書評: 「我が国文化と品質」 圓川隆夫・著

我が国文化と品質―精緻さにこだわる不確実性回避文化の功罪 (JSQC選書)(Amazon.com)


薄くて小さな本だけれど、驚くほど内容がつまっている。著者は東工大教授で、日本の経営工学会の重鎮だ。専門は生産管理、品質管理、そしてSCM。長年の卓越した功績で、2013年には紫綬褒章を受章されている。

本書は日本規格協会からでているJSQC選書の一冊である。この選書では、以前、飯塚悦功「Q‐Japan―よみがえれ、品質立国日本 (JSQC選書)」を読み、そちらも非常に面白かった記憶がある。品質管理というと、どうしても工場の生産ラインにおける品質測定とか統計的管理ばかりを思い出しがちだし、また他方、ISO9000のQMSという文書手続き主義が連想されるケースも多いと思う。しかし現代の品質管理学は、むしろ設計段階における『前向き品質』をどう確保するか、という方向にむかっている。そこでキーになる概念は、“品質とは顧客の期待を満たす程度である”という、顧客基準の品質の考え方だ。

著者は長年、企業の顧客満足度(Customer Satisfaction = CSと略す)の調査を行ってきた。世界の国別の「国際競争力ランキング」を、スイス国際経営研究所(IMD)が毎年発表しているが、日本は「CS重視の経営」の項目ではつねにトップにランクされており、日本企業の強みとなっている(p34)。ところで、顧客満足度CSについてはマーケティング理論でいろいろなことを言われているが、その一つに「CS向上は再購買や売上増に結びつかない」という主張がある。

しかし著者は長年の継続調査を通して、企業製品のCS度は、景気の良さに逆比例する、という法則性を発見した。景気が良くなると、人々の期待度合いが上がり、相対的に同じ製品でもCSが下がってしまうのである。グラフを見ると、バブル期にはてきめん、CSが下がる。そこで、CS測定での経済変動バイアス指標は、株価で補正するのが一番簡便で良い、という。そして、こうやって補正したCS値をつかうと、CSは明らかに企業の売上・利益と相関する(p96)し、再購買や売上増に結びつかない、という論調も否定される(p97)。やはり、顧客の期待に応えること、いいかえると、「品質の高い製品づくりは、企業の業績を向上させる」ことが、科学的・客観的に明らかになったのである。これこそ、工学研究の威力であろう。

ちなみにCS調査は、個別の製品や企業単位だけでなく、国家レベルの測定の試みもある(p99)。1989年にスウェーデンではじまったもので、企業に対するCSを測定し、それを業界単位で集計し、最後に国レベルの平均値をもとめるものだ。現在では米国・欧州・アジアに広まっているが、残念ながら品質管理の本家だったはずの日本には、公的機関による取り組みがない。著者の研究室では独自調査を元に、「日本の顧客満足度」を集計し、他国と比較している。そこからわかったことは、CSの国際比較で我が国は著しく低い、という事実だ(p102)。米国や北欧諸国は国レベルのCSが高いが、日本の消費者は、質に対して厳しいのである。

話はさらに広がる。国レベルでの顧客満足度のみならず、じつは、「生活満足度」あるいは「幸福感」も、世界的な統一基準で定期的に測定され、多くの研究がなされている(p107)。そして日本は、幸福感においても、世界の中でかなり低い方だ。

面白いことに、豊かな国の方が幸せか、というとそうでもない。年間所得が15,000ドルを超えると幸福感と所得に相関がなくなるのだ(p108)。日本の幸福感はGDPが10倍になっても一定に推移しているおり、CSはバブル時代に下がったが、幸福感はかわっていない(p112)。なお、中南米諸国の幸福感は一様に高く、旧共産圏は一様に低い、という(p110)。

さて、著者はホフステードによる文化の国際比較研究に着目する。ホフステードは'70年代にIBMの全世界の従業員を対象とした調査から、国別の文化の特性を数値的に抽出する研究分野を創設した人で、彼の主著「(多文化世界 -- 違いを学び未来への道を探る 原書第3版)」は、グローバルに活躍したいと思うビジネスマンの必読書だ、と著者は言う。(ホフステードの国際文化比較は「世界の経営学者はいま何を考えているのか――知られざるビジネスの知のフロンティア」入山章栄・著でも取り上げていた)

ホフステードは文化を測定する要因として、「権力格差」「個人主義」「男らしさ」そして「不確実性回避」の4つの傾向をあげる。ところで、上記の「幸福感」をホフステードの文化要因で相関分析をかけると、説明因子として「不確実性回避」だけが残り、負の相関を持つことを著者は見いだす(p110)。不確実性を避ける傾向が強い文化ほど、幸福感が低いというのだ。

