石油・ガス業界のニュースから見えてくる、奇妙な国際関係のループ図

先月、ロシアと中国がシベリア産天然ガスの大型商談で合意したのとほぼ同じ日に、ロイター発で中国の石油・ガス関係のもう一つのニュースがでた。それは最近、中国のイランからの原油輸入量が倍以上に急増した、という報道である。中国は一応、産油国であるが、とうてい最近の自国のエネルギー需要をまかなうことはできず、石油の輸入国でもある。それが、イランから沢山の原油を輸入することで、両国関係をさらに緊密化する傾向にある、という情報であった。

イランと中国といえば、ロシアと並び、米国の世界戦略を邪魔する仮想敵国であり、油断のならない相手である、というのが一般の感覚であろう。それが石油・ガス取引を軸に手をつなぎつつある、という印象をこのニュースは与える。

ところが、ちょっと調べてみると、ことはそれほど単純ではない。まず、中国はかなりいろいろな国から原油を買っている。これは輸入国にとっては、エネルギー安全保障の観点から見て当然なことだろう(日本もそうしている)。その輸入の最大の相手は、サウジアラビアであり、それに並ぶ第二の輸入国はアフリカ南西部の国・アンゴラである。3番めが中東のオマーン。そして、従来はロシアとベネズエラが4位5位あたりに並んでいた。そこにイランが食い込んできた、といっても、まだ全体の第4位にすぎない。かわりに、サウジとベネズエラからの輸入量が多少減っている。たしかにイランからの輸入は1年前に比べ倍増したが、オマーン、イラクからだって倍増している(International Oil Daily誌5月22日付け記事による)。したがって中国が、経済制裁にあえいできたイランとの関係を、石油輸入によってことさら緊密にした、というのは当たらない。

むしろ、中国とイランの関係でいえば、問題が生じている。じつはひと月ほど前、イランが油田開発のビッグ・プロジェクトで、発注先であった中国CNPC社をクビにした、という驚くべきニュースが業界紙にのった。それも、日本には因縁のアザデガン油田である。アザデガンは世界級の埋蔵量を持つ大油田であるが、開発はまだ進んでいない。資源小国・日本にとって、海外に大きな石油権益を持つことは長年の夢であったが、かねてより原油輸入で比較的良好な関係にあったイランからの申し入れもあって、ここを開発する計画があった。しかし、(Wikipediaなどではきわめて抑えた筆致になっているが)アメリカの横槍があって事実上断念せざるを得ず、結局その一番美味しい果実は中国がもっていったのである。

ところが、中国CNPC社による南アザデガン油田開発プロジェクトの進捗は、ひどく遅れていたらしい。業を煮やしたイランは、数回の公式な警告と3ヶ月間の猶予期間をおいたのち、結局契約をキャンセルしたという。記事によるとイラン側は、現場に来ている中国人たちが「ろくに働きもせずダラダラ遊んでいるだけ」と、相当に辛辣な物言いをしている。言われた方のCNPC社というのは、前回も書いたロシアとの大型ガス商談の契約当事者である。

中国にはCNPC, SINOPEC, CNOOCの大手石油三社があり、どれも貪欲に海外展開中だ。しかし、Petroleum Intelligence誌(5月26日付)はこの事件で、「中国の国営石油会社の海外プロジェクト遂行能力には大きな疑問符がついた」と書いている。じっさい、CNPC社は同じイランで2年前に、巨大ガス田South Pars 11から同様の理由でクビになっているし、そのライバルSINOPEC社もヤダヴァラン油田で似たような状況に陥っている。イランだけではない。アフリカのチャドでは環境汚染をめぐり1200億円の罰金を課せられたり、とにかく中国が近年進めてきた資源投資プロジェクトは、あちこちでほころびを見せているのだ。

さて、イランをめぐっては、もう一つ奇妙なニュースがある。中東問題の専門家である東京財団の佐々木良明氏のBlogで知った(www.tkfd.or.jp/blog/sasaki/2014/02/no_1832.thml)のだが、英国はイランのメラト銀行に対し、40億ドル(約4,000億円)もの巨額の賠償金を払うというのだ。メラト銀行はイラン最大級の民間銀行である。そこに対し、英国政府が賠償金を支払うべし、と最高裁で判決が出た。なんの賠償か? それは、メラト銀行がイランの核開発プロジェクトに関わっているとの、事実無根な風評を英国政府がまきちらし、営業妨害をしてきたことで生じた、商業上の被害に対してである。つまり、風評被害というわけだ。もっとも英国のThe Guardian紙などによると、英国政府は最高裁判決が出た後も、まだぐずぐずと支払いを遅らせているという。

さて、このニュースは何を意味するのだろうか? 英国は稀に見る公正な民主主義国で、三権分立が確立し、司法が政府の不法を懲罰することもある国家だ、と見ることもできよう(もちろん英国はそう見てほしいだろう)。しかし、もう少しイジワルな見方もある。英国政府は、イランの資源が欲しくて、イランとの関係改善をねらっている。ただし米国との協調関係の手前、表立っては動けない。そこで、司法に賠償金の判決を出してもらった。それすら不服で、従いたくはないのだが、最高裁の命令なのでいたしかたなく払う・・という演出にした。

