顧客ロイヤルティの向上 〜 次もまた選びたくなる企業となるために

「どちらにお住まいですか?」そう聞かれたら、横浜です、と答える。だが「最寄り駅はどちらですか?」とたずねられると、どう答えるか、わたしはときどき迷う。住まいからは、JRの駅、そして2本の私鉄の駅の、いずれにも出られるからだ。どこに行くかによって、使う駅を毎回決めている。便利な場所に聞こえるかもしれないが、どこからも中途半端に遠い、とも言える。

ただ、複数の選択肢が可能なときは、3つの路線の中で、京浜急行の駅を選ぶことが多い。じつはこの駅が一番遠いのだが、何となくそうしてしまう。京急はまず、列車のスピードが速い。これは今月の「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」における八巻直一先生の講演で知ったのだが、京急は関東の私鉄の中では例外的に広軌、つまり線路のレール幅が広いのだそうだ。だからスピードを出しやすいということらしい。それに経験的に、停止するトラブルが少ないし、トラブルからの復旧が他社よりも早いと感じる。落とし物をしたときの対応なども、普段利用する他の鉄道会社より、おおむね良い。距離と価格の比で言うと、他の私鉄の方が相対的に安いのだが、鉄道選びは価格だけではない。

当たり前だが、価格だけで買い物を決める消費者はいない。性能、デザイン、品質、納期、支払い条件などを総合的に勘案して決める。競争とは、これらすべての項目を通じた競い合いである。とくに、消費者に具体的な商品を届ける消費財の場合、性能・デザインなど目に見える項目は、大きな競争力の要因となる。この事情は、サービスでも同じだ。鉄道やホテル、病院などでは、規模・機能のほかに、立地などの項目も重要だろう。

では、具体的な目に見える商品を持たぬ受注ビジネスにおいて、購買側の意思決定を決める要因は何だろうか?

これはすなわち、受注ビジネスの企業が目指すべき競争力とは何か、という質問でもある。いうまでもなく、コスト競争力が競争力のすべてではない。価格は競争の重要な一因子だが、非価格競争力もあるだろう。それは具体的には何か、との問いである。むろん、答えは業種業態によって違うはずだが、そこに共通するものはないのか。

ここで、『顧客満足度』(CS = Customer Satisfaction)というキーワードがひとつ、浮かび上がってくる。顧客満足度調査は、消費財の分野では昔からよく行われてきた。商品を買った消費者に、いろいろな角度から、その満足度を聞くのである。そして総合評点をつける(以下の記述は、圓川隆夫・著「我が国文化と品質 (JSQC選書)」に依っている)。CSの測定は、詳しく言うと、特定の製品・サービスを対象とした「モナディク尺度」と、過去の製品・サービスの使用経験に基づく「累積尺度」がある。いわば単発的な満足度と、累積的な満足度である。後者は、再購買行動との関連がより強いと言われている。

では、顧客満足度を左右する因子は何なのか。マーケティング研究においては、顧客満足度は『期待不確認モデル』(expectancy disconfirmation model)で説明されることが多いらしい(同書p.94)。このモデルでは、

CS = [使用時の知覚品質] - [事前期待]

で表現される。製品・サービスを実際に使用したときに感じる知覚品質と、事前期待に代表される各個人の比較標準との、差が顧客満足に現れる。事前期待が高いほどCSは低くなり、事前期待が低ければCSは高くなる。アップルのような企業は、つねにファン的なユーザによる高い[事前期待]と闘っているわけだ。

ところで、前述書の著者である圓川教授の最近の研究によると、消費財の分野では、「企業イメージ」がCSと「再購買行動」をかなり決めることが分かってきた。世界8カ国10の製品・サービスのデータによると、企業イメージはCSの約7割を決定しているらしい。ただし国別に見ると、米国や中国では企業イメージの影響が比較的大きいが、日本とドイツではそれほどでもない、という。

なお日経BP社のブランドジャパン調査では、ブランドイメージの総合力を、「フレンドリー(親しみ)」「コンビニエント(便利)」「アウトスタンディング(卓越)」「イノベーティブ(革新)」の4つの因子に分けている。この中では、とくに「卓越性」のイメージと、CSや企業イメージとの相関が強いことも分かってきた。「他にはない魅力がある」「際だった個性がある」事などが、消費財のブランドイメージや企業イメージを向上させるのである(圓川隆夫「日本企業のリスクマネジメントの二面性」2014年12月講演資料より)。

だが、ひるがえって、受注ビジネスにおける企業イメージとは何だろうか? とくに、あまり広告宣伝を打つわけでもないB2Bビジネスにおいて、企業イメージはどのように形成されるのだろうか?

