書評:「アラブの春」の正体 重信メイ・著

「アラブの春」の正体 欧米とメディアに踊らされた民主化革命 (角川oneテーマ21) 重信メイ・著 (Amazon.com)

2010年12月初旬、わたしは『日本アラブ経済フォーラム』に出席するため、北アフリカの地中海岸の都市、チュニスにいた。2年に一度開かれるそのフォーラムは、日本とアラブ諸国が経済協力のあり方を話し合う場で、その時は日本から外相・経産相をはじめ高級官僚、経団連の委員など、総勢200名以上の参加者があったはずだ。アラブ諸国からもそれ以上の参加者があった。

チュニジアの首都チュニスは、対岸のシチリアにも少し似て風光明媚な街であった。わたし達は、美しい景色やカルタゴの遺跡とともに、治安の良さとイスラム色の薄さにも驚いた。石油の出ないチュニジアは観光と製造業に力を入れており、欧米からの旅行客を呼び込むために、非常に努力してきたとのことだ。金曜日のモスク礼拝が信者の義務であるイスラム社会であるにもかかわらず、土曜と日曜が休日なのもその一つだ(他のアラブ社会では木金か金土を休む)。また、若い男女が連れ立って、夜の街をデートして歩いている。隣国のアルジェリアから来た同僚は、信じられないという面持ちで見ていた。

ただしチュニジアの治安の良さには、負の面もあった。噂では、あの小さな国に、ドイツに匹敵する数の警官がおり、多くは私服として国民を監視しているという。また世俗的で開放的な政策をずっと推進してきたベン・アリ大統領は23年間もその座にあり、親族の汚職の話題も絶えない。

しかし、あの会議に集まった数百人の参加者のうち、チュニジアでそのわずか半月後、一人の青年の焼身自殺をきっかけに国民的な反政府運動が国中に沸き立ち、ベン・アリ政権が崩壊することになるとは予想しなかったに違いない。それどころか、その運動が他のアラブ諸国に飛び火して、『アラブの春』と呼ばれる現象になるとは、たぶん誰一人として想像できなかっただろう。

本書は、日本とレバノンを活動拠点として活躍するジャーナリスト・重信メイが、チュニジアの「ジャスミン革命」が始まって2年後の2012年10月に書いた解説書である。まだ現在進行中の出来事を扱っているため、すでに今日と状況が変わっている部分もある。たとえばエジプトはムバラク大統領が失脚し、当時はイスラム同胞団のモルシ大統領政権だったが、その後周知の通り軍のクーデターが起きてモルシは拘束された。イエメンはサウジアラビアが空爆を行い、リビアはカダフィの死後、事実上の分裂状態が続いている。また「イスラム国」ISの記載もない。

とはいえ、日本人にとって分かりにくい「アラブの春」の一連の動きについて、著者はアラビア語の現地報道などに即して、手際よく見取り図をまとめている。国別に状況は多様であるが、著者の意図をくみつつ、わたしが理解したのは以下の点である。

(1) 「アラブの春」という共通現象は存在しない。それは実はキャンペーンの名前である

(2) そのキャンペーンは、主に欧米の大手メディアが喧伝しているが、中心にいたのはカタールの放送局アル・ジャジーラであった

(3) チュニジアの革命は、どんなに長く続いた独裁体制も、意外に脆い事実を近隣諸国に示した

(4) 近隣諸国の住民たちは、長く続く政権の腐敗(それが王政であれ共和政体であれ、また親米国であれ反米国であれ)に抗議の声を上げるようになった。その運動にはイスラム同胞団など原理主義傾向の強い団体も荷担した。エジプトはその典型である。

(5) 利権を持つ欧米諸国は、危機感を抱いた一部のアラブ諸国と手を携えて、自分たちと利害の反する国の指導者を放逐する活動をはじめた。それを民主化革命の応援であると位置づけ、「アラブの春」の名を利用した。これがリビアのカダフィや、シリアのアサド、そしてイエメンのサレハに対して実際に起こったことである。


著者の重信メイは、日本人の母とパレスチナ人との父の間で1973年に、レバノンのベイルートで生まれた。ベイルートのアメリカン大学を卒業後、2001年に日本国籍を取得、同志社大学メディア学専攻の博士課程を修了し、ジャーナリストとして活躍している。ちなみに母は日本赤軍のリーダーとして有名な重信房子であるが、著者自身は極左ではないし、頑迷な反米思想の持ち主でもない。むろん、独裁政権の腐敗を嫌う程度にはリベラルといえるが、本書も極力、ジャーナリスト的に中立な立場で書かれている。

中東およびアラブ諸国の現象が分かりにくいのは、元々は言語・宗教・風習を共有する一つの広大な地域だったところに、現代的な「主権国家」概念を無理に持ち込んで、国境線で分断したためである。この分断にあたって、欧米諸国の利害と、首長達の思惑が重なり合ったことが、問題を複雑にしている。またイスラム教もわたしたちの文化からは遠く、なじみがない。だが、そういいいながら、わたし達の社会は、この地域から産出される化石燃料に多くを依存している。

そして、(たいていの日本人は気づいていないのだが)中東社会の多くの人は、日本人に親近感と期待を抱いている。どういう期待か? それは欧米の旧宗主国とは違い、妙な利権も軍事的利害関係も持たぬ中立な近代国に対する期待である。わたしは請負業者としてあの地域を多少旅したことがある程度だが、それでも、そうした期待を肌身で感じたことが何度かある。そしてわたしの商売は、あの地域が平和でないと成り立たない商売でもある。

自分の商売の利得のために、他国の平和を願うというのは、さほど立派な話ではないが、利益のために他国の戦争を望むよりはマシであろう。ただ、わたし達が具体的に、この地域に貢献できることは少ない。その少ないことの一つが、現地をよく知るジャーナリストの報告を読み、より多角的・複眼的に中東を理解しようと試みることである。リビアが直接民主主義をとる高福祉社会だったとか、エジプトでは軍が金融機関を持ち自分で商売していたとか、サウジにはいまだに奴隷制に似た制度が残っているとか、初めて知る意外な事実に本書は満ちている。

2015年度のノーベル平和賞はチュニジアの「カルテット」(国民対話のための4者委員会)が受賞した。この受賞を予期していた日本人は、外交の専門家でも多くはなかったに違いない。わたし達が自分の頭の中の地球儀の歪みを直すためにも、もっとこうした書は読まれていいと思う。
by Tomoichi_Sato | 2015-10-21 19:08 | 書評 | Comments(0)
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