海外プロジェクト・マネジメントにおけるシステムズ・アプローチとは 〜化学工学会展望講演(9/09)から

・・・ただいまご紹介いただきました日揮の佐藤です。本日このセッションには、アカデミアの先生方、また実務界の諸先輩が大勢お見えになっていると思います。そこで、まず皆さんに考えていただきたい問題があります。

時は紀元前215年のこと。秦の始皇帝は、北方の異民族・匈奴の侵入を防ぐため、部下の将軍・蒙恬に城壁の建設を命じました。 今日「万里の長城」として知られるものの原型で、歴史に残るビッグ・プロジェクトでした。
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しかし、長城はなかなか完成しません。そればかりか、苦役にかり出された民の怨嗟の声も届きます。そこで始皇帝は、自分の長男・扶蘇を現地に派遣し、建設事業の状態を調べることにしました。では、扶蘇が現地でまず調べるべき事は何でしょうか? ご自分が始皇帝なら、何を調べろと扶蘇に命じますか?

(本サイトの読者諸賢も、この先を読む前に、ちょっと考えてみてください。)

次に、第二問です。
今度は、皆さんは化学企業の経営者になったと想像してください。そして自社の業容拡大のため、南米の新興国に新しく化学プラントを建設することにしました。

皆さんは部下をプロマネに任命し、現地に派遣しました。しかし、プラントはなかなか完成しません。現地のパートナー企業の不満の声も届きます。そこでTV会議で現地のプロマネを呼び出し、話すことにしました。では、皆さんがまず質問すべき事は何でしょうか?

いずれも、遠隔地で遂行する「問題プロジェクト」の実態を調べるケースです。

最初のケースについて、詳しい史料が残っているかどうか、寡聞にして知りません。しかし想像するに、2000年前の扶蘇がが訊ね、調べたのは、こんな事だったのではないでしょうか?

− いったい今までいくらの費用を使ったのか?
− 長城の建設はいつ終わるのか?
− そもそもこの蒙恬将軍という男は、どういう人物か? はたして信用できるのか。

では、二番目のケースについてはどうでしょうか。まさか、現代人の皆さんが、2000年前の扶蘇と同じことをたずねて良い訳はないですよね? 現代ならば、プロマネにたずねるべきは、こんな質問のはずです:

− プロジェクトの『スコープ』はどうなっているのか。WBSを見せろ。
− このプロジェクトの『クリティカル・パス』は何か? アクティビティ・ネットワークの上で示せ。 主要なリスクは何か?
− 現在までのPV, AC, そしてEVはいくらか。完成時のCost EACを予測せよ!

現代のプロジェクト・マネジメント理論(以後『モダンPM』と略称することにします)が生まれたのは、20世紀中盤のことでした。モダンPMは、1950 年代にデュポン社が化学プラント建設プロジェクトの工期予測のために開発した、スケジューリング手法である”Critical Path Method” (CPM)に始まります。

このCPMは、プロジェクトを複数の要素作業(アクティビティ)から構成される『システム』としてモデリングした、システムズ・アプローチの産物です。プロジェクトを構成するアクティビティのネットワークを考えたとき、プロジェクトの全体工期はネットワークの始点から終点までを結ぶ最長の経路=クリティカル・パス(Critical Path)によって決まる、というのが、CPMの理論的骨子です。
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クリティカル・パスに属するアクティビティの比率は、実規模のプロジェクトでは全体の2~3割程度と言われています。他のアクティビティは、日程上のフロート(余裕日数)を持っているのです。そしてクリティカル・パス上の仕事が遅れた場合、他の仕事をどんなに頑張っても、プロジェクト全体の納期が遅れます。だから、納期遅延のおそれのあるプロジェクトでは、状況把握のために、まずクリティカル・パスがどこにあるかを問うのです。

またCPMは、スケジューリングとコスト管理に際だった違いがあることを示しています。コストの世界では、どこかのアクティビティで1円得すれば、プロジェクト全体で1円、得します。単純な足し算の論理です。しかし、時間の世界はそうなりません。フロート(余裕日数)を持つアクティビティを、いくら頑張って短縮しても、プロジェクト全体の納期にはちっとも貢献しないのです。プロマネはどこがクリティカル・パスになっているか、つねに意識し、そこに集中すべきです。だから、現代でプロマネに問うべき3つの質問に、この項目が入っているのです。

さて、モダンPMの発展史で次に議論になったのは、「プロジェクトはどのようにアクティビティに分解すべきか」という問題でした。ここで確立したのが、WBS(Work Breakdown Structure)という概念です。プロジェクト全体のスコープ(作業範囲)をアクティビティで階層的に構成し、管理番号を付番したものをWBSと呼びます。各アクティビティは、達成すべきアウトプット(成果物)と、必要なインプットが決められており、担当する人とリソースを割り当てる 必要があります。また、それをさらに下位のサブ・アクティビティに階層的に分解することができます。

