稼働率100%をねらってはいけない

多くの製造業においては、工場の稼働率が、重要な管理指標として今も使われている。3週間前のエントリ「原価の秘密 - なぜ、黒字案件だけを選別受注すると赤字に陥るのか 」(2014/07/06)でも説明したように、製品の個別原価を計算する際、材料費や労務費などの他に、製造機械の使用時間に応じた費用を含めるのが普通だ。その製品の加工作業で、製造機械が何時間必要だったかをベースに、機械のコストをチャージする。いわば“機械の使用料”だ。

個別の機械1時間あたりの使用料単価を『機械賃率』と呼ぶが、これは各機械の年間の維持費用(減価償却費等)を、年間の実稼働時間で割って計算する。機械の遊んでいる時間が多いほど、実稼働時間は減るから、同じ作業をしていても原価が上がる、というのがふつうの会計の仕組みだ。だから、製造業では稼働率を上げるべく、あれこれと努力するという訳である。

そして、前回のエントリを読まれた方は気づかれたかもしれないが、じつはこの事情は社内人件費についても、まったく同様なのである。人件費というのは、残業等で多少の変動はあるにせよ、基本的には固定費である。だから、単位作業時間あたりにかかる人件費(これを本来は『賃率』とよぶのだが)は、年間総人件費を、実稼働時間で割って計算する。

これはとくに、原価の内で人件費のしめる割合が高い業種で、かつ個別原価計算をしている企業では重要である。製造業以外でも、たとえば、建設業や建築設計業、ソフトウェア産業などで、人の稼働率が重要視される。

ところで、以前も書いたとおり、受注ビジネスでは、稼働率は受注した仕事量によって決まってしまう。したがって、製造側の努力で稼働率を上げるためには、受注量に合わせて製造機械をスリム化する、ということになる。

そこで、工場長であるあなたは、ある日、思い切って社長に設備廃棄の相談をしに行くことにした。過去5年間の受注量は、ほぼ横ばいであった。大きな市場成長もない代わりに需要減退もない。あなたの頭痛の種になっている高価な製造機械の生産能力と、平均の受注量を比べると、ほぼ3:2だった。つまり、平均稼働率は、2/3 = 67%だったという訳である。ところで、この機械は、同一能力を持つモジュールの三連構造になっている。だから、1モジュールだけを廃棄すればいい。そうすれば、生産能力と受注量がバランスして、稼働率はちょうど100%になるだろう。

あなたの提案に、意外にも社長はあっさり賛同した。経理上は、いったん除却損が発生する。しかし、これは特別損失で処理するので、工場原価にも営業利益にも関わりないことになった。かわりに、年間の減価償却費は、2000万円から1330万円に減ることになった。製造原価も下がる訳である。ありがたい。

あなたは工場に帰り、さっそく設備廃棄を指示する。保守係長だけは、「まだ使えるのに」とぶつぶつ言ったが、経営判断である。

ところが、3ヶ月ほどたったとき、あなたは工場の中を歩いてみて、なんだか以前より雑然としていることに気がつく。整理整頓はどうなったのだ? 5S運動の責任者を呼んで問い詰めると、彼の答えは、「整理整頓は以前と同様に努力しています。ただ、何だか最近、仕掛かりのモノがやたらと多いんです」だった。

さらに、営業部長からあなたに連絡が入る。「最近、納期遅れが頻発している。別に短納期で受注した訳じゃなく、以前と同じ納期でお客に約束しているのに、これではこまる。早急に改善してほしい」というのだ。早速あなたは、生産管理部門にレポートを命じる。すると驚いたことに、最近は軒並み納期に遅れているのだ。おまけに、受注量が増えた訳でもないのに、仕掛在庫量が急増している。そして、肝心の機械の稼働率だが、なぜか90%台前半をうろうろしている。なぜ100%稼働しないのか? あなたは機械の前に行き、担当者をつかまえると、彼の答えはこうだ:「だって、削るべき部品が来ないので、手待ちになっているんです。来るときにはどーんとかたまりになって来るんですけれどね・・」

いったい何が起きたのか。受注量に合わせて、生産能力を削減し調整した。誰も別に遊んでいない。以前とかわらず、みな必死に働いている。なのに、リードタイムは長くなり、在庫は増えた。理由があるにちがいない。だが、それは何だろうか?

