パーソナル時間管理のベーシック

いま、目の前にA4で30ページの英文の仕様書があるとしよう。中身はまだ、まったく見ていない。さて、これを読んでレビューするのに、どれくらい時間がかかるだろうか?

わたしの場合、答えは簡単だ。集中できる時間で、ほぼ2時間かかるだろう、と予測できる。なぜかって? わたしの仕事のパフォーマンス値によれば、英文の文書をきちんとレビューするのに、1ページ平均約4分間かかるからだ。30×4=120分で、ちょうど2時間になる計算だ。

ただしこれは、正味作業時間(Net working time)である。現実には、しずかに集中できる時間を、2時間も連続して確保するのはむずかしい。電話や上司の呼び出しやメール・打合せなどによる割込がある。だから、着手から完了までのグロスの時間(Elapse time)はもっと長くなるだろう。それでも、半日で終わる仕事なのか、3日かかる仕事なのかは明らかである。1ページ4分間というベースの数字があるからだ。

この4分間という数字を、どうやって決めたのか? それも簡単だ。測ったのである。まず、ストップウォッチを、用意する。この種のフリーソフトは沢山あるが、別に簡単なものでいい(わたしは"SGウォッチ" というのを使っている)。それから、Excelで、作業時間を記録する表をつくる。そして、何かドキュメントを読むたびに、ストップウォッチで開始と終了を記録する。それだけである。これを、2~3週間も続ければ、立派な記録ができあがるだろう。あとは、Excelで平均値を求めれば終わりである。

そんな馬鹿な、A4サイズの文書といったって、小さなフォントでぎっしり書き込んだものもあれば、大きめのフォントで行間もゆるゆるのものもある。途中で改ページして空白だらけのものもあるし、表や図が多いものもある。1ページの情報量は千差万別なのに、それを計測して、均一に1ページを何分と求めるなど、誤差だらけで無意味だ。--そう反論をされる方もあるかもしれない。

そう思うなら、試しに測ってみなさいよ。それが、わたしの答えだ。実際にやってみると分かるが、情報量の多寡にもかかわらず、1ページあたりの所要時間数は、ある平均範囲に収まるのである。ばらつきは最大でも倍半分、多くは±20%程度におさまる。そして、我々のオフィスワークでは、それだけの精度で作業時間を見積もることができれば、実用上十分なのである。くりかえすが、半日で終わる仕事なのか、3日かかる仕事なのかが分かるだけで、作業の予定と段取りは、大きくかわる。

上司に「これ読んで、明後日までにコメントまとめておけ。」と言われたとき、それなら今のワークロードから見て可能だな、と思うのか、残業しても終わらないと思うのかは、大きな違いだ。そして後者ならば、ただ「延ばしてください」というよりも、自分の中で根拠を持って「もうあと1日あればできます」と頼むことができる。そして実際にその期日までに間に合えば、自分の信用度は上がるだろう。安請け合いして間に合わない人間よりも、時間はかかっても期日の約束を守る人間の方が、評価は高いのが普通だ。

ただし、である。ドキュメントを読み込む作業時間は、むしろ読み方によって大きく変わる。わたしの場合、

check(ざっと見る)-- 参考図書などで、真剣に読む価値があるかどうかを判別するだけ
read(内容を読む) -- 一応、内容が頭に入る程度に読み込む
understand(理解する)-- 責任を持ってコメントを返せる程度に真剣に読み込む

の三つのレベルを区別して、パフォーマンス統計をとっている。そして、実際にcheckとunderstandでは倍以上、スピードが違う。

もちろん、読み込む対象は文書のみとは限らない。仕事柄、図面類もしばしば読むことになる。また、リストや表の類を読む必要がある場合もある。だから、「文書」「図」「表」「パワポ」の種別ごとに集計している。もちろん、A4かA3かというサイズの違いもだ。そして言うまでもなく、日本語か英語かでも、読むスピードはまったく違う。英文を真剣に読むと1ページ4分かかるが、日本語でざっと見るだけなら30秒足らずで終わる。

