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ロージーの返事を、ときどき思い出す

机のまわりを整理していたら、偶然、大昔の雑誌が出てきた。共立出版の月刊誌「bit」の1985年4月号だった。

雑誌というのは何号かに一度、良い記事の集まった当たり号が出るものらしい。この号も、当たりの1つだったようで、面白い記事が集まっている。そのために、なんとなく捨てられずにとっておいたようだ。巻頭記事は、宮本勲氏の紹介による「本物のプログラマはPascalを使わない」だ。次が、ジェラルド・ワインバーグの短いエッセイ「ロージーの返事」。翻訳は、東京工業大学教授・木村泉氏。それから、御大ドナルド・クヌースの論文「文芸的プログラミング」が載っている。翻訳は黒川利明氏である。さらに、湯浅太一氏と萩谷昌巳氏の「Common Lisp入門」の連載第一回目が始まっている。石田晴久氏の「PC-UX」紹介記事もある、という具合だ。

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「本物のプログラマはPascalを使わない」は、注釈が必要だろう。これは当時アメリカで流行った「本物の男はキッシュを食わない」という文章の、皮肉の効いたコンピュータ業界版パロディである。キッシュはタルトに似たフランスの食べ物で、当時東海岸でおしゃれな食事として人気があった。しかし西部魂を持つ“本物の男”たちは、そんな軟弱な風潮を苦々しく思っていた。

同じ頃、コンピュータの世界にもマイコン・ブームとともに、小文字を使うPascalなどの軟弱な言語がはやりはじめていた(当時は「パソコン」より「マイコン」が普通の呼び方だった)。厳格で無慈悲な汎用機の世界で生きてきた“本物のプログラマ”たちは、そんな風潮を苦々しく思う、そんな内容だ。だから、
 ・本物のプログラマは大文字を使って語り合った
 ・本物のプログラマはGO TOを使うのを恐れない
 ・本物のプログラマはコメントを必要としない。コードが全てを教えてくれる
 ・本物のプログラマは人工知能のプログラムをFORTRANで書く
 ・もし何かをFORTRANで書けないならば、アセンブリ言語でやってみるべきである。もしアセンブリ言語でもできないならば、それはもはや、やるほどの値うちはないのだ。
といった逸話や教訓が並んでいる。

「文芸的プログラミング」(Literate programming)は、計算機科学の大家ドナルド・クヌースが、かれのWEBシステムについて書いたものである。ま、いまどきWEBなどと言っても、分からぬ若者が多いじゃろうのォ。World wide webのことではない。世界規模のインターネットなど、まだほとんど存在していない時代のことだから。WEBというのは、今風に言えば、ソースコードとドキュメントの統合管理の方法論だ。1974年にACMチューリング章を受賞したクヌースは、主著「算法基礎」(Fundamental Algorithm)を執筆しながら、その出版のために、数式を扱える組版システムTEXを開発する。そして、TEXのソースコードを文書化するために、さらにWEBシステムを開発するのである。

どこでもドキュメントとソースコードは別々に管理され、そして次第に乖離していく傾向がある。そのためにコメントをソースに書き込むのが、これもきちんと更新されていなかったりするのは周知のとおりだ。クヌースはこの問題を解決するために、あえて「文書の中にソースコードを書き込む」という逆のアプローチを取る。それも、単なる仕様書をモジュール別に作成するのではない。もっとも上位の、設計思想から書きはじめて、設計者の思考のとおりにプログラムを構成していくのである。WEB文書は、今風に言えば一種のマークアップ記法で作成されたテキストであり、それをプロセッサにかけることによって、機械用のPascalソースコードと、人間が読みやすい整形された“文芸的ドキュメント”が、それぞれ生成される仕組みだ。彼はこのWEBシステムを用いて、TEXの内部構成をすべて本の形で出版公開している。

しかし、この雑誌で一番長く印象に残ったのが、ワインバーグの「ロージーの返事」という短い記事だった。「イーグル村通信」という連載の一部だが、毎回が独立して読めるエッセイになっている。

・・・ロージーと言うのが彼女の名だった。むろん本名ではない。頬がバラ色(rosy)なので、皆がそう呼んだのだ。彼女は、手術直後の自分を看護してくれた看護婦だった。手術後のもうろうとした10日間、彼女は私の額を冷やし、手を取り、痛み止めのモルヒネを注射してくれた。17歳の自分は、優しく微笑むロージーに、もちろん一目で恋におちた。--「ロージーの返事」はそんなふうに始まる。

10日目の就寝時に、ロージーは、シャーベットと睡眠薬を持ってやってきた。自分が睡眠薬を飲み下す様子を眺めてから、彼女はたずねる。「あなたは、まだ痛み止めの注射が必要だと思う?」 もちろんと答えると、初めて彼女はこわい表情をした。「本当にそう思って?」
「本当だよ。とっても必要なんだ。」
「もしそうなら、」と彼女は答えた。天使のような声音は消えてしまっていた。「もう注射はしないほうがいいわ。」

