忙しすぎる人のための手短な処方箋

「なんで1日は24時間しかないんだろう?」とはじめて思ったのは、大学3年生の秋だった。

朝から昼過ぎまでは授業。その後、ほぼ毎日、学生実験。なんとか夕方までに片付けると、すかさずサークルのあるキャンパスに移動する。それからサークルでイベントの準備。毎日9時ぐらいまでかかっていただろうか。それから外食して家に帰る。家までは片道1時間半だ。帰宅してから、実験のレポート作成。化学工学の実験は、数字の計算量が半端でなく多い。だいたい寝るのは2時半か3時だった。そして翌朝6時半に起きる。これが毎日だ。今からは信じられないだろうが、当時の学校はすべて週休1日が当たり前で、土曜日も授業があった。

「ああ、1日が30時間、いやせめて27時間あれば、あと3時間は余計に眠れるのに」と切実に思った。そんな生活リズムは初めてだったから、まず胃腸がぶっ壊れた。昔から睡眠不足に弱いのだ。

そんな学生時代の自分に、誰かが「忙しさを脱したいなら、1日あと15分間余計に差し出せ」などとアドバイスしてきたら。きっと怒髪天を衝く勢いで怒っただろうな(ついでにいうと、昔から短気なのだ)。

1日15分間、余計に差し出して、何に使うのか。答えは、「日誌To Doリストに使う」のである。一日のはじめにTo Doリストを見直して、その日の予定とやらなければならない宿題(タスク)を確認する。タスクはたいてい複数あって溜まっていたりするから、その中の優先順位の高いものを選び出して作業時間を割り当てる。そして1日が終わったら、To Doリストから終わったタスクを消去し、新たに生じたタスクを追加する。そして1日をふりかえって簡潔に日誌に記録する。計画に5分、振り返りと記録に10分。だいたい15分あれば終わる。

わたしはこれまで、To Doリストと日誌の習慣づけを、全ての人に勧めてきた。「時間管理術 (日経文庫)」にも書いたし、このサイトでも何度か書いてきたと思う。大学の講義でも、繰り返し説いてきた。

だが、実行に移す人は、決して多くない。なぜだろうか? その理由には心理的なものと、技術的なものがあると思う。

まず、心理的な障害の面からいこう。なぜやる気にならないのか。答えはたぶん、簡単である。「忙しすぎて、そんなことしてる時間なんてない」であろう。『ふりかえり』の時間? とんでもない。今でさえ寝る暇もないのに、この上そんな役にも立たないことなんて、やってられるか! 振り返って反省したら、何か一つでも目の前の仕事は片付くとでも言うのかよ。単に余計な手間が増えるだけだ。計画と優先順位? 計画通りに仕事が進んだら、誰も苦労しねえよ。優先順位なんぞ、中学生じゃあるまいし、頭ん中でその場その場で決めてらぁ。

人が、「忙しすぎてXXなんかできません」というとき、もちろんそれは事実なのだろうが、でも実はその裏に隠された意味があるのが不通だ。それは、「そんなXXなんて自分にとって優先順位が低いので、する気になれません」という意味である。投入する労力に比べて得られる効果が期待できないと思うとき、優先度は低くなる。たいていの人間はバカではないので、自分の中で無意識に優先度を決めている。息をすることを忘れる人間はいないし、飲食だってまず忘れない。睡眠は多少は優先度を下げられるが、最後になると強制的に襲ってくる。そういう部分には、「本能」というファームウェアが強力なフックをかけているからだ。

起きている間に、自分が意思の力で決めることのできる活動にも、人は様々な優先順位のフィルターをかけている。たとえば
「面白い仕事を、つまらない(やりがいのない)仕事より優先する」
「期限が近い作業を、まだ期限が遠い作業より優先する」
「命令した人の地位が高いものほど優先する」(課長より常務に言われたことを先にする)
「自分の人事評価に直結する作業を、評価に関係ない作業より優先させる」
などがそれだ。

そのフィルターの一つに、「直接作業を間接作業よりも優先させる」がある。直接作業とは、具体的な成果物につながる(もっとわかりやすくいえばお金に直結する)仕事だ。たとえば見積書を作るとか、部品加工を外注するとか、顧客にプレゼンするとかだ。他方、間接作業とは、お金にはすぐは結びつかない仕事だ。タイムシートをつけるとか、出張報告を書くとか、ファイルを整理するとか。そして「To Doリストを維持したり日誌をつけたり」する行為も、このカテゴリーに入る。