同じような統計はメールを読む時間にも適用可能だ。メールだって、長さはまちまち、添付ファイルの文書量も異なる。だが、添付ファイルはを別にすれば、メールを1件読むのに何分かかるか、測ってみるとある平均値におさまるものだ。だとすれば、1日に平均50通のメールを受け取る人間は、1日にメール処理作業(ざっと見て対応を仕分けする)に、最低でどれだけ時間がかかるか、見積もれる。もちろん、書くことに対しても適用できる。たとえばわたしは、自分のこのサイトの記事を一つ書くのに、どれだけ時間が必要か、だいたい知っている。

このようにパフォーマンス基準時間を測っておくことに、どんな意義があるか。答えは明瞭で、第一に、我々の『時間の見通し』がよくなるのである。段取りの向上、あるいは計画の精度アップといってもいい。我々はつねに先々を見通しながら、自分達のスケジュールを組立て、仕事をし、また余暇時間を使っている。現代人で、自分のスケジュール表を持っていない人はさすがにいないだろう。To Doリストを使っている人も、多いと思う。そうした自分の時間の使い方をうまくコントロールすることが、自分の生産性を上げる鍵となる。

とくに、時間管理術の要諦となるのは、納期管理ではなく、「いつ、その仕事に着手しなければならないか」という『着手日管理』である。作業の締切の金曜日になって、あ、今日が期限だった、と気づいても遅い。その仕事に三日かかるのなら、水曜日の時点で、うん、今日から着手しないといけないな、と自覚することが大切なのだ。だから、期限を記入できるだけで、着手日が管理できないようなTo Doリストは、役に立たない(もっとも、そういうソフトは現実には多く、いったい世の中のソフト開発者達はどうやって仕事をコントロールしているのか不思議に感じてしまう)。

そして、当たり前だが、その基礎となるのは、“ある作業をするのに、どれだけ時間がかかるか”という作業時間見積である。オフィスワークの作業の多くは、資料の読み込みと、思案と、そして文書や図表の作成から成り立っているのだから、自分が1ページをどれだけの時間で読み、1ページ書くのにどれだけの時間が必要か、知るべきではないか。工場では、IEエンジニアがストップウォッチを片手に、作業者が部品を手にとる標準作業が何秒かかるか測り、それを1秒でも短縮すべく苦心している。だとすれば、我々がオフィスで漠然と“知的作業だから時間は読めないよなあ”などと構えているのは恥ずかしい限りではないか。

ついでにいうと、わたしは、まれにトップマネジメントに対して直接何かの書類をメールで提出・上申する際など、メール文面の最後、添付ファイルのところに、あえて「Word文書○ページ、推定読了時間=×分」などと注記して出したりしている。向こうにどう思われているかは知らないが、こちらとしてはGood faith(誠意)の表明のつもりだ。こう記しておけば、それを読むのにどれくらい時間がかかるのか、開けてみなくても分かる。だから、今すぐ読めるのか、プリントアウトして後で読むべきか、判断の材料になるだろう。

企業における最も貴重な経営資源とは、人でもモノでも金でもない。じつは経営トップの『時間』なのである。トップはつねに超多忙だ。だから、そのトップにムダな時間の段取りを強いないことが、社員としてわきまえるべき大事なマナーなのではないか・・いや、偉そうなことをいうつもりはないが、わたしのような社員が貢献できるとしたら、せめてそのレベルのことなのだ(^^;)。もっと本音をいうと、ふつうの社員同士でも、メールに何かファイルを添付したら、推定読了時間までは余計としても、せめて「添付ファイルは何ページ」くらいはお互い注記したら親切なのにと、よく思う。

もう少しだけ言おう。上記のパフォーマンス統計は3週間程度のサンプリング計測で十分だが、わたしは、自分のオフィスにおける時間の使い方はすべて記録して、統計が取れるようにしている。会社の人事部に提出するタイムシートとは別に、である。タイムシートは、どのプロジェクトに何時間働いたか、目的別の集計をする道具だが、わたしは時間の様態(mode)別にも比率を分析できる。まあ一種の二重入力で、手間ではあるのだが、そのメリットは大きい。たとえば図は、今年のある月の、様態別集計である。