WBSはスコープ、すなわちプロジェクトの責任範囲を可視化したものです。またWBSはプロジェクト組織の分担の表現でもあり、またコストをロールアップし集計する際の基準にもなります。ですから、WBSをよく見れば、どのようにプロジェクトを進めようとしているのかがすべて見て取れます。だから問題プロジェクトの状況把握では、最初にWBSについて質問するのです。

このようにWBSはモダンPMにとって非常に重要なのですが、多少の論争がありました。ある人々は、プロジェクトを、仕事のプロセスに沿った機能別・仕事の種類別に分解すべきだと考えました。これをFunctional-WBS(略称F-WBS)といいます。たとえば化学プラント建設を例にとると、基本計画・設計・調達・建設・試運転・・といった分解になります。
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他方、いや、プロジェクトは必ず何らかの成果物を生み出す活動なのだから、成果物自体の構成に準じた分解をするべきだと主張した人々もいます。これを、Product-WBS(略称P-WBS)と呼びます。たとえば化学プラントならば、製造設備・ユーティリティ設備・物流エリア・事務棟、といった分解です。

両者に論争があったということは、実はどちらか片方では十分ではないことを示しています。そこで、両者を縦横にとった二次元マトリクスでアクティビティを数え上げるのが、もっとも理想的な方法だという考えに至ります。単位要素となるアクティビティは、「製造設備-設計(1-E)」「物流エリア-調達(3-P)」といった具合です。
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ただしこの方法では、アクティビティが必要以上に小さく分解されすぎてしまうことがあります。アクティビティが小さすぎると、情報収集やレポーティングなど、コントロールにかかる手間が増大し、本末転倒の「管理のための管理」になる 危険性があります。そこで、いくつかをまとめて、アクティビティの最小単位「ワークパッケージ」とする 技法が用いられています。

WBSにつづいて70年頃から発展したのが、EVMS(アーンドバリュー・マネジメント・システム)と呼ばれる手法です。扶蘇が蒙恬将軍にたずねたであろう問いを思い出してください。「この仕事にこれまでいくら費用を使ったのか?」--それでは、もしも現在までの出費(Actual Cost = AC)が、当初計画していた現時点までの予算(Planned Value = PV)よりも小さかったら、プロジェクトはうまく出費をコントロールしていると言えるでしょうか? たとえば、現時点までの出費予定が1億ドルだったのに、現実の出費実績が9千万ドルだったら、うまくいっていると判断していいでしょうか?

そうは言えないのです。なぜなら、単に仕事が遅れているために 出費実績が計画より小さいのかもしれないからです。むろん、本当にうまくコストを押さえ込んでいるのかもしれない。どちらの理由で1千万ドルの差が生じているのかは、この二つの数字だけいくら眺めたって分かりません。

そこで、Earned Value = EVとよぶ第3の金額を計算してみるのです。EVとは、「現時点までに完了した作業(アクティビティ)の予算金額合計」のことで、日本語では『出来高』と呼ばれます。かりに、前述のプロジェクトでEVを計算してみたら7500万ドルだったとしましょう。これから何が分かるでしょうか? まず、EVとPVを比べます。すると、EVの方が小さいですね。つまり、元々の予定では現時点までに1億円分のアクティビティが終わっているはずだったのに、現実には7500万ドル分しか完了していない訳です。これは、プロジェクトの進捗が予定よりも遅れている(予定の75%の進捗しかない)事実を示します。

さらに、EVとACを比べると何が分かるでしょうか。EVが7500万ドルなのに、ACが9000万ドルということは、すでに終わったアクティビティについては、当初の予算では7500万ですむはずだったの出費が、実際には9000万かかった、つまり見込よりも余計にコストがかかっていることを意味します。まとめると、このプロジェクトは、進捗は予定よりも遅れており、なおかつコストは予算より超過しているという、非常に危険な状態にあることが、わかるのです。これはEVという指標を導入することで明らかになったことで、予算PVと実績ACの二つだけをいくら比べたって、分かりません。これが、プロジェクトの予算管理と、通常の定常業務の予算管理との大きな違いなのです。

では、プロジェクトの完成時にはいったいいくらの金額になる見込なのか。これを完成予測額(Cost Estimate at Completion = Cost EAC)と呼びます。それは、すでに使ってしまったお金ACと、残っているアクティビティを完了するのにこれからまだ必要となる金額ETC(Estmate to Complete)の合計ということになります。Cost EAC = AC + ETCです。ACは9000万ドルですね。あと、仕上げなければいけない作業が、元々の予算計画ではまだ2億ドル分あったとしましょう。すると、Cost EACは2億9000万ドルでいいでしょうか?

