書評:「世界一やさしい問題解決の授業」 渡辺健介・著

世界一やさしい問題解決の授業―自分で考え、行動する力が身につく」 渡辺健介・著 (Amazon)


問題解決って、何だろう?

問題だったら、誰にとっても、あふれるほど身の回りにある。やってる仕事がうまく進まない。そもそも作業自体がつまらない。人も予算も足りないし、顧客はバカで無理難題ばかりいうし、上司は無責任で同僚後輩は無能で業者は頼りないし、官庁は現場を知らずに勝手な要望を言うし、家に帰れば配偶者は仏頂面で娘息子は口もきかない、といった具合だ。問題とは学校卒業以来、長年のつきあいである。いや、学校にいたときだって、入学試験から期末テストまで、問題とにらめっこの日々だったではないか。だとしたら、晴れて小学1年生で入学して以来、ずっと問題とつきあいつづけている訳だ。

ただし、学校のテストで出る問題には、一応、正解がある。やっかいなことに、現実で向き合う問題には、正解があるんだかないんだか、よく分からぬ。いや、その前に、出題者という者がいない。「出題者の意図を推し量って・・」が学校での問題への取り組み方だった。それにテストの多くは、知識を問う問題だったが、現実では知識を持っていてもすぐ使えなかったり、役に立たなかったり、足手まといだったりさえする。

そんな現実の問題の解決方法を、小中学生にも分かるくらいやさしく教えてくれる、というのがこの本である。著者の渡辺健介氏は、中学2年生からアメリカで教育を受け、1999年にイェール大学を卒業、マッキンゼー東京支社に入社。さらに2003年にはハーバード・ビジネススクールに留学し、2005年にマッキンゼー・ニューヨークオフィスに移籍。2007年に本書を刊行後、独立して、現在デルタスタジオ代表取締役、というピカピカの経歴だ。

著者は22歳のときにマッキンゼーで「問題解決能力」(Problem Solving Skill)の体系的なトレーニングを受け、「これが『考える』ということなのか! なぜこれをもっと早く教えてくれなかったんだろう」と強く思ったという。国際人として必要な資質は、語学より、むしろこのような思考の総合力——問題を解決する方法を考え抜き、実際に行動に移す姿勢にある、と信じ、それを子ども達に広めようと、本書を書き、自分の会社デルタスタジオを設立した、ということらしい。

実際、本書は全頁カラー多色刷りで本文はわずか100頁ちょっと、マツモトナオコさんの面白かわいいイラスト入りで、子どもでも手に取りやすい体裁にできている。しかし、買ったのはむしろ大人のビジネスパーソンだったようで、発売後3週間で10万部を売るベストセラーとなる。ビジネス書のランキングで堂々一位、たぶん累計で30〜40万部は出ているらしい。

では、実際に紹介されている問題解決の手法とはどのようなものなのか。本書ではイントロ部分のあと、具体的に二つの問題が取り上げられている。一つ目は、「中学生バンド『キノコLovers』を救え!」というストーリー、二番目は、CGアニメ監督を夢見るタローくんが、たりないお小遣いでパソコンを手に入れるまでの話である。

中学生バンド『キノコLovers』の直面している問題は、どうしたらもっとお客さんに聴きに来てもらえるか、というテーマだ。ここで原因分析のために「分類の木」(ロジックツリー)というツールが、まず導入される。潜在的な聴衆(学校の生徒先生あわせて500人)を、グループ別に分類する。これをさらに「はい、いいえの木」の形に整理し直す。そして、「お客が少ない」問題の原因として3つの仮説を立てて、「課題分析シート」を使って、調査の上で仮説を検証する。

その結果、有力な仮説が見えてくるわけだが、次にはその障害を破るためのアクションを考える。ここでも打ち手について「分類の木」を活用しリストアップしていく。さらに、実行のしやすさを横軸に、効果を縦軸にした「可能性と効果のマトリックス」をつかって、打ち手の優先順位をつけていく。そして「ガントチャート」の実行プランをつくる、という手順である。

二番目のタローくんのケースでは、まず目標設定について、
 ×「パソコンがほしい」「パソコンを買う」
 ○「どうすれば、半年以内に、60000円のさくら社製の中古パソコンを、人にお金を借りずに、お金を貯めて買うことができるか」
という風に具体化することからはじめる(つまり、SMART = Specific, Measurable, Achievable, Related, Time-boundである。ただし著者はこの言葉を書いていないが)。そして「仮説の木」やギャップチャート、前述のマトリックスなどを使い、最終的にはアクションのガントチャートに落とし込んでいく。さらに著者は、多数の選択肢の評価に使う「Pros-Cons List」や「評価軸×評価リスト」などにもふれている。

ただし、こうしたツールやテクニックだけを知っていても、それだけで問題解決能力が身につくわけではない。銃刀類をいくらコレクションしても、それで戦士になれる訳ではないのと同じだ。問題解決には順番がある。それは目次にあるとおり、
(1) 原因を見極める
 - 原因としてあり得るものを洗い出す
 - 原因の仮説を立てる
 - どんな分析をするか考え、情報を集める
 - 分析する
(2) 打ち手を考える
 - 打ち手のアイディアを幅広く洗い出す
 - 最適な打ち手を選択する
 - 実行プランを作成する
といった手順だ。どんなときに、どのツールを使うべきなのか。適切なタイミングが大事なのだ。