変動のせいなのだ。

まず、顧客からの受注には、ばらつきがある。平均需要は変わらなくても、個別の案件はばらばらのタイミングにはいってくる。ラーメン屋と同じで、まとまって客が入ったり、しばらく誰も来なかったりするのだ。そして、機械側の処理能力についても、変動は不可避だ。製品別の処理の難しさ、作業者の技能、削る材料の品質、どれもばらつきがある。

その結果、どうなるのか? 簡単なシミュレーションをしてみると分かる。わたしが今から15年前に書いた「図解 サプライチェーンマネジメント」から、原稿の一部を引用してご紹介しよう。
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工程をバランスさせるとムダが増える

◆生産管理の逆説

 生産者の立場で供給活動のマネジメントにたずさわる者は、しばしば奇妙な逆説に遭遇します。それは、たとえば、
・工程をバランスさせるとムダが増える…?
・各部門が最善を尽くすと全体が悪化する…?
・機敏な計画は需要変動をよぶ…?
といったパラドックスです。

◆工程をバランスさせるとムダが増える

 生産ラインの各工程の能力を均一にすればムダな仕掛在庫が減るはずだ、という常識があります。しかし、簡単なシミュレーションで、これは嘘だということが示せます。

 仮にいま、5工程からなる生産ラインを考えましょう。「工程」は必ずしも製造工程と限りません。包装・検査・搬送かもしれないと考えてください。そして各工程の一日あたりの処理速度と原材料の投入量を、均しくサイコロの目の数(1~6の乱数=平均値3.5)で与えることにします。各工程とも手持ちの仕掛在庫量はゼロからスタートします。

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 結果は安定するでしょうか?

 図をご覧ください。答えはNoです(青い部分が生産数量、赤い部分が仕掛在庫)。途中の在庫はどんどん増えてゆき、15日後に至ってもまだ増加傾向にあります。(これは乱数シミュレーションなので全体傾向で見てください)

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◆変動は避けられない

 なぜこんな結果になるのでしょうか? それは変動のせいなのです。

 投入量と処理速度は平均値が同じでも毎回ばらつきがあります。各工程で処理速度が投入量より小さければ在庫が溜まっていきます。しかし、逆に投入量より大きくても、在庫はゼロ個以下にはなれません。工場ではプラスの変動とマイナスの変動が打ち消しあわないのです。

 中間在庫が山のように溜まると、生産(アウトプット)速度はある程度安定しますが、在庫は無制限に少しずつ増えつづけてゆく訳です。
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おわかりだろうか? この現象は、じつは工程がたった一つでも起きる。受注量と処理能力がイコールだと、なぜか仕掛在庫量が無限に増えていくのだ。

物知りの読者の方なら、「待ち行列理論」をご存じだろう。この現象は、待ち行列理論で説明できる。なにかのサービス窓口がある(工場ではこれが『工程』に相当する)。そこにバラバラのタイミングで顧客がやってくる(工場では受注案件に相当し、案件別の削るべき素材がそれを表す)。待ち行列理論では、処理能力と受注量の比を、記号ρで表す。そして、処理に入るまでの平均待ち時間は、非常に単純な式

 ρ/(1-ρ)

で与えられる(これは工場では、工程の前に積まれている仕掛在庫量に相当する)。グラフにすると、こうなる。ρが1に近づくほど、待ち時間は急激に増大することに注意してほしい(厳密にはポアソン到着とか指数分布などの仮定があるのだが、詳細は省く)。

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そして、このρとは、あなたの着目する機械の稼働率と同じ意味なのだ。ということは、あなたが良かれと思ってやった、設備廃棄による能力削減は、リードタイム(=待ち時間)の増加と、仕掛在庫量の無制限な増大を意味するのである。どうしてこうなるかは、上の文章にも説明したとおりだ。受注のばらつきはプラスにもマイナスにも振れる。だが生産の方は、手待ちの時(受注の間隔が空いたとき)には、目の前に削るべき材料がないから、プラスとマイナスを中和できないのだ。仕掛在庫はマイナスになれない。これがネックになって、変動がプラスの側にのみ蓄積されていく。そして、

