YesとNoのゲーム - コミュニケーションを教えるということ

最初に、『Yes/No』ゲームについて説明しよう。Q&A(質疑応答)ゲーム、ともいう。4、5人ずつのグループでやるゲームだ。大人でも、子供でも、むろん学生でもできる。

ルールはとても簡単である。出題者は、何か具体的で、目に見えて手で触れる、形のあるもの(人でもいい)の名前を紙に書いて、隠しておく。回答者はグループに分かれて、順番に、出題者に対して1つずつ質問をしていく。このとき、質問についてのルールが2つある。一つ目は、質問は必ず、相手が「Yes」か「No」か、または「どちらでもありうる」の三種類のどれかで答えられるような質問であること。二つ目のルールは、誰かが既にした質問を繰り返してはいけないこと。基本はこれだけだ。

たとえば、出題者が「ビーチボール」という答えを用意していたとしよう。質問する側の最初のグループが、
「それは食べられるものですか?」とたずねる。答えは「No」だ。
二番目のグループは、「それはどこの家にもあるものですか?」と聞いてみる。出題者は「うーん、Noかな。」というだろう。
さらに三番目のグループが、「手で持てる大きさのものですか?」と質問し、「Yes」の答えを得る・・といった具合である。こうして順番に質問を浴びせていき、最後に、「それはビーチボールですか?」とたずねて「Yes」の答えを得た班が勝利者になる。

「それは何ですか?」「それはどうやって作るものですか?」といった質問ではなく、必ず「Yes/No/どちらもありうる」で答えられる質問、というところがミソだ。このように、答えの選択肢が限定されている質問のことを、コミュニケーション論の分野では、Closed Questionと呼ぶ。他方、「それは何?」のように答えに限定がない質問は、Open Questionという。このゲームは、いいかえると、有限の数のClosed Questionをつかって、どれだけ早く正解に絞り込めるかを競うゲームだといってもいい。

むろん、このとき、他の班の質問と答えも利用していい。というか、利用しないと、競争に勝てない。しかもルールの二番目、「同じ質問を繰り返してはいけない」が厳然としてあるので、他の班の質問をちゃんと聞いていなかったら、失格になる可能性がかなり高くなる。

わたしはこれを、大学でプロジェクト・マネジメントを教える講義の中で、何度か演習に使ってみた。そして、非常に効果があるという実感を得ている。学生から毎回提出してもらう出席シートでの反応も、概して良い。ゲームとして面白いだけではない。何となく、コミュニケーションの勉強になったという実感があるのである。

「コミュニケーション」はプロジェクト・マネジメントの中核にあるスキルだ。そもそも『マネジメント』という言葉の中核的な原義は、「人に仕事をしてもらって目的を達すること」である。他の人を動かすのには、テレパシー能力でも持っていない限り、言葉にしてコミュニケートする必要がある。「言葉にして伝えること」は、マネジメントの第一歩なのだ。だから、PMBOK Guide(R)などでも、コミュニケーションは10個の知識エリアの一つに組み込まれている訳だ。

ちなみに、IT技術の分野でも、もっとも重要視されるスキルは「コミュニケーション」である。IPA(情報処理推進機構)のアンケート調査によると、IT企業と教育機関とが重視したい教育項目のトップは、ともにコミュニケーション能力だという(次表参照)

IT企業が重視してほしい教育 トップ5
(1) コミュニケーション能力 61.2%
(2) 問題解決能力 42.6%
(3) 文章力・文章作成能力 30.7%
(4) チームワーク・協調性 25.5%
(5) プログラミング技術 22.2%

教育機関が重視している教育 トップ5
(1) コミュニケーション能力 59.4%
(2) 問題解決能力 29.3%
(3) チームワーク・協調性 24.7%
(4) 文章力・文章作成能力 20.1%
(5) プログラミング技術 19.2%
 (情報処理推進機構 IT人材育成本部編「IT人材白書2013」p.41より抜粋して引用。マルチアンサーなので合計は100%を超える)

どちらも、「プログラミング技術」は第5位にすぎない点が面白い。コーディングの能力より、まず人と話し合える能力を、というわけだ。3位の「文章力・文章作成能力」も、コミュニケーション能力の一部だと考えれば、その重要性はもっと高いことになる。

(ついでながら、「プロジェクト・マネジメント」はIT企業側で7位・11.7%、教育機関側で11位・8.8%しか重視していない。どうやらPMの知識教育は、IT業界ではろくに期待されていないらしい)

なお、上の数字と、新卒採用時に重視する観点(同書 p.83)を比較すると、さらに面白い。

「新卒採用時に重視する観点」
(1) コミュニケーション能力 75.9%
(2) 主体性・積極性 63.7%
(3) チームワーク・協調性 40.1%
(4) 潜在能力・成長可能性 29.3%
(5) 社風との適合性 22.5%
(6) ITに関する技術力 22.3%

「ITに関する技術力」については、入社後習得・育成が可能であると考えられているためか、「コミュニケーション能力」等の資質的な項目よりも下位に位置づけられる結果となっている(p.83)。つまり、「コミュニケーション能力」、「主体性・積極性」、「チームワーク・協調性」などは入社後の習得・育成が可能でないと企業は考えているわけだ。

