パラメトリックな作業量の見積とは

工場における製造設備の能力はふつう、『時間』で測る、というと驚く人がよくいる。製造能力というのは、1分何個とか、1時間何台とか、1日何トンとか、数量で測るのが当たり前ではないか。そう、思うのだろう。たしかに、ある特定機械の単機性能を比較するなら、それでいい。しかし、複数の製品を生産する工場全体の能力計画を立てるときには、それではうまくない。工場内には、大きさも複雑さも異なる部品・材料・製品が同時に数多く流れているからだ。同じ機械が、小部品なら時間10個作れるが、大部品だと3時間で1個しか作れなかったりする。そんなときに、部品の合計個数で計算したって、ネズミ1匹とゾウ1匹を合計2匹と足し算するようなもので、意味がない。

だから工場の能力計画では、逆に作業時間(機械設備の占有時間)に換算して、足し算するのである。たとえば今日はこの機械で、ネズミ部品30個と、ゾウ部品4個を加工しなければならない。ということは、3 + 12 = 15時間を要する訳だから、残業しなければ足りない。こういう風に、時間ならば加算できるので、能力はすべて時間という共通単位で測るのである。

もちろん、製品・部品を全部重量(トン数)に換算しても、一応足し算はできる。じっさい、製鉄業とかガラス・基礎化学工業といった素材系の業種では、時間単位ではなく、よく重量単位が用いられる。ただし、それは、ほぼ同種類で、単価も似たような製品群を作る工場の場合に限られる。単価も加工の手間もまったく異なる製品を、全部重量換算で足し算しても、生産能力のモノサシには不適だし、そんな管理をしている会社に出会ったこともない。

(すぐ余談におちいるのが、わたしのくせだが、重量単位で思い出したことがある。ときどき中東で金や銀のアクセサリー・ショップを見ることがある。いろいろなデザインの指輪やピアスがあり、見ていて飽きないのだが、さて値段を聞く段になると、売り子はたいてい、秤を取りだしてきて重さを量り、それに単価をかけて「XXドルです」、みたいなことをいう。つまり、デザインも加工賃もすべて込みの、重さによる計り売りなのである。デザインの美しさとか加工の精密さとか、モノによってずいぶん差があるはずなのだが、そうしたファクターは捨象されてしまう。素材の値段に比べて、人件費比率がかなり安いから成立する販売の仕方である。ソフトはハードのおまけ。どっかの建築業界みたいだ^^;)

本題に戻ろう。製造の世界では、モノの大小や手間の度合いの差が大きいため、能力計画は時間(分)単位に換算して行う。概略の手順はこうである:

(1) 受注があったら、それぞれの製品のBOM(部品表)にしたがって、部品展開する。
(2) そこから各部品の所要量が決まる(むろん手元に在庫があったら引き当てて、正味の所要量を計算する)。
(3) つぎに、各部品製造工程における作業量を求める。作業量は、部品の所要数量をもとに、その工程で必要な人や機械の生産性を用いて、時間(分)数に換算する。
(4) 各機械で捌かなければならない時間数を、すべての製品に関して積み上げる。
(5) もし積み上げた数値が上限を超えていたら(たとえば1日8時間・週休2日の職場なのに、合計値が週に60時間もあったら)、どれかの作業を前の週か後の週にずらす、あるいは他の機械にふり直す、などをして、上限値に収まるように、スケジュールを修正する。
(6) スケジュールを正式発行し、各職場に作業指示を発信する。

とくに、(3)-(5)の段階を資源能力計画とよび、(4)を「山積み」、(5)を「山崩し」という。この作業を手助けする生産スケジューラのソフトウェアもいろいろある(日本にはこの分野で優秀な製品が多い)。山崩しをきちんとしないと、現場で実行不可能な仕事量を抱え、残業しても追いつかなくなる。納期遅れをおこすだろうし、さらに品質低下のおそれもある。

この際に大事になるのが、(3)の「人や機械の生産性を用いて」計算するためのデータである。生産性とは、

 [生産性] = [産出量] / [投入時間数]

で定義される。簡単に言うと、「あるモノを1個作るのに、何分かかるか」をいう数字だ。前述の『能力』が、これの逆数になることはお分かりだろう。製造業では、生産計画に混乱を来さないため、各部品の製造工程における能力(生産性)を、あらかじめ算定しておかなければならない。それは、製造原価にも直結する。

ところで、これまで何千個も作ってきた物なら、生産性を測ることもたやすいだろう。しかし、まだ受注したばかりで、これから初めて作るような製品の場合はどうするのか? もっといえば、新しい製品を顧客に見積もる時、どうやって生産性を(いいかえれば製造の作業時間を)推定するのか? 人が何時間働き、どの機械を何時間占有するかが、見積原価の重要な要素となる以上、そこをさけて通ることはできない。