「原価を下げるために稼働率を上げろ」 → 「受注量に合わせて生産能力を削減しろ」

という、それ自体を見れば正当に見える指示が、結果として、自社の生産性を著しく損なう結果になるのだ。

見込生産の場合ならば、工程の変動があっても、素材を支給するスピードを調整することで、工程を遊ばせないようにコントロールできる。あるいは、営業に対して「平準化して売れ」と号令することも可能だろう。しかし、受注生産では、そうはいかないのだ。設備削減で、稼働率100%をめざしてはいけないのである。

そして、最初に述べたように、この話は製造業のみならず、人が中心となるサービス業でも全く同じである。受注量に合わせて余剰人員を削減しました。その結果、一人あたりの仕事量は変わらいはずなのに、ひどく生産性が落ちました。そして納期が遅れて、お客の信用を失いました--こんな事例を、身の回りに見かけたこともあると思う。本当は人も設備も、受注量に対して、ある余裕を持たなければならないのだ。

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だが、そもそもこの話の根幹は、どこにあるのか。このような問題におちいった根本原因は何だろうか。

それは、あなたの会社では誰もマネジメントについて、きちんと理解していないということだ。社長も、工場長であるあなたも、経理課長も、誰も設備削減の行き着く先について見通せなかった。受注量と処理能力のバランスが、仕掛在庫やリードタイムに与える影響について、法則性があるということを、誰一人、知ってさえいなかった。

たしかに社長もあなたも、部下を采配し、計画を立て、トラブルに対応し、顧客や業者とやっかいな交渉もしただろう。だが、管理業務はしても、マネジメントはしていないのだ。なぜなら、『マネジメントとは、専門的な知識と訓練が必要な、専門職である』ということを、誰も理解していなかったからだ。

では、そのような知識・訓練は、どこから得られるのだろうか? MBAをやとえばいいのか。いや、昨今のビジネススクールは、経営戦略だとか企業ガバナンスだとか、大所高所のカッコいいテーマはお好きなようだが、在庫だのリードタイムといった泥臭い話題は、ほとんど講義もされないようだ。外資系コンサルタントも、ほぼ同様である。経済メディアはいうに及ぶまい。

企業という複雑な組織(システム)には、特有のダイナミクスと法則性がある。それをふまえて、マネジメントしていくための技術が存在する。わたしはこれを、『マネジメント・テクノロジー』と呼ぶことにしている。専門職としてのマネジメントの第一歩は、マネジメントには技術がある(技術が要る)と認識することだ。

そして、わたしのこのささやかなサイトは、『マネジメント・テクノロジー』の初歩を、一つ一つ説明していくためにある。マネジメント・テクノロジーは、別段、社長や工場長だけのためのものではない。それは“人を使う”立場にある者全員に、必要である。人を使うことの中には、外注先を使うことも含まれるから、若手を含めて誰もにかかわりのある技術だ。むしろ、若いうちから皆が理解しておく方がいい。工場長や社長になってから、“あれ? 俺には何かが足りないな”と気づくのでは遅すぎるからである。


<関連エントリ>
 →「原価の秘密 - なぜ、黒字案件だけを選別受注すると赤字に陥るのか 」(2014/07/06)

追記:本項を書くきっかけとなったのは、7月16日に開催された「生産革新フォーラム」(MIF研)における、佐々木俊雄氏の『Dynamic Production Management(DPM)』理論に関するご講演であった。ここに感謝して記したいと思う。
by Tomoichi_Sato | 2014-07-27 11:04 | ビジネス | Comments(3)
Commented by t98907 at 2014-07-28 12:05 x
受注量に対して無駄(だと見えるようなもの)を削れば効率化できる、みたいなぼやっとした方針への反論として面白い記事でした
ブックマークしました
Commented by foobirds at 2014-07-30 18:09 x
素晴らしいです。
医療現場では、稼働率100%に近づけないと経営が成り立たないようになっています。
これがもしかしたら、医療現場のリソース不足、待ち時間の長さ、たらい回しに繋がってるのかも知れないですね。

多分偉い人は気づいてるんでしょうが、放置です。
Commented by ところてん at 2014-07-30 22:35 x
シミュレーションが面白かったので、実際にコードを書いて検証して見ました。稼働率が高まると在庫が増えていく様が非常に面白かったです。
https://gist.github.com/tokoroten/46ee0fbd9a09d69d081c

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