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アメリカン航空に乗るおじさんの日記 - サービス業の本質とリスクについて

ロス・アンジェルス空港についたのは朝の10時過ぎだった。デンバーへの接続便は午後3時前の予定だ。待ち時間が数時間あるが、接続ではありがちなことだ。時間を過ごすため、わたしは同僚のFさんと一緒にアメリカン航空のラウンジに入った。飲み物をとって椅子にくつろぎ、まだ時差ボケの頭でとろとろと過ごしていた。

午後になり、飲み物をもう一回取りに行くついでに、大型ディスプレイをチェックした。発着便の予定時刻とゲート番号が表示されている。ここのラウンジでは静けさを守るため、一々のアナウンスはしていない。最近はこういう所が多い。ところで、デンバー便を見て驚いた。On TimeとかDelayedとかステータスを表示する欄に、赤い文字で"CANCELLED"とあるではないか。

あわててFさんと一緒にカウンターに行き、担当者にたずねる。キャンセルとあるが、どういうことか。相手は(白人の中年女性だったが)、"Yes, it was cancelled."と平然としている。理由は"Mechanical"だという。機械トラブルだ。あのね、そういうことくらいはアナウンスしてくれなきゃ、こまるじゃないか。相手はごく普通な調子で、つまりとくに恐縮したふうでもなく謝るでもなく、代わりの便を見つけましょう、と端末を操作する。あいにく、今日の夜の便はもう満席です。でもUS Airwaysになら、夕刻の便で2席空いています。

(これから先、航空会社の固有名詞をいくつか出すが、それはどこかの会社をホメたりクサしたりする目的ではない。ここでは、米国でたまたま経験した、サービス業の本質について書きたいのである)

アメリカン航空はUS Airwaysと合併することを発表している。それで、同社の便をまず探してくれたらしい。それはいいけれど、予約までは自分はできない。3/31までは別会社だから。でも、(と、ここで3m横のカウンターの別の女性をさして)彼女はUS Airwaysの社員で、彼女の端末からなら予約できるから、あとはあそこのカウンターで話してくれ、という。顧客サービスのために、合併前だが、US Airwaysの係員をこのアメリカン航空のラウンジにも置いているのです、サンキュー。

なぜ彼女は自分でやってくれないで、すぐ隣りにいる別の担当者にわざわざ客を回すのか。べつに、不親切な性格だからではあるまい。米国では、仕事には必ず職務記述書Job Descriptionという書類がついてまわる。職務記述書には、その仕事の権限と責任範囲とが明確に、事細かく列挙されている。Work scopeと呼ぶ。雇用契約と給料は、そのWork scopeにもとづいて決められている。たとえ顧客サービスとか親切心とかであっても、自分の責任範囲を超えたことをすると、処罰される可能性が高い。そういう風に、米国のビジネス文化はできあがっているのだ。

われわれは言われたとおり3mほど横に移動して、US Airwaysの女性係員にもう一度事情を話した。せめて話しくらい通してくれよな。ともあれ相手はてきぱきと事務的に端末を操作して、夕方の便はフェニックス乗り換えで到着は夜12時近くなるが、かまわないかとたずねてくる。我々は明日、デンバーの企業と打合せがあるのだ。夜中着でもしかたないから、とってくれ。

彼女は、チェックインした荷物がないか聞いた。わたしは全部機内持ち込みだが、Fさんはスーツケースを1個、預けていた。本来であれば、午後のアメリカン航空便に乗せられるはずで、今はこのロス・アンジェルス空港のどこかにあるのだろう。では、その荷物もUS Airwaysのフェニックス便に乗せてもらう必要がある。Baggage Change Orderを発行する、と彼女は言った。Change Orderとは変更指示で、我々の業界では顧客から追加費用をもらうために耳慣れた用語だった。でも、物流ハンドリングでも、やはり変更オーダーと呼ぶのだな。へんなところで感心した。

さてGentlemenよ、ここはアメリカン航空の第4ターミナルである。貴兄らはUS Airwaysのある第1ターミナルに移動してもらわなければならない。But, don't worry. 空港内シャトルを使えば、もう一度セキュリティ検査を通る必要はない。