不確実性回避のスコアが高いのは、ギリシャ、ポルトガル、そして日本である(p50)。この3カ国に共通するのは何か? 考えてみれば分かるが、財政破綻である(^^;)。その因果関係は不明だが。なお、ドイツなども西欧諸国の中では比較的、不確実性回避傾向が高い。不確実性回避が弱いほど、自己肯定文化である(p129)が、日本人はいつも一種の自己否定的(self-criticism)であるというのもうなずける話だ(p60)。日本は世界最高の長寿なのに、世界の生命保険の約2割を買っているのである。

ところで、日本人があいまいさに不寛容だ、といっても、その対象は物(キズ)や時間(遅配)などに対して、である。思想や概念に対しては、逆に淡白である(p59)と著者は指摘する。これは非常に鋭い指摘だと思う。目に見えるものに対してはシビアだが、目に見えにくい、抽象的なものには関心がない。日本人の強みは「あいまいな状況でも先に進める」(飯塚悦功東大教授)という説もあるくらいだ。

概念・思想があいまいでも前に進める、ということが、「マネジメント不在でも現場が何とか出来る」企業文化を生んでいる(p134)。これが現代日本の抱えている大きな問題なのだ、というのが著者の主張である。その証拠に、前述したIMD国際競争力ランキングで、日本の弱みとしてあげられているのは、つねに「トップマネジメントの効率性」(p34)なのだ。

さて、我が国のよって立つところはものづくりにある、と著者は考える。それをもたない香港やシンガポールとは、国の戦略を全くことにするはずである(p117)。しかし、「競争優位戦略」で有名な経営学者ポーターも指摘するように、日本での失敗産業はほとんどが政府主導の形で進められた。その代表例が
・政府による共同事業化(航空機)
・合法カルテル(化学)
・免許による海外参入規制(銀行)
・補助金(ソフトウェア)
・輸入制限(チョコレート)
などだ(p76)。政府に頼って産業育成、という方程式は今やもう、役に立たないのだ(政府は「武器輸出」で同じことをまた、やろうとしているようだが)。

では、どうするべきなのか。

企業経営理論はそれが考案された国で有効なだけで、超優良企業への道は一つではない(p46)と著者は言う。そこから著者は、得意分野であるSCMの分析に話をつなげていく。著者はSCMロジスティクススコアカード(LSC)を考案し、これを武器に、企業のSCM性能と財務データの関係を測定した。その結果、SCM組織力が高いほどROAは高くなることが明らかになった(p126)。

しかし、強い「不確実性回避」の傾向が、企業のSCM組織力を低くしている(p129)。そして、驚いたことに、SCM組織力の低い状況では、IT活用度が高まると、逆にROAは下がってしまうことが分かった(p127)。この事実は非常に衝撃的である。ふつうは、IT投資を活発にすれば、企業業績向上につながる、とコンサルタントは口をそろえるのだが、SCM組織力が低い企業では、逆の結果になってしまう、というのだ。他方、著者の調査では、海外ではICTの活用がSCMの経営戦略とリンクしたものになっている(p130)。

したがって、日本企業のチャレンジすべき大きな課題は、SCM能力の向上だという結論になる。ちなみに、同一企業内で調査しても、SCM組織力の自己評価は、現場に近い人ほど低く、トップマネジメントほど高い。つまり、認識にギャップがあるのである(p131)。そして、認識ギャップが小さいほど組織成熟度は高くなることを、右下がりの非常にきれいな相関グラフとしてデータで示している(p136)。

顧客の期待を考え、顧客満足度を高めることを目指すこと。そのために、SCM能力を高め、サプライチェーンの見える化を進めること。そして何より、トップと現場の、自社の能力に関する認識ギャップをなくすこと。それを推進できる人材を育成すること。こうした地道な一歩一歩の努力により、日本らしい特性を生かしたものづくりのアイデンティティを復活できる--これが著者の示す処方箋である。

目に見える物事には極度の精緻さを要求する。しかし目に見えぬ概念やシステムには無頓着である。この現代日本の傾向が、「過剰品質でありながら、顧客の期待に合致するという意味での根本的な質を欠いた製品群」を生み出している。高品質なのに低品質である。この矛盾にわたし達は早く気づくべきなのだ。

顧客満足度と業績の関係などは、言葉のレベルならばどんな議論も可能だ。だが数値的な根拠を示しながら思考を進めていけるのは、まさに経営工学という学問の威力である。本書は4年前の発刊だが、その後もブランドバリューなどに関して、従来の常識をくつがえす発見を続けられていることを、最近著者から伺った。次の本が楽しみである。もちろん本書も、非常に面白い。強く推薦する。
by Tomoichi_Sato | 2014-12-17 23:41 | 書評 | Comments(0)
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