マネジメントのテクニックと技術論について

このサイトのテーマは『計画とマネジメントの技術ノート』である。計画に技術なんてあるのか? そして、マネジメントに技術なんてあるのか? --もちろんある、とわたしは考えている。大学で講義したり、人前で話したりする機会があるときは、ほぼ必ず、「皆さん、計画とマネジメントには技術があるんですよ」と訴えるスライドを1枚いれることにしている。

それでもまあ、反応ははかばかしくない。たいていの人はピンとこない顔をしている。マネジメントという言葉を、『管理』だとか『経営』だとかいう旧来の日本語の枠内でしか捉えないためだろうか。そして人を使う技術だろ、あるいは金儲けの技術かよ、みたいに思うらしい。そんなのに技術があったら苦労しないよな、と。

わたしは2000年に、「革新的生産スケジューリング入門―“時間の悩み”を解く手法」という、単著としては初めての本を出版した。その本は幸い、比較的好評を持って実務家に迎えられた。ネットにもいくつか書評や感想が出たが、わたしが一番驚いたのは、「計画やスケジューリングに理論があるなんて、本書を読むまで知りませんでした」という感想だった。ソフトやコンテンツ制作系の業種の方だったと思う。この方はそれまで、クリティカル・パスも、フロートも、最小スラック順もバックワード・スケジューリングも、何一つ知らずに仕事を回してこられたのだ。

小規模な仕事ばかりなら、それでも済むだろう。だから知らなかったことを批判しようとは思わない。だが、規模や金額の大きな仕事も、同じような感覚で回そうとしている技術者が多いんじゃないかと、あらためて考えさせられた。これではまずいな。そこで、本のフォローアップと正誤表掲載の目的で、ホームページをはじめたのである(・・もう15年も経つんだなあ)。会社員であるにもかかわらず、ずっと実名でサイトを運営してきたのはそのためだ。

まあ、スケジューリングの分野はORの研究者が好むため、妙にアカデミックな用語が多い。だからもっとアカデミアから遠い、あんまり理論とか関係なさそうな仕事を例にとって、考えてみよう。

今、目の前に、紙幣やら硬貨やらがごちゃまぜにあったとしよう。大金とまでは言えないが、ちょっとした金額だ。実際に見たことはないが、正月なんか近くの神社の賽銭箱を開けたら、こんな風じゃないだろうか。--さて、これが正確にいくらあるか、数えなければいけない、としよう。では、どうしたら早く、正確に金額を数えられるか? もちろん、手元には紙幣カウンターとか硬貨仕分け機とかいった、文明の利器はないとする。目端の利く人なら、「金融機関に持ち込んで、おたくの口座に預けるから数えてよ、と頼めばやってくれるだろう」くらいは思いつくかもしれぬ。だが、それも禁じ手としておこう。休日だから、自分で数えるのだ。さて、どうするか? 
e0058447_22292491.jpg

愚直に端から一つひとつ、足し算していくのはどうだろうか。電卓を片手に、10円玉なら10を足し、千円札なら1,000を足す。もちろんそれで、一応目的は達せられる。だが、とても効率の低い仕事のやり方であることは、直感的に分かる。おまけに難点がひとつある。途中で、うっかり足し算を間違えたら、どうするか。最初からやり直すしか方法がないではないか。

まずは、紙幣を取り分けよう--その程度のことは、誰でも見た瞬間に思いつくはずだ。紙幣を取り分ける。さらに、千円札と5千円と万札に種別し、それぞれ枚数を数える、と。そこは着手しやすい。では、残った貨幣はどう集計するべきか。

とにかく、種類別に仕分けしなければ話になるまい。その上で、それぞれ枚数を数え、金額に集計するのだ。では、どうしたら手作業で、硬貨を早く仕分けられるか? 硬貨には、500円玉、100円玉、50円玉、10円玉、5円玉、1円玉、の6種類がある。6種類の空き箱を用意して、端から順に一つつまんでは、該当する箱に投げ入れるのではどうだろう。