まず、基本は部品展開(工程バラシ)である。その上で、各部品がそれぞれの工程で必要な作業時間数を見積もって集計する。各部品の作業時間数は、工程と作業の種類によっては、作業者の単位標準作業にさらに分解して、そこから積み上げる場合もある。しかし、それが難しいケースも多い。そこで通常、その工程の作業生産性を示す何らかの尺度(パラメータ)から、推定する。これをパラメトリックな作業量の見積法と呼ぶ。

より正確に言うと、こんな手順になる。——ここに、ある仕事量があったとする。(1) まず、その仕事量を、うまく代表できる何らかのモノサシ(パラメータ)で、数量化する。(2) つぎに、そこの人なり機械なりの標準的な能力(時間あたりの数量)で、その数量を割り算する。(3) その結果、必要な作業時間数が求められる。

このとき、仕事量を代表するような、うまいモノサシ(パラメータ)を見つけることが大切だ。たとえば建設用鉄骨構造物の溶接組立に要する時間は、鉄骨部材のトン数に比例するのか、それとも個数(ピース数)に比例するのか? 答えは簡単ではない。もしかしたら、柱や梁に相当する大型部材はトン数で、また補強など小物部材はピース数でそれぞれ測って、足し算する方がより正確かもしれない。よく部品なら個数、材料ならトン数、と単純に決めているところがあるが、それは早計だ。

このように、具体的な目に見える製造作業であっても、その作業量を見積もるにはそれなりの知恵とノウハウがある。それをきちんと開発・ブラッシュアップしているかどうかによって、その会社の成績は長期的には大きな差がついていくだろう。見積に直結する以上、当然のことだ。また、下手な作業量の見積をすると、山積みで無理が生じて、品質や納期にも影響していくはずである。だから、パラメトリックな作業量推定は、とても大事な技術なのだ。

前回、わたしが書類や図面の読み書きするスピードを、ストップウォッチでときどき計測していると書いたのも、じつは同じ発想からきている。わたしの場合、目に見えにくいオフィスワークに従事している。それも、繰り返し性の薄い、プロジェクト型ないし問題解決型の仕事が多い。しかし、たとえそうであっても、それを基本的なプロセスに工程バラシしていくと、最後はパラメトリックな単位作業に行きつくはずだ。書類を読む、メールを処理するというのは、その一番端的な、アトムに相当する。だから計測しているのである。

それだけではない。わたしが自分の作業時間の記録をすべてとっているのも、個別のタスクにどれだけ時間がかかったかを調べて、適当なパラメータを探したいと思っているからなのだ。わたしのいるエンジニアリング業界では、たとえば配管の詳細設計ならば、レイアウト図1枚を作成するのに、全部で何時間かかるかといった生産性の数値から見積もる。そこには、インプット条件の整理、計算、図面作成、チェックと承認といった単位作業が全て含まれている。それらを込みで、図面枚数というパラメータで集約・整理するのである(もちろん見積時点ではレイアウト図の枚数自体がまだ不明だから、それはまた別の方法で推計する)。わたし自身の仕事は配管設計よりもずっとマイナーだから、自分で分析しないと、誰も見積もってはくれない。そして山積みの誤差は、すべて自分自身に降りかかってくることになる。

たまに、「エンジニアリング業界はいいですね、目に見える仕事をしているから」とIT業界の方にいわれることがある。ITは成果物が目に見えないから、客に進捗も見えないし、作業量の見積も難しい、という訳だ。どういたしまして、目に見える仕事だって、傍で思うほど単純ではないですよ。「見えない作業は、目に見える作業とはまったく異なる」という感覚は、「だから目に見える金の重量だけで値段をつけよう」という中東のアクセサリー屋さんの精神構造と、ある意味、裏表の関係である。また、知的作業は「量よりも質」で、「ひらめきが大事」だから、生産性の概念にそぐわない、というご意見もよく頂戴する。だが、ご自分のオフィス滞在時間の何割を、その玄妙・深遠にして価値ある知的思考の時間にあてているか、ご存じなのだろうか。測ってみたら、がっかりすること請け合いである。

仕事量の全体と自分の生産性が見通せなければ、もちろん正確な見積もできないし、競争に勝つことだって難しいだろう。それ以前に、自分が自分のスケジュールをプログラムすることができなくなる。誰か他人が見積もった勝手な山積みの下であえぎたくなければ、パラメトリックな推定法を磨くべきだと思うのだ。
by Tomoichi_Sato | 2014-10-19 22:24 | 時間管理術 | Comments(0)
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