こうした間接作業は、心理的に優先度を下げられがちなのを会社も知っている。だからルールで規定したり、お金に結びつけたり(「タイムシートを記入しないと月給が出ないわよ)して、強制する。

ちなみに会社全体で見れば、稼ぎに結びつく直接業務を主に受け持つのは、営業とか製造とか購買などの部門である(「ライン部門」と呼ばれる)。他方、コストを使うだけで稼がない間接業務を主に受け持つのは、たとえば総務とか研究開発とか情報システムといった部門である(「スタッフ部門」と呼ぶ) 。そして多くの企業では、ライン部門の方がスタッフ部門よりも発言権が大きい。出世コースに乗りやすいのはライン部門だし、不況になると真っ先に削減対象となるのはスタッフ部門だ。

そのような序列感覚に不満を持つ人も、スタッフ部門には多い。たしかに直接お金を稼ぐ仕事ではないが、将来の種まきのために投資したり、職場の仕組みや環境を維持・向上することで、間接的に収益アップに貢献している。だから同じように大切なのだ、と。

もしそんな不満を持つ間接部門の人たち、たとえば情報システム部門に働くITエンジニアが、自分自身の中では直接作業ばかりを優先させて、To Doリストや日誌のような「計画や段取りや振り返りみたいな間接作業なんかムダ」と思っているとしたら、それは自己矛盾というものだろう。

もう少し言うならば、直接作業と間接作業は、価値創出に短期的に貢献するか、中長期的に貢献するか、の違いとみることもできる。研究開発も、サーバのお守りも、それがなければ中長期的に会社のパフォーマンスが下がっていくのだから。目先の短期的な収益ばかりでなく、中長期的な成長のために先行投資や出費も辞さない姿勢こそ、良きマネジメントではないか。多くの人は、そう望んでいる。ならば、それを自己管理にも求めるべきだろう。

もっとも、殆どの人は、そもそも『時間管理』という独立したスキルが存在することを知らない。そして、管理の第一歩は記録をつけて現状を客観的に知ることだ、という初歩を知らない。ダイエットしたい人は体重を計って記録する。お金を貯めたい人は家計簿をつけて出費を記録する。時間も同じである。自分の時間の使い方も正確に知らないで、時間管理の第二歩目を踏み出せるわけがない。ちなみに第二歩目とは、「計画を立てる」だ。To Doリストはそのための道具で、とくに「失念による混乱」を防ぐのに有効だ。そうした習慣化を組織ぐるみで実践することこそ、わたしの言う『チャレンジのOS』確立への道である。

とはいえ、わたしのサイトを読みに来るような方は、こうした事は先刻ご承知だろう。そこで、少しテクニカルな話をしよう。To Doリストも日誌もトライした。だが続かずに挫折してしまった。そんな悩みをもつ人向けの処方箋だ。

To Doリストには二種類のタイプがある。追記型と転記型である。追記型とは、一つのリストにどんどんタスクを追記していく。終わったら二重線を引いて消す (あるいはチェックマークを入れる)。これを続けるタイプだ。リスト全体は次第にどんどんと膨らんでいく。わたしの勤務先の先輩方は、紙のノートにこれをつけている人が多かった。長いプロジェクトだと、ノートが2冊にも、3冊にもなっていく。

しかし、終わらないタスクは元の場所にいつまでも残る。すると当然、残ったタスクはあちこちの頁に取り残されて、大海の中の小島のようになり、一望できなくなる。こうなると、その日のタスクの優先度を決めるのが難しくなってしまう。これが追記型の欠点だ。ただし、世にある多くのTo Doリスト用ソフトウェアは追記型だが、この欠点を補うために、完了したタスクは一定期間(たとえば翌日)になると表示から消えてしまうようにしている。たとえばasana.comなどはクラウド型としてはよくできたソフトだと思うが、この方式をとっている。

他方、転記型のTo Doリストとは、毎日が別々のセクション(ノートなら別の頁)になっている。その日が終わったら、完了したタスクは当然消す。しかし、その日に完了できなかったタスクは、次の日の欄に転記して、消してしまう。つまり一日の終わりには、その頁のタスクは全て消された状態になる。かくして残タスクは、つねに一望できる状態に保たれる。そのかわり転記作業自体は、ちょっとだけ面倒くさい。