これほど期待されているにもかかわらず、わたし達の社会では、うまくコミュニケーションができない場面をしばしば見る。また、どうやったらコミュニケーションのスキルを高められるかについて、社会的な合意もないようだ。本来、学校教育の場では「国語」がその任に当たっているはずだ。だが、わたし自身の記憶を振り返っても、現国・古文・漢文の三教科を通して、自身の的確な意思疎通能力を鍛えられたという実感がない。なにか美的な、文学鑑賞能力を問われた記憶はある。漢字の書き取りもずいぶんやらされた(今やワープロを使っているのでほとんど忘れたが^^;)。だがリアルタイムの、切実な意思疎通を、上手にできる教育をうけたとは思えぬ。

コミュニケーションには大雑把にいって二種類のモードがある。おしゃべりモードと切実モードだ。おしゃべりモードは、対話自体が目的のようなもので、何かを伝達することは副次的である。ところが仕事上のコミュニケーションや、日常生活でもある種のコミュニケーションでは、「これをどうしても伝えたい」という切実モードが主体になる。伝達媒体は、対面の会話のこともあるだろうし、メールや、あるいは文書の場合もあろう。ただし文書やメールでうまく伝わらないときは、結局、対面での説明に持ち込まざるをえないから、結局、会話での伝達が一番ボトムラインになるのだ。

ところが、この対話的なコミュニケーションが、教えるのも学ぶのも、案外難しい。時間と手数がかかる上に、相手によって会話の筋道がかわり、再現性が低いから、一定の型を真似ればすむ訳にはいかない。ペーパーテストができないから、教室でのマスプロ的な教育カリキュラムにも乗りにくい。

対話的なコミュニケーションにおいて大事なのは、相手の話を聞きながら、同時に考えることである。聞くことと考えることが、同時にできなくてはならない。そして、相手が知っていることと自分が分かっていることのギャップを、常に意識する必要がある。説明とは、両者の間にある知識・認識のギャップを埋める行為だからだ。

このトレーニングのために、最初に述べた「Yes/Noゲーム」が有効なのである。このゲームにおいては、
→注意して聞く
→聞いたことを覚えておく
→同時に考える
の三つのことをリアルタイムに実行しなければいけない。しかも、勝つためには、それを数人の仲間と一緒にやらないといけないのだ。

もっとも、「Yes/Noゲーム」のルールを説明すると、そんな効率の悪いClosed Questionでは、いくら質問を重ねても、正解に到達するには際限もなく時間がかかるのではないか、と批判する学生があらわれる。だが、実際にやってみると分かるのだが、大学生レベルの知的能力をもっていれば、普通の出題ならだいたい20問以内に正解にたどり着く。Closed Questionという道具は、賢く使えば、かなり効率よく相手を追い込むことができるのだ。

そして、これができる人は、交渉が上手な人である。交渉(ネゴシエーション)こそ、プロマネに求められる能力の中でもトップクラスのものだろう。人を説得し、動かすことこそ、PMの仕事なのだから。そして交渉においては、きわどい局面ではOpen Questionは役立たない。価格交渉で「じゃあ結局いくらまで払っていただけますか?」などと問うても、相手がまともに答えてくれるはずはない。このとき、「でも、何か得るものがなければ、お互いに帰れませんよね?」「やはり納期よりも金額ですか?」「それって、たとえばベンツ1台より高いですかね?」・・といった風に、相手の刃を避けつつ、鎧の隙間を狙っていく能力が必要だ。むろん、笑顔や声色やボディランゲージも、巧みに取り入れながらだ。

こうした交渉の基礎的能力づくりとして、Yes/Noゲームは有用なのである。このゲームについては昔からなんとなく知っていたが、あらためて学んだのは、英語教育家として著名な故・中津燎子氏の著書(「英語と運命」)からだった。本来このゲームは子どもの教育用だが、わたしはあえて学生相手に試してみた。

試してみて驚くのは、ルールの二番目、「他と同じ質問を繰り返してはいけない」を破って失格になる者が、ときどき現れることだ。なぜか。他人の発言を、よく聞いていないのだ。上の空で聞き流して、自分の中だけで考えている。これでは良いコミュニケーションができるわけはない。そして、おかしなことに、こうした傾聴の態度・姿勢は、初等中等教育では、ちっとも訓練されていないのだ。つまらぬ教師の話を聞き流すのは、分からんでもない。だが、聞き流したら即、失敗となるゲームの場で、なぜ集中して聞かないのか。

「相手の話を聞いていない」人は、わたし達のビジネスの場でも、しばしば出会う。何を話しても、どうしても聞いてくれない。自分の側の論理だけを、一方的に繰り返す。その相手が権力があったり、顧客だったりしたら、もうお手上げに近い。だが、その相手だって、最終的には聞かないことで損をしているのだ。当然だろう。この世は取引と協力、ギブ・アンド・テイクでできている。テイクしかしない人と、誰がまともな関係を取り結ぶだろう? だれが本当の情報を奏上するだろう?

Communicationという英語は、本当は「伝達」という意味で、一方向にむかった動詞である。相手に着実に伝えること。これがCommunicationなのだ。そして、伝えるためには、逆説的なようだが、聞く耳を持たなければならない。日本ではなぜか「コミュニケーション」は双方的で、だからお互いに責任のない、ふわふわしたもののように理解されがちだ。それはおしゃべりモードの場合だけである。わたし達が何かマネージしたければ、切実モードのコミュニケーション・スキルを身につけるしかないのだ。


<関連エントリ>
 →「書評:『英語と運命』 中津燎子・著」(2014-06-08)
by Tomoichi_Sato | 2015-08-02 10:48 | ビジネス | Comments(0)
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