ご存知の通り、空港は客が自由に出入りできる一般エリアと、飛行機のゲートに通じるセキュリティエリアに分かれている。他のターミナル建物のゲートにいくためには、一度、一般エリアにでて移動してから、再びセキュリティチェックを通る必要がある。米国では9.11事件以降、「愛国法」の施行によりチェックがかなり厳しく、靴も上着もベルトも脱ぎポケットの中身も全部だして、へんてこな機械の中で「手を挙げろ」の姿勢でスキャンを受けなければならない。とうぜん、どこも長蛇の列である。それを再通過せずにすむのはありがたい。わたし達は言われた場所にいって、シャトルバスに乗り込んだ。滑走路と同じ場内を走るバスである。

ところが、そのシャトルバスは、少し走り出してから、停車したままになった。5分たち、10分たっても、動き出す気配はない。前にも車が何台も並んでとまっている。運転手は無線で誰かと大声でスペイン語で怒鳴りあっている。米国では、単純労働者など下積みの仕事は、いわゆるヒスパニック系の人が多い。だから仕事の会話の多くはスペイン語で行われる。何かトラブルがあって、通常のルートが止められているらしい。間に合うのかな、と心配になった。乗り合わせた別の客もUS Airwaysのターミナルにいくという。フェニックス便だというから、きっと同じ運命にあったのだろう。しかし、彼女は何故か平然としている。「フェニックス便も遅れているって聞いたから。」

業を煮やしたバスの運転手は、かなりの遠回りをして、とにかく我々を隣のターミナルに運んでくれた。奇妙な非常階段をあがって、裏口からゲートにたどり着く。ところが、せっかくたどり着いたら、申し訳ないけれどゲートを変更するから移ってくれとアナウンスがある。飛行機が遅延した時に、よく行われることだ。すでに表示板にもDelayedとある。

夜6時過ぎに出発するはずのUS Airways便が、搭乗案内を開始したのは8時を過ぎてからだった。しかし、こんなに遅れてはフェニックスで乗継できないのではないか? ゲートの係員(これも女性)にたずねると、うん、たしかにもう無理かもしれない、という。ど、どうするのだ? 彼女は、フェニックスに夜遅くついてもホテルはないと思う、明日の朝10時のデンバー便に空きがあるから、今夜はHotel Voucher(利用券)を出してやろう、という。つまり、このロス・アンジェルス空港内のホテルに泊まれということだ。でも、預けたバゲージは? -それはもうtoo lateだから、明日、デンバーで拾ってくれ、サンキュー。

ホテルについたのは9時過ぎである。二人とも疲れきっていたから、簡単な夕食を食べてすぐに眠った。

翌朝、またセキュリティの列を通ってUS Airwaysのゲートにいく。10時のデンバー便を待っていたら、何と! 9時40分になってから、「この便はキャンセルされました」とアナウンスがある。・・神はまだこの上、試練を与え給うのか。カウンターの係員の女性は、居並ぶ怒った乗客に小さな紙切れを渡していく。紙切れには、無料通話のコールセンターの番号が書いてある。ここに電話して、代わりの便を探してくれ、という。

何たる不親切か、と一瞬腹が立った。が、考えてみるとある意味、合理的な対応ではある。客は100人以上いる。ゲートの端末は2台程度だ。これでは待つだけで何時間もかかるだろう。全米相手の予約センターの方がずっと係員は多い。まわりを見渡すとみんな携帯電話にかじりついている。しかたなく無骨なアメリカの公衆電話をみつけて、予約センターを呼び出す。そして、騒がしく聞き取りにくい環境の中、20分以上の押し問答をへて、ようやく午後3時のUnited Airlineの便を予約してくれた。わたし達がその便でデンバーについたのは夕方の6時だった。ロス・アンジェルスからデンバーまで、都合、30時間以上かかった訳だ。