わたしは長い間、HP 200LXというハンドヘルド・コンピュータのTo Doリスト用ソフトを使っていた。このソフトは本質的には追記型だが、見かけ上、転記型に見える工夫をもっていた。HP 200LXが動かなくなった後、ちょっとExcelで追記型をためしたが、その後、転記型にかえた。きっかけは、「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」(ダベンポート著)を読んだことだ。機知にあふれた本書の中で、彼女は転記型To Doリストを紹介していた。

わたしが転記型をすすめる理由は、二つある。まず、転記作業が「ふりかえり」「タスクの見直し」の契機になるためだ。

実を言うとTo Doリストが続かなくなる最大の理由は、見るのが嫌になるためだ。なぜ、嫌になるのか。それは、いつまでも同じタスクが、何日も何日も消えずに残っているからなのだ。そうした残るタスクは、作業量が大きすぎるか、気が重すぎるか、自分の力量には無理があるからである。やらなければ、と思う。しかしできない。こういう状態を1ヶ月以上も続けると、To Doリスト自体を見るのを無意識に忌避するようになる。

そんな時は、タスク自体を見直して、大きすぎる時にはサブタスクに分解するとか、重すぎる時は誰かにまずヘルプを頼むという予備タスクを追加する、とかいった工夫が必要だ。転記型の方が、確実に見直しやすい。転記という一手間がそれを促すのだ。

もう一つのメリットは、転記型To Doリストなら、毎日の実際の消費時間をその横に記録できることだ。そうすると日誌と連動しやすい。これは、追記型ではむずかしい。

わたしは現在、To Doリストに、タスクのみならず、その日の会議や外出や講習といったイベントもすべて記入するようにしている。まず、時間の決まっているイベントを順に並べる(自動的にソートする)。その間のあいている時間帯に、タスクを分散して、着手予定時間を決める。

このとき、大事なテクニックがもう一つだけある。それは、1日の勤務時間(たとえば8時間なり9時間なり)を、予定で埋め尽くさないということだ。仕事の種類にもよるが、たいていは予期しない割り込みや、会議の時間延長などが起きる。そこで、1~2時間程度の余裕時間(バッファー)をとっておく。1時間がいいのか2時間でも足りないかは人と仕事によるだろうが、しばらく繰り返すと体感で分かってくる。

そうして、一日の終わりには、To Doリストの予定作業の右に実際の消費時間を記入する。それを日誌にコピー&ペーストすると、日誌の基本部分はできあがってしまう。リストからは完了したタスクを消し、残ったタスクは翌日に転記する。日誌には、以前紹介したように、「その日のラッキーな出来事」を3件、書き加える。これで終わりである。ダベンポートはTo Doリストを紙のノートで運用しているが、一日終わったら、その頁に大きな×印を書いて消すという。そうすると、リラックスの脳内物質ドーパミンが「どっと分泌される」のだそうだ(笑)。

大学3年生の時のわたしに、こうした説明をしたら、分かってくれただろうか。さて、正直、難しいかもしれないと思う。1日に15分、確実に余計な作業が増える。目の前の仕事は減らない。その効用は何だと、理詰めでつめよってくるだろう。ある種の物事(とくに目に見えにくいマネジメント能力)は、自分で経験し体得してみないと分からないことが多い。To Doリストと日誌で、計画と振り返りのリズム(お好みならPDCAサイクルと呼んでもいいが)を作ることは、実は多忙を減らしはしない。ただ自分の日々の予見可能性を高めることで、「多忙感」を減らすのだ。

多忙の解決ではなく「多忙感」の解決。なんだ結局、心理面の話じゃないか、とお思いかもしれない。そう言っても、別にかまわない。時間管理の目的は、見えない外乱に振り回される日々ではなく、自分が自分の主人として「考える時間」を持つ日々を作ることにある。その『考える時間』こそ、大学3年生のわたしが渇望していたものだったのだから。

<関連エントリ>
 →「“仕事が面白くない”症候群とたたかう三つの方法」(2015-09-30)

 『チャレンジのOS』については、新著「世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書 ~グローバルなチャレンジを成功させるOSの作り方」 もご参照ください。
by Tomoichi_Sato | 2015-10-14 23:15 | 時間管理術 | Comments(0)
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