書評:「『戦略』決定の方法 〜ビジネス・シミュレーションの活かし方」 川島博之・著

「戦略」決定の方法 〜ビジネス・シミュレーションの活かし方(Amazon)

「きみ。インドは経済が急成長しているが、水不足で困っているという話だ。特に南インドはひどいらしい。我が社の水ビジネスにとって南インド市場は有望だ。ついては現地に飛んで市場戦略の提案書をつくってくれ。」

そう、上司が言い出したら、どうするか。深く考えてのことではあるまい。きっと今朝、新聞で読んでの思いつきだろう。でも、上司の命令は命令だ。しかし南インドとなると、ネットでも本屋でもろくな情報は手に入らない。現地を見るのは鉄則だが、行き当たりばったりでは自分の目に見えた程度のことしか分かるまい・・

こういうとき、どうすべきかを、本書は順を追って丁寧に教えてくれる。すなわちシステム分析とシミュレーションを用いた、戦略決定の方法である。手順としては、次のようになる(p.12-22)。

(1) 目的を一つに絞り、数量化する
南インドのどこに水ビジネスのチャンスがあるのかが、自分の知りたいことだ。何よりの手がかりは水需要とその伸びだろう。これを「評価基準(criterion)の設定」とよぶ。

(2)分割して考える
対象がぼんやりと大きくて手がかりがない場合は、要素に分解して考えてみるべきだ。そこで水需要を、農業用・工業用・住宅用に分けてみる。これを「階層化」とよぶ。

(3)手がかりとなる数字を探す
南インドの農業用水といっても、それ自体の統計値は入手困難だ。だが農業用水の需要は、農地面積に比例しているのではないか。これは統計が見つかったが、どうも増えていない。その一方、農業生産量は増えている。灌漑の増加かとも思ったが、どうやら肥料や機械化の進展によるものらしい。これでは農業用水の需要増はあまり期待できそうもない。

(4)自分なりの仮説を立てる
南インドの工業用水の統計もない。しかし国際機関のデータによると、世界の工業用水の需要は、工業生産の増加に比べて、ほとんど増えていないことがわかった。工場の水利用の効率化が進んでいるのだろうか。これは現地でチェックすべきポイントかもしれないが、あまり有望には思えぬ。では、住宅用は? これなら、生活水準の向上とともに、シャワーや選択や水洗トイレの普及で増えるのではないか。南インドの人口も、一人あたりGDPも伸びている。となると、住宅用が有望に思えてきた。

(5)データの変化を時系列に見る
南インド地域の人口分布を時系列的に調べてみた。すると、地域全体の人口増加率を上回るスピードで、大都市の人口が増えている。都市への人口集中がはじまっているのだ。

(6)過去に似たケースがないかを探す
日本でも高度成長期に、都市への人口集中が進んだ。このときは上下水道をはじめとする都市インフラがまにあわず、社会問題が生じた。ならば南インドでも、上下水事業や、ミネラルウォーターなど飲料水ビジネスがターゲットとなりそうだ、と考えられる。

・・ここまで問題が絞り込めれば、現地視察で見るべきポイントも明確になる。「全体像を俯瞰しつつ、攻略のポイントを明確に提示した」(p.22)優れた戦略提案ができそうだ。

このような問題へのアプローチが、著者の言う「システム分析」である。・・え? システム分析って、システム・アナリストの仕事のこと? アナリストってあれでしょ、もう年取ってコーディングが面倒くさくなったSEが、俺は『上流工程』指向だとか言いいながらやる、業務フロー描きのことじゃないの?

そうではないのだ。「システム分析(systems analysis)」は、まだコンピューターなどなかった、第二次世界大戦前夜の英国で生まれた。「イギリス本土を狙うドイツ軍に対し、劣勢に立たされたイギリス軍は、少ない戦力で有効な防衛戦略を立てるためにノーベル賞級の科学者達を動員、支援化学の知識や手法を戦争に関わるあらゆる分野に応用させた」(p.8)のである。当初、「作戦研究operational research」と呼ばれたこのやり方は米国にも取り入れられ、戦後になって「OR」(operations research)や「システム分析」と呼ばれるようになる。

第二次大戦の当初、ドイツ軍は電撃的にフランスを制圧し、イギリスは劣勢に陥る。まだ米国もソ連も参戦していない。ドイツは1940年7月、イギリス侵攻のために沿岸部の制空権を奪うべく、空軍による攻撃を開始する。「バトル・オブ・ブリテン」の開幕である。まだレーダーが未発達の当時、空からの攻撃側が圧倒的に有利というのが常識だった。しかも戦闘機の数はドイツ1100に対して英軍800と劣勢である。「戦闘における損害は戦力の二乗に反比例する」というランチェスターの法則(p.44)を持ち出すまでもなく、劣勢は明らかだった。

このときチャーチル政権下の英国は、物理学者ブラケット(後にノーベル賞受賞)をリーダーに、対空防衛作戦に助言するための物理学・生物学者らの科学者チームを組んで、定量的・客観的に問題を考えさせた。これがいかに画期的な決断か、言うまでもないだろう。軍事の素人に、作戦を助言させようというのだ。

