海外型プロジェクトの難しさ − それはOSレベルの問題である

先日、あるプライベートな勉強会に招かれて、議論する機会があった。テーマは「海外型プロジェクトの進め方」である。中堅ないし準大手の製造業およびソフト会社で、それなりに海外展開を進められている企業の実務家がメンバーであった。プロジェクト・マネジメントについては、すでに社内でもいろいろな取り組みをされているところが多いと見受けられたので、「PMBOK Guide(R)とは」みたいなレベルの、基礎的な解説はさけることにした。わたしは、国内では一応うまくいきつつあるプロジェクトが、なぜ一歩海外に出ると急に難しく感じられるのか、それは『組織のOSレベルの問題である』という見方の話をすることにした。

「組織のOSレベルって何のことだ?」と怪訝に思われた方もいるだろう。少し順を追って説明したい。過去10年ほどの間に、日本でプロジェクト・マネジメントの体系や技法がそれなりに普及したおかげで、プロジェクトの成功率が上がってきたことは、統計にも表れた事実である。たとえばIT系プロジェクトにおいて、日経コンピュータ誌の調査によれば、2003年の成功率はわずか26%だったものが、2014年の調査では75%が成功だったという。ここでの『成功』の定義は、QCDを達成したことであり、果たしてそれで真に成功と言えるのかという問題は別途あるが、ここでは脇に置いておこう。またJUAS(日本情報法システム・ユーザー協会)の2014年度調査によれば、予定通りあるいは予定より早く完了したプロジェクトは合計で74.2%だった。製造・建設など他の分野はあまり統計を見かけないが、それにしてもかなりプロジェクトの成功率が上がっているのは確かだろう。

ところで、プロジェクト成功率上昇の理由は、優秀なプロマネが日本にどんどん増えている、ということなのだろうか? たしかにPMP取得者数は増えただろう。だが、それだけではないとわたしは考えている。企業におけるプロジェクト・マネジメントの能力は、プロマネ個人だけで決まるものではあるまい。日本企業は、過去10年間の間に、プロジェクト遂行の能力を組織ぐるみで構築してきた。その結果が、統計に表れているのではないか。

これは逆の例を考えれば分かる。今まで全然プロジェクトらしい仕事を経験したことのない組織に、突然外から指折りのプロマネを引き抜いて連れてきたとしよう。その一人だけで、プロジェクトは十分なパフォーマンスを上げられるだろうか? 相当難しいに違いない。プロジェクトを計測する仕組みもなければ、過去のデータもなく、業務の標準的な手順やWBS体系もなく、さらに組織全体ががプロジェクト的に動く習慣のないところで、どうやって計画を立て統制できるというのか。

わたしの知っている、ある年配の元プロマネの方(もう現役は引退されている)から聞いた話だ。この人は有力なエンジニアリング会社出身だが、’90年ごろ転職して、別の巨大メーカーに入った。ちょうどそのメーカーはプラント輸出に注目して、海外でのプロジェクト展開に力を入れようとしていた。そして運良く、この会社はアジアの某国向けの案件を受注した。中規模の中ではかなり大きな案件だし、技術的にも国内で実績を積み、手慣れたものだった。ぴったりのタイミングで、この人はプロマネとして着任した訳だ。

ところが、この方いわく、「本当に死ぬかと思った」というくらい大変なプロジェクト遂行になった。なぜか。社内組織がちっとも動かないのである。プラントは機械・電気・制御・建築など多種多岐にわたる技術のかたまりで、プロジェクト・チームはいわば技術者のオーケストラのようなものだ。にもかかわらず、プロマネの振るタクトにあわせて誰も演奏しないのだ。では皆は誰の方を見て仕事しているかって? それぞれが所属するライン部門長の方だ。大きなメーカーでは、ライン部門長は強大な権限を持つ。人事面でも、予算面でも。その部門長達にとっては、国内での定常業務の運営が最大の関心事で、技術も人も、まずそちらに優先配分するのだ。「XXプロジェクト? それはお前たちが勝手にとってきた仕事じゃないか」というようなことを言う。いや、勝手にとったのではなく、会社として取り組んで受注したんじゃないか、と言ってもまったく馬耳東風である。

また、配属されたメンバーも、ちっともプロジェクト的に動けない。海外型プロジェクトでは基本、文字にかかれた契約がすべてである。そして、顧客に最終的な決定権がある。だが日本国内で人も知る巨大企業に働いてきた技術者達は、顧客の方を向いて、要求されたとおりに仕事する習慣がない。顧客や業者への説明能力・交渉能力にも欠けている(国内では殿様企業だったのだ)。過去の経験がないから、キーマンが自分で工程表を書けない。問題が生じても、部門をまたがる問題だと、お互いにそっぽを向いて自分で調整しない・・。

この例を見ても分かるとおり、プロジェクト・マネジメントの能力とは、組織の能力である、というのがわたしの理解だ。図に示せば、下のようなビラミッド構造である。最上位には、プロジェクト・マネージャーの個人的スキルがある。これは、さらにハード・スキルとソフト・スキルに分けることができよう。ハード・スキルとは、知識・技法など、主に座学で身につけることのできる能力である。ソフト・スキルとは問題解決力や交渉力など、いわゆるセンスや修練を要求される「人間力」的な能力だ。

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プロマネ個人のスキルを支える中位の層には、三つの能力的な柱がある。(1) プロジェクト遂行のための標準的な業務手順・WBS体系、(2) プロジェクト管理のための情報システム、(3) 過去のデータベース、の三つである。これらがあってはじめて、プロマネは力が発揮できる。これらは、広義の「マネジメント・システム」だと言ってもいい。そして、このシステムを整備するのは、いわゆるPMO(Project Management Office)という部署の仕事だ。