どちらが真実なのか。むろん、わたしには分からない。たぶん、永久に誰にもわからないのだろう。英国外交とはそういうものなのだ。英国は20世紀のはじめ、イランの石油の1/10とひきかえに、コサック部隊の軍人を支援してクーデターを起こさせた(と聞いている)。シャー・パーレビ政権の誕生だ。日本ではなぜか「パーレビ国王」と誤訳されてきたが、シャーとは、ロシアのツァーなどと同じで、「皇帝」という意味である。パーレビ政権とはその後半世紀の間、ゴタゴタしてきたが、結局イラン革命で追い出されて、関係が切れたままである。英国は隣のイラクとも、思うようにはできていない。ために、そろそろイランとよりを戻すことを考えてるのかもしれない。

ところで、わたしは一年前の記事:「シェールガス革命と、エネルギー価格のゆくえ」 (2013/04/28)で、英国の石油メジャーであるBP社とロシアのロスネフチ社との資本取引を通じて、ロシアが英国に対して、外交上の貸しを作ったことを指摘し、「今後、ロシアの重要なデシジョンにおいて、英国が何らかの後押しを目立たぬ形でするのではないか。」と書いた。

昨今のウクライナ情勢、とくに英国の煮え切らない態度を見ると、昨年のこの予想を裏付けているのではないか、という気がしなくもない。石油・ガス業界のニュースを見ている限り、ロイヤル・ダッチ・シェル社も、BP社も、ロシアとの共同プロジェクトへのコミットメントは継続すると表明している。いや、英国ばかりではない。フランスの準メジャー級石油会社トタルも、米国のExxonMobil社でさえ、ロシアでの投資継続を表明した。つまり、少なくとも現時点では、欧米の石油業界の間には、ロシアと手を切って戦うべきだ、という雰囲気はない。

いや、当事者のロシアとウクライナでさえ、ガスの取引に関しては、いろいろジャブの応酬はあれども決裂状態ではないのだ。石油・ガスの供給には影響がない、とロシア側も欧米側もいっている。ロシアの大手石油・ガス関連企業は、いずれも欧米のメジャーとパートナリングを組んでおり、かつ金融市場から巨額の借金を負っている。つまり、欧州はロシアのガスに依存し、ロシアは欧州の資金に依存している。"If the world shuts down Iranian oil and gas exports, Iran is in trouble. If the world shuts down Russian oil and gas exports, the world is in trouble."(世界がイランの石油・ガスの輸出を禁じれば、イランはこまる。しかし世界がロシアの石油・ガスの輸出を止めれば、こまるのは世界のほうだ)というPetroleum Intelligence Weekly紙(3月10日)が、業界のムードを示しているのだろう。

2月中旬頃だが、ロシア問題を専門とするエコノミストの方の話を聞く機会があった。まだロシアがクリミア半島を併合する前だったが、すでにウクライナ問題がかなり深刻化した時期だ。その時、その専門家は、ウクライナの現在の事態は、ロシアの勢力の増大ではなく、むしろ地盤沈下を示しているのだ、と語ったのが印象に残っている。ロシア経済は長らく不況であり、もはや石油・ガスと武器輸出くらいしか頼るものがない。産業が育っていないのだ。それゆえ、プーチン大統領の権力基盤も実際にはかなり弱まってきた。もしロシアの影響力が非常に強ければ、あんな混乱した状態に陥る前に、もっと目立たぬ形でウクライナを従わることができたはずだ。--そういう話だった。だからこそプーチンは、中国との天然ガス商談を、かなり妥協してでも結びたかったのだろう。

かくして、話は、中国→イラン、イラン→英国、英国→ロシア、ロシア→中国、と一巡する。この順に、それぞれ悩まされる種を抱えており、こっそりギブ&テイクの関係をとりむすぼうとしている訳である。こんな風に、素人が片手間にちょっと見ただけでも、石油・ガス業界の目立たぬニュースをつないでいくと、目に見えにくい蜘蛛の糸のような形で、世界のあちこちがループのごとく結びつきあっていることがわかるのだ。

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だから、できるなら我らが政府にも、こうしたエネルギー関係の情報分析の専門家をおいてほしいと思う。エネルギー基本計画の遂行や修正に必要だからである。情報とロジスティクスは、わたし達の社会において一番弱いところだ。むろん外交や防衛関係分野では、情報専門家が熱心に収集と分析を続けている。しかし、彼らは西シベリアの天然ガスとヘンリー・ハブ価格とのスプレッドなどには、注意を払うまい。え、日本には総合商社がいる? もちろん、商社はそうした情報を知っている。しかし商社にとって情報は飯の種である。他社に知ってほしくない情報は、出すはずはない。だから、専門官がいるべきだと思うのだ。

わたし達が住んでいるこの世界は、見た目より、ずっと複雑なものである。複雑なものは、むりに単純化して理解せずに、複雑なまま頭に入れる努力を払わなければならない。そうしないと、予測を誤るだろう。そして、毎度書いていることだが、予測こそ適切な計画の基礎なのである。
by Tomoichi_Sato | 2014-06-01 23:29 | ビジネス | Comments(0)
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