むろん、それでは楽観的すぎます。まず、これまで7500万ですむと思っていた仕事が現実には9000万かかっていたことを思い出してください。これは、平均するとちょうど2割だけ、実際の出費が高いことを示します。このトレンドは、おそらく将来も続くでしょう。EVMSの膨大な経験が教えるところによると、プロジェクトが全体の2割を過ぎたあたりから、AC/EVの比率は安定してきます。である以上、残る仕事も、2億ドルではなく、2.4億ドルはかかりそうです。おまけに、進捗が遅れていることもお忘れなく。納期に間に合わせるためには、人を増員するなどキャッチアップのために余計な費用が必要でしょう。となると、たぶんCost EACは3億3000万をもっと上回ることが予想されます。

このように、EVを用いてコストと進捗をコントロールしていく手法を、Earned Value Management System = EVMSと呼びます。

モダンPMで用いられている三大技法であるCPM、WBS、そしてEVMSの原理を、簡単にご説明しました。この3つはちょうど、プロジェクトを取り囲む三大制約である『スケジュール』『スコープ』そして『コスト』に対応しています。この三大制約は別名、「鉄の三角形」とも呼ばれ、プロマネは日夜その中で苦労しながら進んでいるのです。だからこそ、これを押さえるための手法が真っ先に発達してきたのでしょう。
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もちろん前述の原理を、現実のプロジェクトに適用するためには、いろいろな道具立てやノウハウの集積が必要です。そうした原理・ツール・ノウハウの総体を称して、技術と呼ぶのです。プロジェクト・マネジメントの技術です。

こうしたマネジメント技術の基本を押さえた上で、プロマネのリーダーシップやメンバー達のモチベーションを問うのならわかります。プロジェクトは結局、人間がやることですから。しかし、こうした基本さえ知らずに、いきなりリーダーの人格や志気を問題にするとしたら、そして、プロジェクトの構造を見ずに、ただ全体の費用や納期だけを見るとしたら、2000年前の扶蘇と同じではないでしょうか。

国内で顔見知り同士が、同じ言語と文脈を共有して、以心伝心で仕事を進めていける国内プロジェクトならば、技術なしでも気合で乗り切れるでしょう。しかし海外プロジェクトは、根本的に違います。 こうした技法を押さえた上で、さらにわたし達が身につけるべき思考と行動の習慣、いわばマインド面でのOSがあるのです。それは端的にいえば、

言葉を大切にする(言語化)
・かならず計画をたてる(計画重視)
契約と責任を重んじる(契約責任制)
そして、
・システム的な見方をする(Systems approach)

です。 システム・言葉・計画・契約の頭文字をとって、 わたしは「S + 3K」と呼んでいます。


・・ということで、展望講演はこの後、海外プロジェクトの進め方を概説し、さらに現在のモダンPM理論に欠けている価値評価をめぐって、わたしが進めてきた「リスク基準プロジェクト価値」研究成果を紹介した。そして、今後のモダンPMの発展には「仕事のプロセスシステム工学」が大事になるだろう、という話で締めくくった。だが長くなりすぎるので、後半は割愛させていただこう。なお念のために書いておくと、化学工学とは元々、化学プラントの設計論であり、とくに各種装置を組み合わせてプラント全体のシステムを設計・最適化する手法論を「プロセスシステム工学」と呼ぶ。

プロジェクトもまた一種の化学プラントに類似したシステムであり、個別のアクティビティという要素を組み合わせて、全体のシステムを作り上げ、動かしていく。そうした思考方法=システムズ・アプローチこそ、これからのプロジェクトにとって必須のものだ、というのが、聴衆の皆さんに伝えたかったコアのメッセージだ。

では最後に、WBSをはじめとするモダンPMの技術、そしてシステムズ・アプローチを中心としたマインド面でのOSについて、もう少し深く知りたい方のために、格好の入門書をご紹介しよう。1年半かけて書いた、わたしの新著『世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書』である(笑)。今週末から書店に並ぶが、電子版はさきがけて本日から発売である。ぜひ手にとってご覧いただきたい。海外プロジェクトに長年実務で携わり、また近年はPM理論研究と教育も実践してきた人間として、類書にない思想と技法を盛り込んだつもりである。

地図を読んでも山には登れず、海図を見ても船は航行できない。だが、どこに登るべき山があり、渡るべき海があるかは分かる。本を読んでも能力がすぐ得られるわけではないが、できればぜひ一人でも多くの方に、海を渡って広い世界を目指してほしいと願っている次第である。
by Tomoichi_Sato | 2015-09-15 22:18 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)
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