ところで、この三本柱の下に、最も底辺の能力層がある。それがプロジェクト遂行に関する組織体勢・行動習慣なのである。プロマネが力をふるうためには、プロジェクト・チームの全員が同じ方向・同じベクトルを向いて動き、かつ権限や態度や行動習慣などにコンフリクトがない状態になっていなければならない(大事なことは、組織図にかかれたスタティックな状態ではなく、組織がどうダイナミックに動くかという姿勢の問題だから、あえて組織「体勢」という字を使っている)。たとえば、プロマネが「右向け、右」と号令をかけても、チーム員が上司であるライン部門長から別の指示を受けていたら、プロジェクトは迷子になるだろう。あるいは、皆がきちんとプロジェクト単位で記録やデータをとっていなかったりしたら、業務標準や過去データが生きてこなくなる。

3つの能力レイヤーを、ITの世界にたとえて言うなら、最上位の層はコンテンツ(知識)レベルの能力であろう。中位層は、アプリケーション(道具)レベルの能力に相当する。そして一番底辺の層は、いわば組織のOSレベルの能力である。組織のOSとは、言いかえるならチーム員全員にビルトインされた、「組織化され体系化された態度・行動の集合」なのだ。これがあってはじめて、プロジェクト・マネジメントは働きを得るのである。OSがおかしくなっていると、プロマネが何を言っても「笛吹けど踊らず」、データも情報システムもガーベッジ・インの状態になる。

そして、日本国内と海外プロジェクトでは、チーム員に求められるOSの質が違うのだ。なぜか。それは、大きく言って、4つの制約があるからだ。「『前例』も『正解』もない」という制約。「外国人同士で意思疎通が難しい」という制約。「前提としている価値観が違う」という制約。そして「先が予測しにくい」という制約の4つである。だから、海外型プロジェクトに日本人が携わる場合は、必ずこれら制約を意識した行動習慣が必要になり、それをサポートする組織体勢が必須になる。

『前例』も『正解』もない」ことの理由は言うまでもあるまい。だが日本は世界でもまれに見るほど高度に発達し組織化された社会だ。ありとあらゆる分野に、前例と正解が存在し、それを見つけて従うことが大事だとの思い込みが蔓延している。始めてとりくむ、構造もわかりにくい問題に、大局観を持って取り組むという、思考の習慣が身につきづらい。

意思疎通の難しさ」についても言うに及ぶまい。外国語だから、英語のうまい人間を連れてくれば解決、などと思ってはいけない。問題は、互いに共有する文脈(コンテキスト)のレベルの違いなのだ。日本は、世界でも有数の「ハイ・コンテキスト」レベルの社会である。言葉を連ねなくても、あうんの呼吸で通じる。そして、言葉を受けた側が、相手の意思を忖度して行動する習慣がある。世界で言うと、このようなハイ・コンテキスト社会は少数派で、個人的実感で言えば2割もあるまい。8割以上は、「言葉にしない限り通じない」相手なのだ。

価値観が違う」という制約は、文化の問題ではない。成功した海外プロジェクトでは、日欧米をはじめ何十という国から異なる文化背景の人間が集まってきて、それでちゃんと遂行できている。お金を儲ける、というビジネスの究極の目的だって一緒だ。だが、そこに至る過程・前提が違う(会社目標より部門成果、という前述の巨大メーカーの例を思い出してほしい)。だから、誰もが共通して納得できるプロジェクトとしての価値観を明示し尊重できなくてはならない。

先が見えない」も同様。皆が通ってよく踏み固められた道が存在していないのだ。だとしたら、自分でまず道筋を描いて、かつ、道中にぶつかる障害をうまくよけながらすすむという行動習慣がなくてはいけない。

こうした4つの大きな制約条件を乗り越えるために、日本人として訓練し身につけるべき組織体勢・行動習慣を、わたしは「OSレベル」の能力と呼ぶ。それはちょうど、(あまり良いたとえではないが)工場における「5S」のようなものだ。「5S」とは整理・整頓・製造・清潔・習慣化の頭文字で、よく組織された工場労働者は、これらを尊重するような行動習慣を持っており、おかげでものの流れにも機械の調子にも遅滞がない。

海外型プロジェクトの場合、OSレベルではだいたい8つくらいの基本的習慣に整理できるだろう。たとえば、以前かいた”Structured Approach"というのもその一つだ(「Structured Approachができる人、できない人」http://brevis.exblog.jp/18336958/)それは国内の仕事をずっと続けるならば、とくに不要な能力だ。だがこの先、もし外に出て行って仕事をしたいなら、せめてチーム単位で、身につけていく必要がある。この10年間にモダンPMの理論手法が普及したのはとても良いことだった。しかし、その副作用として、EVMSだとかCPMだとか道具レベルの能力さえ身につければ大丈夫、というような錯覚も生まれつつあるように思える。もっと下の、基礎的レベルの能力を忘れてはいけませんよ、とそろそろ声を大にして言わなければならないのだろう。

そして、ことは海外型プロジェクトだけではあるまい。優秀な人もしっかりした制度・システムもある。だが、何となく先が見えず、前例も役立たず、価値観もばらばらで、お互いに意思疎通がうまくできないような、もやもやとした状況の中で問題をかかえている組織や社会にも、こうした行動習慣は有用だと思われる。だからこの先、できるだけ機会を見つけては、具体例をこのサイトでも紹介していくことにしよう。また現在、海外型プロジェクトの進め方というテーマで、本も書くつもりでいる。早ければ、来年の春頃には上梓できるかもしれない。よければそちらもご期待ください。


<関連エントリ>
 →「Structured Approachができる人、できない人」 (2012-07-08)
by Tomoichi_Sato | 2014-12-03 08:30 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)
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