しかし、それ以上に大事なのは、問題解決に向かう姿勢そのものである。たとえ未経験で難しく思える問題にでもチャレンジし、やりとげようとする姿勢、そしてできると考える楽観的な自信の持ち方。わたしの最近の言い方でいえば、つまりチャレンジの『OS』である。著者は、「考え抜く技術」・「行動をする癖」という表現をつかい、これを身につけた子どもを『問題解決キッズ』と名付ける。問題解決キッズは、周囲によくいる、
・最初からあきらめる「どうせどうせ」子ちゃん、
・自分では行動しない「評論家」くん、
・行動するが結果から学ばない「気合いでゴー」くん
たちとは違う、という訳である。

そして、問題解決キッズを日本社会に育てるべく、著者はマッキンゼーのキャリアを捨てて、自分の「デルタスタジオ」(http://www.whatisyourdelta.com)を設立する。しかし、やめた直後はけっこう苦難の道だったらしい。たまたまその時期のことが、日本財団会長の笹川陽平氏のブログに書いてある(http://blog.canpan.info/sasakawa/archive/972)が、「あと6カ月間マキンゼーに勤務すれば、ハーバード留学の奨学金の返還は必要ないそうだが、お世話になった会社への奨学金の返済と子供達に教える場所の借り入れで、貯金はなくなり、100円ハンバーガーをかじりながら板の間に寝ている生活」で、笹川氏の息子さんに布団をもらいうけたという。そんな時代を乗り越え、現在、著者は子ども達だけでなく社会人にも、問題解決のトレーニングを提供している。

ただし、本書で取り上げられている問題2例は、じつは「マーケティングと顧客獲得」「財務戦略」の事例であって、いかにも外資系経営コンサルタントが得意としそうな問題分野である。だからこそ、マッキンゼーの解決技法のフィット率が高いのだ。著者のキャリアを考えれば当然の話だが、世の中にあまた存在する問題の中で、経営コンサルが得意なものとそうでないものがあることを、読者は頭の中で区別して読み進める必要があるだろう。

それともう一点。そもそも、ここで著者が取り上げているロジカルシンキング的な解決の方法論が、本質的に向かない種類の問題もある。それは、リアルタイム性を要求される問題だ。たとえば風雨の中で船の進路を決める問題は、おちついて仮説を立てて分析している暇なんかない。ある程度「考える時間」のとれる、時定数のゆっくりした問題向きなのだ。

不得意な種類は、まだある。たとえば、美しい音楽を作曲するだとか、いいデザインをするには、といった問題も、仮説検証の方法では解けない。あるいは、難しい数学の問題だ。本書には数学の成績を上げるにはどうしたら良いか、という例題がのっている。しかし、特定の数学の問題を解くには、ロジカル・シンキングの方法は、あまり役に立たない。

数学問題の解決方法がロジカル・シンキングでない、などといったら、ムキになって反論してくる人もいるかもしれない。たしかに数学の9割9分はロジックだ。だが、正解があるかどうかも分からない、証明できる保証もないような数学問題を解く際の最初の着想は、ある種、非論理的な着想やひらめきだったりする。その証拠に数学の世界には、まだ証明できずにいる「予想」というものが結構あって、役に立っているではないか。

つまり、著者が紹介するマッキンゼー流の問題解決技法は、決して万能ではない、ということだ。じつはこの種の技法が得意とするのは、わたしが「パフォーマンス問題」と呼ぶ種類のものである。パフォーマンス問題とは、個人や、集団のアウトプットを、なんらかのモノサシで測ったときに、現れるたぐいの問題である。個人なら成績とか、バンドなら客数とか、企業なら財務数値とか、そういった問題だ。それを、きちんと論理立てて仮説検証で分析し、原因を明らかにした上で、対策を立案評価して具現化する−−そうした性格の問題には、とても役立つだろう。

しかし、数値化しにくい問題、たとえば恋人の機嫌が良くないとか、仕事が面白くない、といった問題は取り組みにくい。もちろん、恋人の機嫌を無理やり「数値化」することは可能かもしれない。そしてSMART的な目標値を設定すれば・・だが、そんな論理的だが野暮なことをしている間に、相手はもっと機嫌を悪くして、去って行ってしまうだろう。こうした美学や洞察のかかわる問題、そしてリアルタイム性の高い問題には、ロジック以外に、直感とか「身体知」とでも呼ぶべき、別種の能力の発揮が必要となるのである。

こまったことに、ロジカルな問題解決技法は、それ自体がきちんと体系化されていて、とても「頭が良く」見える。カッコいいのである。だから、どんな問題も解決できそうな気がする。では、米国にはロジカル・シンキングを身につけたコンサルタントがあれほど大勢いるのに、なぜ金融危機やら二極分化やら格差社会といった山ほどの問題を抱えているのか? (まあ他の国に比べればましだ、という意見もあるのかもしれないが)

それは、問題を部分化するからなのだ。巨大で複雑な問題、手のつけようも分からない悪構造の問題に立ち向かうとき、わたし達が気をつけるべき事がある。それは、手元の道具や方法論で攻めやすい「部分問題」だけを切り取って、解決しようとする態度である。大きな問題の一部だけを取り出して、きれいにしようとする。それで改善する部分もあるかもしれないが、もっとやっかいな問題を残りの部分に発生させてしまう可能性もあるのだ(恋人の機嫌のように)。

誤解しないでほしい。本書に紹介されたような問題解決の技法は、パフォーマンス問題にはとても有用である。もしあなたがまだ良く知らないなら、ぜひ手にとってよく学ぶことをお勧めする。だが、それは万能の道具ではない。問題解決にとって一番大切な能力とは、「どういう問題をたてるか」にあるのだから。
by Tomoichi_Sato | 2015-09-06 23:05 | 書評 | Comments(0)
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