろう。デジタル的に接続可能なデバイスが全て、インターネットを介して通じ合う。そんな世界像から様々な技術や市場が生まれる、という期待感が世の中にあふれている。

その事情は米国でも変わらない。たまたまこの文章は米国ヒューストンのホテルで書いているが、雑誌やWebなどで見てもIoTの記事の注目度は高いようだ。先週もEmerson社(工場自動化メーカーの大手)が新しい顧客提案を発表したとか、SAP社がIoT部門を新設したとか(これはドイツ企業だが)、かまびすしい。

IoTには、スマホなど一般消費者向けデバイスをビジネスにつなげる面と、産業用途としてIoTを利用する面とがあり、後者を区別のためにIIoT(Industrial IoT)と呼んだりしている。調査会社ARCの発行するIIoTニューズレターには、EMCがDellに買収された真の原因は?、という記事があって、IIoTとどう関係するのかと興味を持ってよんだら、Amazon AWSの伸びが高級ストレージ市場を奪ったという話だった。そこまでIoTの話題にするのは、ちょっと牽強付会すぎるんじゃないだろうかと思う。

じっさい、ガートナー社が8月に発表した2015年の「ハイプ・サイクル」の図によると、IoTは今やまさに『過剰な期待のピーク』 にあると位置づけられている。ガートナーのハイプ・サイクル論というは、あらゆるIT系の新技術や新概念は、最初は小さな期待から始まり、ヒットしはじめると急速に注目度が高まるが、それを過ぎると幻滅の谷底に落ち、そこからあらためて着実な現実解へとまたゆっくり成長していく、というモデルである。どうやらIT業界は流行に弱い業界らしく、何かが現れるといったんは救世主の如くあがめられるが、すぐにうち捨てられ、その後ようやく真の普及が始まる、というものらしい。前述の図を見ると、たとえば機械学習(人工知能の要素技術)はすでにピークを過ぎつつある。Hybrid cloud computingは今、谷底に急落中の例であるらしい。

たしかに、産業用IIoTの技術的核心は何かと思って調べてみても、センサーデータをVPN経由でクラウドに送るだけ、みたいなことしかまだ読み取れぬ。クラウドに送れば、あとはビッグデータ・アナリティクスや機械学習など、他のバズワード要素技術が料理してくれる、ということらしい。そして現実の応用例は、現在のところ工場の予防保全に集中している。たしかに、機械の稼働状況をリアルタイムにモニタリングして、いつ部品交換や定期補修を行うべきかを予測するか、というのは実用的であろう。

ただし、言いたくはないが、その程度のことはプラント業界ではもう15年以上前から取り組んできたことだ。わたしが1999年に南米におさめたプラント用MESでも、その程度の保全用機能は実装していた。それどころかプラント全体で数万点の運転計測データを1秒周期に取り込んで、それを2年分圧縮蓄積し、WAN経由でどこのオフィスからでも見えるようにしたのだ。無論、当時に比べればデータ解析技術は進んだろう。しかし、今更どこがビッグデータだよ、という気持ちがどこかある。

この予防保全の話の出所は、GEの回転機モニタリング技術であろう。GEは世界トップのタービン機器メーカーである。こうした産業用大型回転機は、震動検知が重要だ。震動検知は1秒周期どころかミリ秒単位でデータを監視する。監視データはPCでリアルタイム処理して、異常診断に用いる。この分野でトップだったのが米国のBently Nevada社だったが、GEは2002年にそこを買収して傘下に収めた。GEのIoT技術の下回りは、ここが基点になっている。

それはともかく、IoTの産業応用はまだ始まったばかりである。そして、この「過剰な期待」の火に油を注いだのが、ドイツ発の『インダストリー4.0』であった。Industrie 4.0は技術的シーズではなく、産業ニーズから出発した概念である。ドイツらしく製造業が中心だが、流通その他の分野もねらっている。Industrie 4.0はIoTなどの要素技術を元に、"Horizontal and vertical integration"をねらうと標榜している。これは政府主導のイニシアチブだが、背後にはドイツ大手企業でGEのライバルであるSiemens社と、ERPで世界を制覇したご存じSAP社が控えている。ちなみにSiemens社の強みとは、PLCのデバイスレベルから火力発電装置まで、世界的技術を垂直統合で持っていることで、ここがGEや日本企業に欠けている点だ。

さて、この動きを見てあわてたのが、われらが経済産業省である。そもそも工場の海外移転を「グローバル戦略」の美名で奨励してきた上に、“もう日本は製造業の時代じゃないし”みたいなことまで内心思っていたフシがある。日本は頼みの電機業界が惨憺たる有様で、あとは自動車業界ぐらいしか世界的な競争力がない。ところがドイツ政府は新しい概念をひっさげて製造業を強化し、EUを束ねようという勢いである。そしてドイツの製造業は、自動車のみならず重電・化学・産業機械などの分野で相変わらず強い。週35時間しか働かないし夏休みはたっぷり取るくせに、何だこの差は!?--と霞ヶ関の人達が思ったかどうか知らないけれども、政府としても何らかの対抗策が必要である。そのキーワードに、Horizontal and vertical integration=製造の垂直・水平的な連携統合、すなわち「つながる工場」が浮上してきた訳だ。

