プロジェクト・マネジメントの教育について

先日、わたし自身が主査を務める研究部会で『プロジェクト・マネジメントの教育について』という講演をさせていただいた。過去何年間かにわたり、 大学・大学院・自社・他企業などで試行してきたPM教育カリキュラムの内容と課題について、ディスカッションしたいと考えたからだ。当日は普段の倍以上の方が来場され、この問題への関心の高さがあらためてうかがえた。遠くは岩手から参加された方もいたが、都合の合わなかった読者もおられると思い、ここにその一部をご紹介しよう。ちなみに、会の名称は「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」といい、スケジューリング学会の下部組織だが、とくに学会員でなくても自由に参加できるオープンな組織である。

当日の発表内容は、前半が「大学におけるPM教育の実践例から」ということで、主にカリキュラムの内容の話、後半が「PM教育のあるべき仕組みを考える」で、わたしの今の考えを述べたものである。前半は、授業でわたしが学生に問いかける質問集をつかった、インタラクティブな説明なので、ここには再現しにくい。ただ、カリキュラム構成自体に興味のある方もおられると思うので、実際に大学で行っている講義日程だけご紹介しておく。今年度、前期は東大・柏キャンパスの大学院で、後期は法政のデザイン工学部で、それぞれ週1回、「プロジェクト・マネジメント」の科目を教えており、どちらも全部で約15週間である。説明のレベルに多少差はあるが、内容やカバーする範囲に質的な違いがあるわけではない。下記は法政大学での例である。

第1回: Projectとは何か、Managementとは何か
第2回: ゴール・目標・目的
第3回: Scope
第4回: WBS
第5回: 組織と要員
第6回: スケジューリング
第7回: コスト
第8回: 進捗とEVMS / ミニテスト
第9回: 時間管理
第10回:品質と問題解決 / グループ課題出題
第11回:契約と交渉
第12回:プロジェクト評価
第13回:コミュニケーション
第14回:リスク
第15回:グループ課題 最終発表会

第1回と2回は全体のイントロ、第3回~7回がプロジェクト計画立案、第8回~14回がプロジェクト遂行と評価についての講義である。試験は行わない。プロジェクト・マネジメントは知識だけの能力ではないので、ペーパーテストにあまり意味はない。かわりに最後の1ヶ月程度をかけて、班編制でグループ課題に取り組んでもらい、その発表をもって試験にかえる。つまり、小さなプロジェクトを実体験してもらうわけである。採点は、原則として出席と、最終発表の評価(これも学生に他の班を採点させて平均する)を用いる。

なお、途中に「ミニテスト」があるが、これは講義内容をどれくらい受講者が理解しているかをチェックするために行う。わたし自身の教え方のよしあしをチェックするのが目的である。テストというと、学生はすぐ自分達の評価が目的だと思い込むが、本来テストというのは教える側のためのものだ、というのがわたしの信念である(→「品質工学から見た日本の教育の疑問点」2013/02/18 参照のこと)。

さて、後半の話題の出発点は、「そもそも教育とはどういうことか」という“そもそも論”からはじめた。

読者諸賢にもちょっと考えてみていただきたい。「自分は成長した」と実感したのは、どんなときだったろうか?

たぶん、何かを『教わった』ときではあるまい。また、何かの試験に合格したり、どこかに入学したときでもない。自分が成長したと実感できたのは、「それまでやったことのない未経験のことを、自分でやり遂げたとき」ではなかったろうか。

教育とは、人の成長を支援するプログラムのマネジメントである--これが、わたしの理解だ。教育とは、「教え」たり「育て」たりすることではない。相手が学び、育つことをサポートする仕事、つまり他動詞的な行為ではなく自動詞を助ける行為が教育なのではないか。そんな風に、しだいに思うようになってきた。

ここで、「プログラムのマネジメント」という語は、PM理論でいう、「プロジェクトのマネジメント」の上位概念としてつかっている。プログラムは、単発的なプロジェクトを複数、配下に持っていて、それらを協調して動かす事で、ある大きな目的を達成する。そういう意味である。つまり、教育とはプログラム・マネジメントの一種なのだ--そう理解すると、いろいろなことが明確に見えて来るではないか。

プログラム・マネジメントの概念は、日本ではまだあまり普及していないが、大まかに言うと以下のようなステップをとる:

Step 1: ミッション・プロファイリング(「あるべき姿」を考える)
Step 2: プログラム・アーキテクチャ設計(「あるがままの姿」=現状からの変革の道筋となるプロジェクト群を決める)
Step 3: プログラム実行のマネジメント(目標と道筋に沿って、現実に対処しながら進む)
Step 4: 価値実現のチェンジ・マネジメント(到達点で得た能力を、具体的価値に実現する)

ちなみに上記の手順は、日本のP2Mと英国MSPの考え方をつき交ぜて簡略化したものだ。さて、この4つのStepを、PM教育(PM育成の支援プログラム)に適用すると、こんな展開になるだろう。

Step 1. 「持つべきPM能力」を考える
Step 2. どういう段階をたどって育つかを想定する
Step 3. 支援の『仕組み』を作って(システム化)、それを回していく
Step 4. 成長によって得たPM能力を仕事に生かす

組織内でプロジェクト・マネジメントの教育を確立するためには、この4ステップが必須である。第1ステップ(持つべきPM能力)の中身については、組織によってそれぞれ違いがあろうから、自分達の仕事に即して考える必要がある。上で紹介した大学教育のカリキュラムは、2番目のステップの一例で、いくつかの企業で行った入門講座(2日程度のセミナー)を元に作ったものだ。第3のステップ(システム化)は、教育を単発のイベントに終わらせないために重要である。そして第4のステップ、すなわち成長によって獲得したPM能力を、実際の仕事に生かすチャレンジは、それがなかったら何のために教育があるのか分からない。

とくに、Step 3で教育を支援の仕組み(システム)としてとらえるとき、忘れてはならない大事な要素がいくつかある。以前も書いたことだが、人が何かを学ぶ際には

(A) 先生、ないし手本になる人
(B) 基本的な原理原則
(C) 練習の繰り返し

の三つが必要だ(→「それは知識ですか、スキルですか、資質ですか?」2013/06/02 参照)。

したがって、学びを支援するためには、まず、(A)良い教師、(B)原理に基づくきちんとしたテキスト、(C)実戦と研鑽の場、がいるのは自明だろう。そしてたしかに学校という教育機関は、教師・テキスト・教室を必ず用意している。

しかし、その三つに加えて、とても大事なものがもう一つある。それは、

(D)「学びの途中で、まだ成果の出ない者を、待って支える報奨系

である。成長には、時間がかかる。だが、学びの途上にある人は、まだ生かすべき成果を持っていない。つまりコストだけがかかって、ベネフィットが何もない期間が長く存在する訳だ。そこで、この人自身のモチベーションを維持し、また彼/彼女をとりまく家族や職場や上司など周囲の人々の負担を軽くするような報奨系が、教育のシステムにおいては死活的に重要なのだと思う。

e0058447_2353026.jpg


余計なことだが、今日の学校教育制度では、この報奨系がひどくやせ細っているように見える。良い学校に進んで、就活にうまく勝たなければ、一生『負け組』のままだ、といったような、負の脅迫系ばかりがはびこって、“人として成長すればこんなに良いことがある”というポジティブなメッセージが世の中に足りない。育英のための奨学金制度は、社会における報奨系の典型例だが、いつのまにか有利子返済すべき“学生ローン”に大半が変質してしまった。待ってやっている間にも利息が付くからな、という訳である。

人の成長には、“成長してみないと、それがどんな良いことなのか、よく分からない”という性質がある(プロジェクト・マネジメントの能力など、その典型であろう)。また成長とは、自分で少し成長を実感できると、もっと学んでみたいと望む--そういう、ポジティブ・フィードバック型のプロセスになっている。だからこそ、「待って支える」仕組みがとても大事なのである。

もし自分の周囲に良い報奨系が無ければ、きっと、「自分が成長できたあかつきには、さっさとここから抜けだそう」と考える若者ばかりになるだろう。そうなったら、教育システム構築のコストなど、すべて無駄になる。わたしたちの社会が、そんな状態にならないために、教育には「待つこと」と「支えること」が必須なのだということを、わたしたちは忘れるべきではない。


<関連エントリ>
 →「品質工学から見た日本の教育の疑問点
 →「それは知識ですか、スキルですか、資質ですか?
by Tomoichi_Sato | 2014-01-27 23:50 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)
<< オーケストラの指揮者かジャズ・... 書評:「137 ~ 物理学者パ... >>