それもまあ、一つの方法だ。最初の、端から順に足し算するよりは効率的にちがいない。だが、もう少しだけスマートな方法があるのだ。

ゴチャゴチャに混ざり合った硬貨を手作業で仕分ける際のポイントは、二つありそうだ。まず、目立ちやすい違いに注目する。たとえば、100円玉と1円玉は、両方とも白っぽい硬貨で、やや見分けにくい。それに比べて500円玉は同じく銀貨系だが、かなり大きいので見分けやすい。さらにもっと目立つ違いがある。5円玉と50円玉は、穴が開いているのだ。机の上に硬貨を広げたら、その二種類は他よりも区別しやすい。

もう一つの仕分けポイントは、たくさんの硬貨と少数の硬貨が混じり合っている場合、たくさんの物をすべて拾い上げるより、少数の物を拾い上げる方が、手数が少ない分、早く済むということだろう。たとえば100円玉が100枚、5円玉が10枚、まざっていたとしよう。この中から100円玉を拾い出す作業は、かりに1秒に1枚拾えたとしても、1分40秒かかる。ところが、5円玉を選り分けて拾えば、10秒で済む。残りはすべて100円玉ということになる。結果としては、同じ2種類の硬貨に分ける作業が、どちらを選ぶかで10倍も効率が異なる。

では、この中の硬貨で一番多そうなのは何か? ぱっと見て、どうやら100円玉のような気がする。硬貨の流通量から見ても、5円や50円玉は少なそうだ。ならば、そちらから拾い上げる方が良さそうだ。

以上を考えると、次のような手順が思い浮かぶ。

(1) 紙幣を先により分ける
(2) 貨幣の中から、500円玉を拾い出す(目立つから)
(3) つぎに50円玉を拾い出す(目立つから)
(4) ついで5円玉を拾い出す(目立つから)
 →この時点で、残っているのは100円・10円・1円玉となる
(5) ついで1円玉を拾い出す(少数だから)
(6) そして10円玉を拾い出す(少数だし100円玉とは色が違って目立つから)
(7) 最後に残ったのが100円玉

むろん、実際の硬貨の混ざり具合を観察して、最初の想定と違ったら、手順は多少前後させてもいい。大事なのは、なるべく効率よく、早く仕分けることである。

さて、こうして仕分けられた各硬貨の枚数をどう数えるか? これも、1枚2枚と手で数えるのは愚策だろう。おすすめの方法は、机の上に、5枚ずつ円柱型に重ねて積んでいくやり方だ。(10枚ずつ重ねてもいいのだが、5枚くらいの方が安定して崩れにくい)

(8) 最初に5枚、積んでおく
(9) それから、となりに、同じ高さになるように重ねていく
(10) そうして、できた円柱の本数を5倍し、残った端数を足し算する。

これなら、後からも検算が一目でやりやすい。

・・話は分かったよ。でも全体として、この話に何の意味があるんだ。神社の賽銭箱の勘定なんて、俺の仕事には関係ないぜ。そんな感想が聞こえてきそうだ。

たしかに、上に述べた手順だけなら、単なる「紙幣貨幣の手作業による勘定のテクニック」を知ったに過ぎない。だが、くどいようだが、ここには二つ、大事な発見がある。なにか混合物を分けるときには
・視認性の高い(=違いを検出しやすい)異物を、優先して除外する
・多数よりも少数を、優先して除外する
が作業効率上、大事な定石なのだ。もしお好みなら、定石と言わずに『戦略』と言ってもいい。

そして、これが定石(戦略)だと気がついたら、他のいろいろな作業にも展開可能なのである。あるテクニックが、そこに留まるだけならば、それはテクニックに過ぎない。しかし、それを抽象化し、より広い別の分野に応用可能にできたら、それは「テクノロジー」(=技術)に近づくのだ。そして技術がさらに発展すれば、それを基礎づける理論も生まれてくるだろう。単なるお金の勘定が、もしかすると大規模物流センターの設計の基礎になる、かもしれない。