ところでGoogleで「つながる工場」を検索すると、最初に日本機械学会の研究分科会が出てくる。このリーダーは法政大学の西岡靖之教授だが、この6月に経産省のバックアップもあって、「Industrial Value Chain Initiative」(略称IVI) という標準化のためのコンソーシアムを立ち上げられた(ここもGoogle検索ですぐ下に出てくる)。企業メンバーはトヨタ・日産・ソニー・富士通・三菱重工、とそうそうたるものである。そしてこの配下で20のプロジェクトを動かし、提案している日本版インダストリー4.0としての「つながる工場」IVI標準モデルを実証していくことになっている。このIVIという略称、よく見ると製造(Manufacturing)のMの文字になるのだが、実はここがドイツのIndustrie 4.0研究の日本の公式なカウンターパートの一つになっている。

西岡靖之教授は、じつは昔からの知人である。わたしが現在、法政大学デザイン工学部で講師としてプロジェクト・マネジメントを教えているのも、西岡先生のご縁による。西岡先生は革新的生産スケジューラAPSの研究者でもあり、APSを他のAPSや基幹系システムと連携するためのXMLベースの標準言語仕様「PSLX」を開発されてきた。そして、PSLXの普及のために、「ものづくりAPS推進機構」(略称APSOM)というコンソーシアムを立ち上げられたのだが、わたしはそこの理事でもある。APSOMもまた、IVIのリエゾン団体になっている。

では、「つながる工場」=製造の垂直・水平的な連携統合とは、何を意味するのか。ここから先は、IVIの孫引きではなく、わたし個人の考えになる。

工場の水平垂直連携と言っても、それには三つのレベルがあるはずだ。まず一番下の層として、機械・装置・センサー間のレベルの統合である。次に中間として、部門間ないし同一企業の工場間のレベルにおける統合がある。そして最上位に異なる企業間レベルの統合があると考えられる。ただし、企業間レベルの統合というのは、単なる受発注の関係や、製造委託を指すのではなく、生産計画レベルでの連携調整がなされている状態を指す。

次に区別しなくてはいけないことがもう一つある。それは対象とする工場の生産方式が、ディスクリート型かプロセス型かの区別である。この二つの生産方式によって、実は連携の仕方が大きく異なるからだ。わたしの勤務先が得意としている、いわゆる「プラント」(石油・ガス・化学・発電など)はプロセス系の産業に属する。そしてプラントというのは、機械・装置レベルにおける統合が非常に発達している。それはプラントが『密結合』なシステムだからだ。これに比べて、機械加工組立系のディスクリート型工場は、どうしても工場全体が一種の『疎結合』なシステムになっている。なぜ、プロセス系の工場が密結合になるのかの説明は、長くなるので今回は省略する。

そしてもう一つだけ考えるべき因子がある。それは文化的な違い、ないしは物づくりに対するとらえ方の違いである。典型例として、日本とドイツをとろう。

ディスクリート型工場で活躍する工作機械、その制御盤に入っているシーケンサーには、当然ながらCAD/CAMのプログラムを送り込んで動かすことになる。ところで「ものづくりAPS推進機構」の研究会で最近知ったことだが、日本ではその制御盤の通信インタフェースは、いまだに何と、RS232Cなのだそうだ。このようなシリアル通信をいまだに使っている理由は定かではないが、ともかく、このために各工作機械が、具体的なワーク(加工対象)のどこを削っていて、全体の切削加工の進捗はどれほどで、いつ加工が終わる見込みなのか、監視するのは技術的に簡単でない。

ところが聞くところによるとドイツでは、この工作機械の制御盤に対するインタフェースがデジタル化され、さらにオープンな業界標準化されているらしい。このため、どのワークを今どこまで削っていて、いつ終わりになるのか、といった製造作業の状態監視がリアルタイムにできるようになっているらしい。日本で工作機械の制御盤を作っているのは、事実上たった一つのメーカーなのだが、多くのユーザーが要求すれば、もっと標準的で高速なデジタル・インタフェースにかえることが技術的に難しいとはとうてい思いがたい。したがって業界全体のこの差は、すなわち使うユーザー側の意識レベルの差だと解釈せざるを得ない。

以上を元に、ざっくりと対比してまとめてみたのが、次の表である。
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機械・装置・センサー間レベルでは違いが明瞭である。部門間、同一企業の工場間については、日本は(一部の優秀な企業を除いて)一般に壁が高く、サイロとサイロの間に在庫の山がある状況だ。ドイツはどうかというと、これは証拠がなく印象論なのだが、あの国の企業もずいぶんと縦割りになっているが、まあ本社権力が強いので、多少はマシという程度ではないか。ただプロセス系では、国がどこにあるかを問わず、かなり連携がとれている。