当たり前だが、答えはユーザ企業による個別の経験を通じて、ということになる。受注ビジネスでは、引き合いから発注をとおして納品まで、顧客と売り手が接する期間が長い。その間に、個別要求のすりあわせや個別設計が入ったりすることも多い。売り手と買い手のインタフェースが、対面的である。だから口コミが大きな割合を示す。商品と広告宣伝だけがインタフェースとなる消費財の世界と違うのだ。

もう一つは、業界内部での横の評判である。たとえばすぐれた結果や卓越した実績を残すこと。もちろん、これも口コミベースになりやすい。B2Cとちがい、ネットに批評が流れるケースはほぼないからだ。ただしネットや広告宣伝の空白を埋める存在として、業界コンサルタントが専門的に比較調査することはありうるが。

B2Bの受注ビジネスにおいては元々、売り手と買い手との間に、継続的な緊張関係が存在する。買い手側は、要求仕様を自分が規定し、提供させる製品やサービスを鋳型にはめることで、価格競争に持ち込もうとする。逆に売り手側は、製品やサービスのユニークな機能・特性など(供給性状)を提案し、他社との差別化によって、価格競争から逃れようとする。買い手側は、要求仕様を盾に自分の都合のいい方向に引っ張り(Pull)、売り手側は供給性状を武器に自分が有利な方向に押し出そうと(Push)する。この綱引きのような技術的・心理的せめぎあいが、受注ビジネスにおける取引の本質なのだ。

そこで、買い手側の意識した要求仕様を上回る内容を、売り手側が提案・設計できるかどうかが、勝負の分かれ目となる。あるいは、設計面ではなく、パフォーマンスの面で、買い手側の無意識の期待を、売り手側が超えられれば、それでもOKだ。ここでいうパフォーマンスとは、売り手側の生産性や品質やスピード(納期)のみならず、売り手が自らの業務プロセスやチームの状況を的確に把握していること、問題を事前に防止したり迅速に解決できること、協力的なマインドであること、などを指している。つまり、相手を信頼でき、一緒に働いていて気持ちいいか、という心理的な評価となる。この感情面での評価が、じつは受注ビジネスにおける『企業イメージ』の実態であり、それが意思決定において大きな役割を持っているのだ。

顧客が、「再びこの発注先と仕事をしてみたい」「またここから買ってみたい」と感じる気持ちを、『顧客ロイヤルティ』(customer loyalty)と呼ぶ。英語には”loyalty”と”royalty”という、(日本人にとっては)よく似た二つの単語があるが、前者は忠誠心の意味である。後者は単語の中に”Roy”(王様)が入っているように、王族とか、国王の認可権・特許料などを意味する。このサイトでは、区別するために、前者をロイヤルティ、後者をロイヤリティと表記することにする。顧客ロイヤルティは、顧客が商品や売り手に感じる「忠誠心」(愛着)である。そして、顧客ロイヤルティの確保は、受注ビジネスが目指すべき最大のポイントである。顧客ロイヤルティが高ければ、価格競争に持ち込まれずに済む。また、繰り返し同じ相手と仕事をしていれば、さまざまな教訓(Lessons & Learns)が得られるから、さらにパフォーマンスも高くなる。

逆に言えば、毎回買い物を入札で決めようとする買い手は、基本的にどの売り手に対しても顧客ロイヤルティがゼロだということになる。公共系の仕事などは、毎回、相見積もりや競争入札が義務づけられる。これは内部監査や透明性の確保の観点から要請されていのるが、実際には、ユニークな提案を受け入れにくく、また繰り返しによる生産性の向上などを犠牲にしているわけだ。

言うまでもないが、顧客ロイヤルティの向上のためには、「顧客の期待に合致する」だけではダメである。「顧客の期待以上」が何度も続く必要がある。それは、先ほども説明したように、提供する製品・サービスの技術的な面と、遂行パフォーマンスの面がある(冒頭にあげた京浜急行の例が、よきパフォーマンスの例である)。

また、顧客ロイヤルティは、お客さんに対してイエスマンだけで居続けては達成できない。わたしの知る優秀な企業の例を見ても、顧客に「それはできません」ないし「それをやるとこういう困難がある」とはっきり言うことで、逆に信頼を得てきた。顧客の(とくに権限の小さな担当者による)無体な要求に対しては、最終的にそれが顧客全体のためにはならないことを説明する。その際の論拠も、顧客当人の満足よりも、「顧客の顧客」の満足を見通す能力である。松下幸之助の商売戦術三十箇条(1936)の中に、
「無理に売るな。客の好むものも売るな。客のためになるものを売れ」
という条項があるそうだが、この機微を語っているのだろうと思う。

無論、このようなことは、言葉にすると簡単に聞こえるが、非常に高い対人スキルや交渉能力を要する。だから、そうした対人感度の高い人材をフロントにおく必要があるだろう。以前にも書いたとおり、「気が利く」能力を生み出す要素は4つある。これを組織として認知して、サポートする仕組みがないと、顧客ロイヤルティの向上は図れまい。「次もまた選びたくなるパートナー」こそ、受注ビジネスに身を置く企業が目指すべき姿なのだと思う。


<関連エントリ>
 →「書評: 「我が国文化と品質」 圓川隆夫・著」(2014-12-17)
 →「勤め人の子弟と、顧客ロイヤルティについて」(2015-03-11)
by Tomoichi_Sato | 2015-04-20 22:18 | ビジネス | Comments(1)
Commented by 三好 潤 at 2015-04-24 12:38 x
その通りですね。すぐさま社内によく読むようにと案内しました。
KQは佐藤さんの感覚通りです。路線が長い割りに圧倒的に遅延する日数が少ないです。
http://www.mlit.go.jp/common/001081639.pdf
以下の記事のようなことが要因かもしれませんし、
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43024
乗降ドアの数と幅、閉塞区間の長短などが要因かもしれません。
いずれにせよ学術的に解明する意味のあることのように思います。
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