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図から明らかなように、わたしの場合、もっと比率が多いのは「会議」で、全体の34%である。会議と言っても、20名以上が参加する定例会議から、2名だけの会議卓での打合せまで含むが、とにかくそれがわたしの時間のほぼ1/3を占めている。2番目に多いのは「コミュニケーション」で、26%、全体の約1/4だ。これにはメールの読み書き、電話での会話などが含まれている。会議とコミュニケーションで、全体の6割である。中間管理職だからしかたない面もあるが、もう少しなんとかしたいと、よく思う。「データ処理」「レビュー」「思考」「文書作成」など、いかにもエンジニアらしい仕事をしている時間は、全体の1/4しかない。ちなみに「教育」に8%もとっているのは、週に1回、大学で教えている時期のデータだからである。

こんなデータを見ると、佐藤はいかに働いていないか歴然として、なんだかボーナスの査定に響きそうだ。だが、わたしは極端な例外ではない。そして、このような様態別作業時間統計を会社レベルでとって、生産性向上のための基礎データにしている会社も多いと思う。ただ、わたしとしてはもう少し突っ込んだ切り口の分析も必要だと考えている。それは、意図別の時間分析である。

わたしは、自分がこれからやる作業を、「価値を出す時間」(value time)か、「将来のために投資する時間」(investment time)か、「営繕のための時間」(maintenance time)か区別している。たとえば20人の定例プロジェクト会議に出席したとする。それは会計上は特定プロジェクトにチャージャブルな(原価性のある)時間だ。だが自分にとって状況把握が主であって、実りのある議論が行われることが少ないなら、それは「価値を出す」のではなく「営繕」の時間となる。

むろん、営繕は必要である。たとえばファイルの整理だって営繕だし、プライベートで言えば夜の睡眠だって営繕になる。ただ、それは自分の環境と生産性の維持には必要だが、直接の価値は生みださない。逆にたった二人の打合せでも、良いアイデアを生むためにやっているならば、価値時間となる。

文書を読むにしても、自分の知識やスキルを増やすために行うなら「投資の時間」であり、役職上しかたなくやっている書類事務なら「営繕」であり、周到にコメントして品質を上げるためなら「価値時間」である。自分がこれからやる作業は、価値・投資・営繕のどれに該当するかを、つねに意識し、なるべく価値時間の比率を上げたい、というのが、時間記録をとる意図だ。わたしの現実のデータはあまりにも生々しいのでここには出さないが、価値時間比率はがっかりするくらい、小さい。この三つの時間比率はどれくらいが理想的かを考えるのも、大事な課題だ。

もっとも、こういう話を書くと、「そんな自分の生産性を高める努力をしても、別に給料は上がらないし、下手をすれば仕事が増えるばっかりだ」という批判を頂戴することがある。また、それとは別に、知識労働の分野に、生産性の議論は当てはまらない、という反論も根強い。

わたしはそうした批判に、いちいち反駁して議論するつもりはない。それは、いわば仕事というもののとらえ方の違いだからだ。たしかに給料は上がらないかもしれない。しかし、自分の作業時間を予見し見積もる能力が上がれば、ただ指示や命令に応じて受動的に働く態度から、自分で自分のスケジュールを組み立てる能動的な立場に変わることができる。「時間に追われる」立場から、「時間を自分の味方につける」立場に変われるのである。

そしてなにより、仕事の能率があがり、少しでも残業を減らせて、たとえ週に1時間でも落ちついてものを考える時間が得られるなら、それは月給が数千円上がるより、ずっと価値があるじゃないか、とわたしは思う。ここでは何回もくりかえしたが、時間管理の最終的な目的は、「考える時間を作ること」である。経営者の時間が企業の最大の経営資源であるのと同じように、わたしたちも自分自身の人生の経営者であり、自分の時間こそがもっとも大切な資源なのだ。じっくりとものを考える時間を作り出したければ、時間分析のベーシックを、今日からでも身につけるべきだとわたしは信じている。


<関連エントリ>
 →「パフォーマンス基準時間の概念」 (2009-07-19)
by Tomoichi_Sato | 2014-10-12 20:06 | 時間管理術 | Comments(0)
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