人気ブログランキング | 話題のタグを見る

書評:「自分でできる夢分析」 江夏亮・著

自分でできる夢分析 江夏亮・著(Amazon Kindle版)


ある朝、悪夢から目覚める。汗びっしょりで、恐怖に震えながら、「夢でよかった。これはただの夢なんだ。」と自分に言い聞かせつつ、いつもと同じ日常生活に戻っていく。数日間はそのことを覚えているが、いつしか忘れてしまう・・こんな体験を、誰もが持っているだろう。わたしもそうだった。この本を読むまでは。

しかし、この本を読んでからは、はっきりと変わった。何が? 怖い夢を見たら、目覚めてから、「自分の中で、何かが間違っているらしい。この夢は、そのことを警告している。」と思うようになったのだ。起きてすぐに、自分が直近にしてきた行動や決断や思考をふりかえってみて、何かが足りなかった、あるいは余計だったらしい、と疑ってみる。そして多くの場合は、自分の自信過剰や不明に思い当たり、軌道修正をすることで、未然に難を逃れる。そんな経験を、時々するようになった。夢に、助けられるようになったのだ。

本書は非常に興味深い、かつ実用的な本である。内容はタイトルが表しているとおりで、副題に「ハイヤーセルフからのメッセージ」とある。「ハイヤーセルフ」とは、自分の無意識の中にある、高次な叡智をシンボル化したもので、著者が立脚するトランスパーソナル心理学の用語である。そして、夢とは自分の中にあるハイヤーセルフ=「もう一人の自分」からの大切なビデオレターのようなものだ、と考える。ちなみに著者は臨床心理カウンセラーとして長年日本で活躍している人で、またカリフォルニア臨床心理学大学院(CSPP)の実務家准教授でもある。

夢判断のたぐいは古代からあった。だが周知の通り、夢分析はフロイトによってはじめて、精神分析の重要な手法に位置づけられた。その後、ユング、ゲシュタルトセラピー、ボスなどにより、さまざまな臨床的手法として展開された。ただ、その後、心理学は次第に夢分析への関心を弱めていく。現代の三つの主たる心理学派は、行動主義、精神分析、人間性心理学である(p.256)が、著者は夢分析を、再び積極的な手法として統合的なカウンセリングの中に位置づけたいと考え、本書を書いたという。とはいえ、本書は特定の心理学派の立場や主張にとらわれず、広い範囲の研究や主張を、公平に紹介している。

最初の悪夢の例でいうと、著者はこう書く。「人はどちらかと言うと、強い事の方をよく覚えています。そこで、[ハイヤーセルフは] あなたにできるだけ覚えてもらうために、手紙の外観を強くします。そして、その怖さゆえに、普段は夢を覚えていないあなたでも、記憶に留めやすくなると言うわけです。」(p.6)--つまり、怖い夢とは、無意識からの強いメッセージ性を帯びた警告である、という訳だ。

じつは、たいていの場合、夢はそれ以前にも、よりマイルドな形で、同じ内容のメッセージをわたしたちに送ってきているのだ。でも、それに気づかず、無視しつづけると、夢はよりシリアスな形で、わたし達に内容を突きつけてくる。だから、怖い夢を見たときは、ある意味では冷静に反省する、よいチャンスなのだ。仮に自分が死んだり殺されるような夢でも、それは警告であって、決して予言や予知夢ではない。(予知夢、という現象もまれにはあるが、統計的にはきわめて少ないことを著者は例証している)

そして、夢は自分にとって、変化の手がかりなのである。「夢に現れると言うのは、それを扱う準備が整っている1つの証拠です。スキーマが夢に直接的に現れる時には、夢見てはその隙間を書き換える準備が整っているのです。」(p.56) ここでスキーマとは、心理学用語で、ものごとを理解・認知する枠組みのことである。「もし夢の何かを伝えるという試みが成功すれば、同じ内容の夢をほぼ同じ時期に2度も見ることはありません。むしろ、あなたが受け取ったメッセージに沿って夢は変化していきます。」(p.73)。ここらは、長年、多くのセラピー事例を扱ってきた著者ならではの実感なのであろう。

著者はまた、心理分析の専門家が、クライアントの夢を分析して、メッセージ内容を解釈・断定する、従来のやり方に批判的である。クライアント(著者は「夢見手」という用語を使う)自身こそが、夢のメッセージを解釈する主体でなければならない。分析家はそれを補助し支援するだけに留まるべきである、と。「夢の分析家は、夢を分析するときのプロセスの専門家であり、夢見手が夢の内容・意味の専門家になればいいのです。」(p.58)

しかし本書の真価は、著者のいう『夢孵化』=夢に自分から問いかけ、夢に答えを聞く具体的方法にある。もともとはディレニーとリードらが開発した手法だが、著者はそれを使いやすい形で発展させている。