デンバーの空港ビルは新しくて美しい。そして、とても幸いな事に、Fさんの荷物はきちんと見つかった。見つけるまでに、アメリカン航空とUS Airwaysとユナイテッド航空と3箇所をまわらなければいけなかったが、とにかくちゃんとあったのだ。

ホテルに向かうタクシーの中で、つくづく思った。本当にひどい遅延だった。打合せ相手の企業にも迷惑をかけた。しかし、どの航空会社のどの係員も、自分がするべきことだけはきちんと果たした。けっしてにこやかでもない。謝りもしない。英語は早口で、態度はがさつで、施設はしばしば古くて汚れている。しかしシステムができあがっており、それはどれも機能するのだ。ファンクショナルであること、これが第一優先され、そして途中のプロセスや人の「気持ち」はともあれ、結果だけはきちんと出る。わたしは数多くの先進国・新興国を歩いてきたが、米国のこの点だけは尊敬していいと思っている。

航空産業はサービス業である。サービス業というのは、つらい仕事だ。飛行機は、時間通りに飛んで当たり前。荷物は出てきて当たり前。その「当たり前」の期待から外れた時だけは、ひどく文句を言われる。とくに航空産業がむずかしいのは、天候という変わりやすい、予測の難しい外部要因に直接、左右されることだ。つまり、リスクの高いサービス業なのである。

飛行機のリスクというと、普通の人はみな、墜落事故を思うだろう。マレーシア航空の便がミステリアスな失踪をとげた後だから、なおさらだ。しかし、航空産業の本当のリスクは、悪天候や機材のちょっとした故障にある。「稀に起こる危機」ではなく「ありふれたトラブル」の方が問題なのだ。なぜなら、飛行機というのは多数の便が接続し合いながら、全体で巨大なネットワーク・システムをつくっている。どこか一か所でトラブルが起きると、あっというまに遅延が伝播していくのだ。

わたしは、航空会社のサービスの質を決めるのは、第一に、その会社が作り上げた「システム」の信頼性であり、第二に、地上職員の質であると思う。便が故障なく当たり前に飛ぶこと、預けた荷物がちゃんと目的地で見つかること。それが最低限の条件である。だが、リスクの高いサービス業では、その当たり前がときどき働かなくなる。そのときに、地上職員がいかに機転を利かせることができるか。それが、顧客から見た重要な評価ファクターなのである。いったん飛行機に乗り込んでしまえば、あとは食って寝るだけだ。機内食が美味しいかとか、アテンダントが美人かどうかなどというのは、本当に順位の低い評価項目なのだ。だが、システムとかリスクとかをよく理解していない人は、サービス業というのを平常の接客レベルだけで判断しがちである。

あれはエル・パソの空港だったろうか。10年以上前のことだが、悪天候のために乗っていた便が緊急着陸してしまった。空港建物の中で、わたしは、他の乗客20人ほどと一緒に、目的地にいく次の便のゲートに急いだ。しかしあいにく、次の便には空席が10席しかないことがわかった。ゲート前の、恰幅のいい中年女性の係員は、われわれ20人の乗客から、10人をどういう基準で選ぶのか。わたしは幸いにも、国際便への乗り継ぎがあるという理由で乗せてもらえることになった。他にも乗継便のある客を優先した。

あとは? わたしは彼女の采配に注目した。とても難しい判断である。全員に権利があるのだ。彼女は、大量の機内持ち込み荷物をもつ男性客たちを退けて、スペースの効率を考えながら乗客を瞬時に選んでいった。はずされた乗客は文句を言ったが、彼女は決してゆるがない。わたしは内心、舌を巻いた。この時の航空会社はContinentalだったが、機体も古く、食事もたいしたことのない同社が、全米の顧客満足度第一位に当時なっていた理由を、わたしは心底納得したのである。

<関連エントリ>
 →「JALに乗るおじさんの日記」 (2010/02/27)
 →「休めない人々」 (2011/03/12 - あの3.11の翌日に書いたエントリです)
by Tomoichi_Sato | 2014-03-30 22:18 | リスク・マネジメント | Comments(1)
Commented at 2014-08-09 22:50 x
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