ロージーが去ったあとの4日間は、はかり知れないほどの悪夢だった。自分(17歳のワインバーグ)は、せびり、ささやき、叫び、壁をぶったたき、要求し、泣いた。だがロージーは、遠くで知らん顔をしていた。その残忍な4日間に、愛は仮借のない憎しみへと変わった。退院の後、もう二度とロージーには会いたくないと思った。事実、もう二度と会うことはなかった・・・。

だが彼女は、じつは命を救ってくれたのだった。その残忍な4日間に、彼女は自分にきざしていたモルヒネ中毒の根を断ち切ってくれたのだ。ワインバーグがそのことに気がつくのは、後になってからのことだった。

ワインバーグはその時をふりかえって、『ロージーの返事』(Rosy's response: 頭韻を踏んでいる)という大事な教訓を学ぶ。それは次のようなものである。

 「もしあなたが何かをそんなにひどく求めているなら、多分それは手に入れない方がいい」

ひどく逆説的だ。だが、理由は単純である。(ワインバーグの説明をわたし流に言いかえるなら)、何かをひどく求めると、逆に自分がその「何か」に支配されてしまうことが多いからなのだ。若きワインバーグの場合は、モルヒネだった。ロージーが強引に断つことで、彼をモルヒネに支配される中毒から救ったのである。そして中毒(依存)状態とは、そういうものなのだ。

物欲でも、金銭欲でも同様だ。何かが欲しい、所有したい、それさえ手に入れれば、自分の人生は素晴らしくなる、と強く思い続けるうちに、いつのまにか攻守逆転して、自分自身がその欲の奴隷になってしまう。金銭に執着すれば、金の奴隷になる。時間に執着しすぎると、時間表に引きずり回されるようになる。あるいは、恋愛感情だって同じかもしれない。事はモルヒネだけではないのだ。読んで思いあたることはいろいろあった。

わたし達の社会は、欲望をかきたてることで出来あがっている。売る側は、もっと商品が売れてほしい。だからあらゆる機会をとらえて、消費者の欲望を刺激すべく、情報や広告宣伝やらをばらまく。教育産業と就職産業は、あの手この手で、より上位の学校や有用な資格を喧伝する。「自分探し」みたいなイデオロギーを添付して。そして、あらゆる場所で、「夢」に向かって進む人たちの感動ストーリーがばらまかれる。

そうしたことには良い面もあるのだろう。落ち込んだ人が、再び夢や期待を持って立ち上がることもあるかもしれない。だが、期待はしばしば、欲望という別物に転化していく。両者の違いがどこにあるか、ご存じだろうか。期待とは自分に関する何らかの状態(行為・能力)を望むことだ。一方、欲望はつねに、自分の外に対象(事物やステータス)を探している。だから、強い欲望を抱くと、自分を見失いがちになるのだ。

かくして、無理な買い物のために金欠になって、働かなければいけないのでせっかく買った物を使う時間がない、といった逆立ちが起きることになる。まあ、その程度はお笑いですむ。だが、実現すればもっと自分を傷つけかねない欲だって、いろいろあるのだ。いや、自分だけではない。無理な背伸びをしてポストを手に入れたがために、周りからの信用を失った人。絶対ほしい案件だといって無理な値段で受けたがゆえに、大赤字におちいった仕事。わたし達のまわりで、そうした例はいくらでもある。

わたし達の脳は(あるいは、心は)、ひどく逆説的な性質を持っている。「遠くに届くためには、力を入れてはいけない」というのも、そうだ。無理に力んだり、強く欲したりすると、そのこと自体がわたし達の中の自然なバランスを崩し、意思とは反対の方向にものごとを引っ張っていく。何度も愚かな失敗をくりかえした後、わたしは、

 「愚かさとは、自分の欲のために後先を見失うことである」

という真実に気がついた。ただ、気はついたけれども、こまったことに自分のアサハカさが減じた訳ではない。

だから、そんな危ういときどきに、『ロージーの返事』を思い出せたらいいのに、とよく思う。そんなにもひどく欲しい物は、手に入れてはだめ、と。だから、自分はこの雑誌を取っておいたのかもしれない。なんとか自分を見失わないようにするために。

(追記)「ロージーの返事」は、ワインバーグの著書 「スーパーエンジニアへの道―技術リーダーシップの人間学」に、少し形を変えて収録されている。ただしわたしは、元の雑誌原稿の方が好きだ。なお、上の抜粋は、翻訳文そのままではなく、多少、改変・編集して引用したものであることをお断りしておく。

<関連エントリ>
 →「遠くに届くためには、力を入れてはいけない」(2014-08-13)
by Tomoichi_Sato | 2014-08-21 00:33 | ビジネス | Comments(1)
Commented by ひらばやし at 2017-01-03 10:31 x
初めまして。ひらばやしと申します。
ワインバーグ先生の連載のことを調べようとして辿り着きました。幾つかコピーして保管していましたが、数年前に廃棄してしまったので。
「ロージーの返事」もぼんやりと覚えています。本を入手して読み返してみようと思います。
「遠くまで届くには、力を入れてはいけない」も同感できる経験があります。
また、ブログを読ませていただきます。
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