夢孵化は、以下のような手順をとる(p.226-232):
(1) 夢に質問したい内容を、一つの文章にまとめて記す
(2) 簡単な自己カウンセリングを行い、夢孵化文を確認する
(3) 夢孵化の文章を書き直す。本当に夢に聞く必要のあることは?
(4) ハイヤーセルフに問題を委ね、問題を手放すイメージエクササイズをする
ここまでだいたい30分程度かかる。そのあとはゆっくりと寛いで、就寝する。枕元に夢のノートと筆記用具を忘れずに。こうすれば、夢が、夜中に質問に答えてくれる。イメージを通してだが、はっきりと。

そして、夢孵化の実例をいくつか解説している。面白いので、わたしも一、二度だがやってみた。ただ、(4)の「問題を委ねて手放すイメージ」というところが難しく、ちょっとコツがいるらしい。そしてもちろん、夢のメッセージ自体が多義的だ(これはシンボルというものの性質なのだろう)から、解釈するときに間違えることもある。最初は、専門家の指導で少し練習してみる方が良さのかもしれない。でも、もし身につけば、きわめて有用な助力となるだろう。

ほかにも本書には興味深い記述が散見される。フロイトの解釈については、「フロイトの生きた19世紀から20世紀初頭のウィーンでは、極端に抑圧されたものはセクシャリティに関することで、結果として、それらが夢に隠されたのでしょうが、今の日本で極端に抑圧されているのは、自分らしく生きることかもしれません。」(p.197)という。

また、自分を変えたいという望みについても、こう書く。「人の問題行動が厄介なのは、たとえそれがマイナスの結果を本人にもたらすにしても、そのマイナスの結果を本人はよく知って慣れているので、嫌な結果でもなんとか代償を払いながらもそれををしのぐやり方を知っている、という点です。ですから、自分にマイナスと分かっていても、変な安心感、なじみ感からそれを選んでしまうのです。」(p.206) 

さらに、「私たちが何か問題に対処するときには、それまでの経験と知恵の全てを使って、それを解決しようとします。しかし、それでは解決できないので問題として目の前に存在します。ということは、これまでと同じことをしても、その問題は解決できないのです。言い換えれば、その解決には本人にとって新しい何か、未知の要素が必要となります。」(p.264)などは、多くのクライアントの変化を見てきたカウンセラーならではの判断だろう。

また、「夢に [スキーマが] 現れたら、夢見手は使う準備ができている、と言う表現があります。つまり、夢見手にある特定のスキーマや否定的自動思考を修正できる準備が心理的にできたとき、それらを受け入れる心理的な行体制が整った時、そのような夢を見て覚えているのです。」(p.203)という観察は、自分の側のレディネスを夢から知ることが出来る点で、有用である。

ちなみに本書には、著者自身が、大企業の研究所の職を捨てて、心理学の道へ転身するときに見た夢や、その後、日本でのポジションを捨ててアメリカに留学すべきか迷っていたときに見た夢(夢孵化によって得た答えの夢)の事例が記されている。いずれも非常に印象的な夢であり、道しるべとしてこの上ない価値を持っている。それだけの価値を、夢は持っているのだ、というのが著者の信条なのだろう。

なお、ついでに書いておくが、著者はわたしの大学時代の友人であり、修士課程の時は同じ研究室で机を並べて勉強していた。彼は水・エタノール系のエントロピーの研究をして、製鉄会社に就職し、わたしは諏訪湖の生態系シミュレーションを研究し、エンジニアリング会社に進む。そして彼は、研究所で開発した製品により社長賞までもらうのだが、なぜか突然、会社を辞めて心理学を勉強し直す道を選んだ。その後はお互いに忙しく、あまり接点もないまま過ごしてきた。最後に会ったのはもう10年以上も前になるが、著書を出したときいて、買ってみたのがこの本なのだ。だが、個人的な友人だからという理由ではなく、一読者として、本書はとても価値がある良書だと思う。

彼はカウンセラーとして、人の変化や成長という現象に、ずっと向き合ってきた。だから、随所に、その観察から得た知恵がちりばめられている:

「自分にとって新しい領域に入るときには、自分の進む道を無謀としないための慎重さと、不確定要素を抱えながら前に進む勇気、この2つが必要です。」(p.266)

「本当の勇気が試されるのは進む時だけでなく、引く時も同様です。いちど始めた事から撤退するのも判断が難しく、真の勇気が必要です。 」(p.266)

「本来の自分自身になるためには、逆説的ですが努力が必要なのです。どんな自分になりたいのか、その人自身が選んで決めていく必要もあります。
 この人生は、自覚して自分の人生を生きるか、それとも無自覚に生きていくか、その間を揺れ動きます。無自覚で知らないうちに流される時、それは、他人や周りの決めた人生を生きることを意味します。」(p.268)

--こうした文章は、中にはさまれるいろいろなクライアントのケース事例を見ると、あらためてその意義を感じる。夢というものを、どれだけ本気に受け取るかは人それぞれだろうが、人生の選択肢で行き迷っているときには、自分の心の中に聞いてみるのも良い方法なのではないだろうか。心理学のそうした応用に興味のある人なら、非常に面白い本である。広くお勧めする。
by Tomoichi_Sato | 2015-06-07 22:45 | 書評 | Comments(0)
<< お知らせ:納期遵守のための1日... ハイ・パフォーマンス・チームへ... >>