異なる企業間の連携について言えば、日本では例は殆ど聞かない。唯一の例外は、自動車業界の「かんばん方式」的なPull型システムで、それは(系列にもよるが)それなりに機能している。ドイツは、わたしは分からない。ただ、米国では日系自動車会社でさえ、カンバンではなく週次確定オーダーで動かしているから、ドイツも似たようなレベルだと想像する。

ところが、プロセス系には昔から「つながる工場」の実例がたくさんある。『コンビナート』とよばれる工場群がそれである。原料・中間品や水素、ユーティリティまで、お互いに配管で結んで融通し合っている。垂直連携の実例を見たければ、化学工業を見ればいいのだ。

では、そもそも製造業における水平・垂直連携とは、どのようなメリットを業界にもたらすのだろうか?

それは、より機敏で柔軟性の高いサプライチェーンの実現という言葉につきよう。部門間連携で考えてみれば分かる。生産・販売・物流の部門間が「つながらない」メリットとは、各部が自律分散・局所最適化で動けることである。そのかわり、在庫の山と部門の壁(非効率)が生じやすい。「つながる」メリットはその逆だ。つまり、在庫削減とリードタイム短縮を同時に実現したかったら、部門間連携は必須なのである。そのかわり、会社の中に中央管制塔が必要になる。トヨタがその良い例である(これについては下記リンク参照)。

同じ事は、企業間連携でも言える。現状の日本の、いや、米国やドイツを含む殆どの国のサプライチェーンは、企業間の、広域的でオフラインで非同期的な「発注と交渉」によって調整されている。つまり疎結合である。サプライチェーンの需給調整のキーとなるのは、価格と在庫の圧力であり、つまり市場原理を介したゆっくりした受動的な調整になる。必然的に、大量見込み生産と値引き交渉こそが利益の源泉、との発想に人を導く。

他方、密結合のシステムでは、需要と供給の推移予測に基づく能動的な制御が可能になる。すなわち地域的でオンライン的で同期化された、ダイナミックな連携の姿である。そこでは需要と供給の可視化と、変動に即応するリアルタイムなスケジューリングが利益の源泉になる。企業間がつながるメリットは、日本の自動車産業である程度実証済みとも言える(ただし電子化はまだこれからだが)。あるいはDellのBTO方式をあげてもいい。Dellはサプライヤーの製造工程まで監視しているが、これはつまり供給予定と生産余力を見ているのである。

疎結合と密結合の違いは、首都圏の人にとっては「湘南新宿ライン」を例に取ると分かりやすい。以前は東北線・高崎線・東海道線・横須賀線そして埼京線が別々のラインとして非同期に動いていた。そこには必然的に「乗り換え」という手間が発生した(サプライチェーンで言えば工程間の在庫に相当する)。それを連結し、また山手線東側(上野・東京)に集中していた物流を西側にも分散することによって、需給のミスマッチを防ぎ、顧客の利便性を向上したのである。

そのかわり、密結合にしたことによって、一箇所の事故や故障がライン全体の停止につながるケースが増えた。水平連携することで、以前は「在庫に隠れていた」問題が水面上に浮かび上がってきた、とも言える。密結合なシステムは、各要素の高信頼性と共に、コア部分の冗長化・複線化が必要なのである。そしていうまでもなく、各サブシステムが、透過的に中央管制塔から見えていなくてはならない。

従来、企業間連携が止まってしまったのは、この透過性が壁になったためである。各社が隠そうとしたという面もあるが、上で触れたように、そもそも工場内でも機械レベルで何がどう進行しているのかよくつかめていないのだ。

産業用IoTという新しい技術は、このような工場間のダイナミックな連携を可能にするイネーブラーとして、大きな潜在的価値を持つとわたしは考えている。今後、企業系列の枠を超えて、サプライチェーンが水平・垂直連携する姿が広がるだろう。工場が互いに製造委託を拡げ、生産余力を取引する時代へと進だろう。こうした構想を、Distributed manufacturingとよぶ。

いずれ遠からぬ将来、工場内がデジタル的に可視化されていないとモノが売れない時代が来るかもしれない。そうなると、工場の(本来の意味での)プロセス・システム・エンジニアリングが必要になるだろう。疎結合と局所最適な工場の時代は終わりが来るのだ。では、そのような「プロセス・システム・エンジニア」という技術職種を組織的に抱えている業種はあるのだろうか?

それは、すでに存在する。それはエンジニアリング会社とよばれる業種だけだよ、というお話でした。


<関連エントリ>
 →「トヨタのグローバル・サプライチェーン・マネジメントを理解する鍵」 (2015-07-01)
by Tomoichi_Sato | 2015-11-03 13:00 | サプライチェーン | Comments(1)
Commented at 2017-06-28 18:01 x
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