彼のチームは、数少ない照準用レーダーの配置にあわせて高射砲を集めることを提案する。その結果、防空網に空白ができてしまうが、「高射砲をばらまくより、正確な照準に合わせて集中的に狙い撃ちした方が効率的である」という結果を、科学者達はそれまでの出撃記録のデータを分析して得ていた。事実、その方策により、敵1機を撃墜するまでに必要な高射砲の発射弾数は2万から4,000まで減るのである。またレーダー以外にボランティアの肉眼の報告も活用し、どこの基地から何機飛ばすかを数式化しておいた。しかも彼らは、「数的不利を挽回するまでの間、現存の空軍戦力でできる限り温存する」方針の下、ドイツが誘い出す全面戦闘に決して乗らなかった。レーダーと飛行場の守備に重点を置き、市街地への爆撃などは放置するという徹底ぶりである。

結局、「バトル・オブ・ブリテン」は10月にドイツが撤退して終わる。ドイツ軍の3ヶ月間の損耗率は、英軍の2倍近かった(p.69)。これが、システム分析の力なのだ。
著者は、日本軍の特攻と比較することも忘れない。当初こそ効果のあった神風攻撃に対し、米軍はすぐシステム分析に基づいた対処法を考え出す。空母の前方に多数の駆逐艦を配し、襲来をレーダーで早期に発見、空母から迎撃機を差し向ける。かいくぐって標的に近づいた特攻機も、強化された対空砲火でほとんどが撃墜されるのである。成功率は3%程度と、驚くほど低かった。「特攻の悲劇は、システム思考のできない国の悲劇でもありました。」(p.68)

システム分析を上手に行うための最大のポイントは、「モデリング」にある。良いモデルをつくるには、要素の絞り込み方が重要である。かつて経済企画庁は、日本経済の予測モデルをつくり、数千もの連立微分方程式からなる、と自慢していたが、予測はちっとも当たらなかった。じつは、大蔵省(当時)の意向で、低い経済成長率を発表できなかったのである。答えが先にあって、複雑なコンピュータ・モデルをいくら回したって、何にもならない。こういう、つじつま合わせのためのシミュレーションは現在でもしばしば見かける。システム分析の失敗例として著者があげるのは、(1)ローマクラブの「成長の限界」、(2)マクナマラ国防長官のベトナム戦略、(3)ブラック=ショールズの金融工学によるファンド(LTCM)、である。

他方、問題の立て方、評価尺度の選び方も重要だ。「同じシステム分析と言っても、イギリス型とアメリカ型にはかなりの違いがあります」(p.139)と著者は言う。金銭など数字的な分かりやすさを重視して割り切るのがアメリカ型である。これに対して歴史的な視点を重視し、問題を立体的に把握しようとするのがイギリス型で、その結果えられる結論は、「多分に分析者個人の哲学を反映したものになります」(p.139)。それでも、複雑な問題に対してはイギリス型がベターだと著者は考える。

ちなみに著者の川島博之氏は、1953年生まれ、東大農学部の助教授である。なぜ農学部の先生が「システム分析」を? と思うかもしれない。じつは川島先生は工学部・化学工学の出身なのである。大学院からは環境問題を研究し、その後、農業問題、食糧問題の研究に転じる。このときに武器としたのがシステム分析とシミュレーションであった。そして近年、この手法を応用して、
「食糧危機」をあおってはいけない」、
電力危機をあおってはいけない
データで読み解く中国経済―やがて中国の失速がはじまる
などの著書を次々に上梓し、啓蒙活動に力を入れておられる。2013年の6月には、わたしが主査を務める「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」に招いて講演いただいたが、具体例が多く、かつ意外な視点に満ちていて、非常に面白い内容であった。

本書は最初、大学生・院生を相手としたシステム分析の専門書として構想したらしい。ところが昨今、出版不況にあえぐ出版社は、「大学生は本なんか読みません」「数式の入った本なんて売れません」と、どこも協力を渋って、やむをえず文化系のビジネスパーソンをも対象とした「『戦略』決定の方法」になったらしい。たしかに、これだけの高度な内容を、数式を一切使わずに伝えていく著者の説明能力は見事である。また、挙げられている例も、ビジネス戦略から始まって、技術・経済・軍事・環境など幅広い。システムズ・アプローチに興味を持つ読者に、安心して勧められる良書である。

ただし、上記のような出版事情については、一言いっておきたい。この件では、著者は専門書を断られたがゆえに、かえって広い読者層を得たと言えるだろう。けがの功名である。しかし、本当にこれでいいのだろうか。もっと日本人が本を読んでいた頃、高級な知的人士は、「アメリカ人は本を読まない」とバカにしていた。しかし、知り合いのコンサルタント氏は、90年代にアメリカで出版した工業系の専門書で、まだ毎年それなりの印税収入を得ているという。多少高くても、彼の地では専門書は売れるのである。それは、能力向上には本格的な勉強が必要だと、彼らが思っているからだろう。

「短時間で手軽に勉強したい」→「その結果、能力はあまり向上しない」→「失敗が多い」→「だから収入もあまり伸びない」→「いつまでも忙しい」→「勉強する暇がとれない」→ よって、「短時間で手軽に勉強したい」。 わたし達の社会によく見られる、このようなダウン・スパイラルはいい加減、卒業すべきではないか。きちんと勉強し、繰り返し練習し実践することでしか、有益な能力は身につかないのである。もちろん、個人だけではない。そうしたことを理解せずに、若手に「即戦力」を要求する企業組織の側も、それにより、同じダウン・スパイラルに陥ってることに気づくべきであろう。あなたは「即戦力を育てる」医科大学を卒業したばかりの医師に診察してもらいたいだろうか? 「一週間で資格が取れる」訓練を受けたパイロットの飛行機に同乗したいだろうか? 

わたしなら、ごめんだ。
by Tomoichi_Sato | 2015-03-19 23:57 | 書評 | Comments(0)
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