人的作業の集合をいかに効率化するかは、わたしのいうマネジメント・テクノロジーの典型的な問題である。しかし注意してほしいのは、この種のマネジメント問題は、「経営学」や「会計学」などとは一線を画していることだ。どちらも経営管理を専門的に扱う学問・職業である。だが、硬貨の山の前に、経営学者や公認会計士を連れてきても、上に述べたような効率化の発想ができるだろうか? わたしは疑問に思う。着眼点が違うからだ。彼らの見ているのは組織図や株価や財務諸表であり、彼らが関心を持つのは起きた事象の正確な把握や分析だ。だが、硬貨の仕分けのような少額でミクロな問題、それをどういう手順でやると早く終わるかといったスケジューリング問題には、無関心だろう。そもそもそれが10分で終わろうが、1時間かかろうが、たいした違いではない。時給800円払うとしても、せいぜい700円違うかどうかだ。彼らの関心を引くには、金額の後ろに0があと4つくらいつかないといけない。

それでも、こうした作業の一つひとつの積み重ねが、企業全体では大きな違いを生んでいるはずである。だから、マネジメント・テクノロジーの問題意識や発想を持つ会社と、そうでない会社は、結局700万円どころではない業績の差が現れる。多くの会社がなかなかトヨタに追いつけないのは、(トヨタという会社への好き嫌いは別として)こうした発想の違いが現場にあるからではないか。

マネジメント・テクノロジーへの無関心の点では、メディアなども同様かもしれない。記者やレポーター、評論家達は、目に見える「画期的な新製品」などのニュースは大好きだ。ITの花形、パッケージ商品なども、カッコいい名前がついているし、なんとなく目に見えそうな気がする。だが、多数の物を拾い出して仕分けする作業のプロセス・効率・スケジュールなどは、目に見えにくい。抽象的で、見えにくいものは、ニュースにもなりにくい。だから、わたし達の社会で、気にとめる人が少ないのだろう。

もっとも、こうした問題には、全然別の視点もあり得る。もしあなたが、紙幣貨幣の勘定という仕事を、成果に対してではなく、かかった時間に比例して時間給をもらう立場だったら、どうするだろうか。もちろん、早く終わらせようなどというモチベーションは一切働くまい。ただ淡々と、端から順に足し算していけばいい。それじゃお金のムダだろうって? じつは、お役所的な仕事では、お金は使えば使うほど良いとされている。役人の一番の手柄はたくさん予算を取ってくることだ。そして予算を取ったら、1円残さずに使い切らなければならない。もし予算が許すなら、たくさん時給を払った方がいい。もらう側だって、たくさんもらう方がいい。だから公共的な仕事では効率が低いほど、全員がハッピーになる。

最近ある人から聞いたのだが、カリブ海に浮かぶキューバという国では、社会主義のおかげで、普通の国民は全員が平等に月給約1000円だそうである。どんなに働いても、働かなくても、だ。それだったら日中は適当に働いて、定時になったらさっさと職場を出て、夕風に吹かれながらラム酒を片手に、楽器でもつま弾く方が楽しいに決まっている。あの国にメチャメチャ音楽性の高い人々が大勢いるのも、当然の結果なのかもしれない。キューバは近々米国と和解する見込みのようだが、あの国に効率重視のマネジメントの発想が流れ込んだら、どうなるのだろうか。

そして、もっとずっと東の海に浮かぶ島国の人達のことも、ずいぶんと心配ではある。きくところによると、米国と協調して、内容が非公開の通商条約を結ぼうとしているらしい。これまで、「お上」による、(ほとんど社会主義的なまでに)保護政策で守られてきた産業が、突然、無国籍競争の寒風に吹きさらしになるのである。ま、キューバ人ほど楽観性も音楽センスも高くはないが、それなりに器用で真面目な人たちばかりだから、なんとか切り抜けるつもりではあるだろう。だが、せっかくなら、もっと計画やマネジメントの技術について、自覚的になったらどうかと思うのである。
by Tomoichi_Sato | 2015-04-12 22:36 | ビジネス | Comments(0)
<< 顧客ロイヤルティの向上 〜 次... ロボットとして生きないために >>