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今年の抱負はこう作ろう

新年である。新年というのは、『抱負』の時期である。個人・家族でも、友人でも、あるいは職場でも、集まりがあれば必ず「今年の抱負は」ときかれる。

もう一つ、新年は(少なくとも今年は)就活の時期でもある。就活ではこれまた、しばしば「入社後の抱負」なるものをたずねられ、あるいは書かされる。こうして、新年は抱負が世に満ちて氾濫する季節となる。

それにしても、抱負とはそもそもどういう意味だろうか。なぜ、心高まるはずの語句に、「負け」の文字が入っているのか? ちょっと不思議だ。そこで辞書を引いてみると、『抱負』とは、心にいだく“思い”や“こころざし”のことだ、とある。

じつは、「負」という漢字は元々、人が貝をかかえる形から来たらしい。貝殻は古代、貨幣の代わりであった。だから漢字では、財・貨・資・寶(宝)など、財産に関係する文字の部首に、貝が登場する。負という漢字も、人が何か大事なものを持ったり、かついだりすることを表している(「背負う」という言葉には、まさに負の字が使われる)。「自負」だとか「負荷」だとかもその文脈である。そういえば、「請負」という語にも負が出てくる。「請負という字は、何かわれてくなったらけ、と書く」という古いジョークが建設業にあるが、本来は負うという意味である。ところが古代中国では、この文字の発音が「北」(敗北に表されるように、敗れるの意味)などと共通のため、負けの意味にも使われるようになったらしい。

そして抱の文字は、これも右側の「包」が胎児をおなかの内にかかえている形をあらわす。というわけで、抱負というのは大事なものごとを自分のうちにかかえること、さらには心の内に抱えた思いなどを表すのである。

では、のぞましい抱負の書き方、抱き方とはどんなものだろうか。わたしは、三つの条件があると思う。

いうまでもないが、まず具体性が大事である。たとえば、「今年一年、充実して生きたいと思います」では抱負にならない。聞いている人にピンと来ないからだ。聞いた人の心の中に、成功のイメージが思い浮かぶように表現することが望ましい。

では、たとえば「今年は営業成績が部で一番になりたいです」ではどうか。とりあえず、具体的だ。ま、ありがちな抱負ではある。ところでちょっと考えてみてほしい。新入社員を一同集めて、入社後の抱負をたずねたとする。すると全員が「社長になりたい」といったら、どうだろうか?

新入社員が仮に100人いたとして、その中で望みを叶えられるのは、まあ多くてもただ一人だけである。100人の全員の抱負を実現させることは、事実上、できない。つまり、会社がこの新人全員を応援することは不可能、ということになる。だって実現できないんだから。

いいかえるなら、抱負を述べるときは、周囲の人や上の人がサポートできる抱負、サポートしたくなる内容をいうべきなのだ。ならば、別に社長のポストに限らず、役員だろうが部長職だろうが、限られた枠を大勢であらそうような抱負はふさわしくないことになる。いや、「○○大学合格」や「司法試験突破」だって似たようなものかもしれない。定員数はそれなりに大きい。だが、全員の希望を実現させることはできない。こうした望みはいずれも、他者との競争の結果(すなわち相対評価)で決められる。だとしたら、抱負を考えるにあたっては、順位より能力(絶対評価)を望むべきだろう。

それをもう少し敷衍すると、抱負では地位(Be)より行為(Do)を主軸におくべき、ということになる。「である」事より「する」事を。地位や資格とは結局、なにか行為をできるようになるための前提条件だからである。

二番目に大事なことは、少しだけ背伸びした抱負を持つことだ。「今年は毎日、会社(学校)に通いたいと思います」というのは、(その人が引きこもりや病気だった訳でもない限り)あまり感銘を受けない。誰が聞いても「そりゃ当然、実現可能だわな」と思うような抱負は、役に立たないのである。自分にとって、もう少し難易度の高いところを狙わなくてはならない。

それでは、どれくらいハードルを高く上げるべきなのか? たとえば、成功確率=10割だとまずいのであれば、8割くらいならばいいのか。それとも、成功確率=5割、つまり半々程度で実現できるのが適正なのか。いや、2割ぐらいか。それとも、5%? いっそ、0.1%では?

もちろん、こうしたことに正解はない。ただし、あまり難易度を高く設定しすぎると、本人もすぐ息切れするばかりか、周りの人も白けて応援する気持ちを失うだろう。背伸びした抱負を掲げる理由は、それで「張り」のある過ごし方をしたいからである。だから、「自分がやる気を出し続けられる」程度に設定すべきだ。

そしていうまでもなく、新年の抱負なら、1年の終わりに結果を判定できる(反省できる)よう、明確にすべきだ。抱負をいって、ただ言いっぱなしにしないためである。背伸びした抱負なのだから、ときに、いや、しばしば、実現できずに終わるだろう。だが、どれだけ成功に近づけたのか、何が足りなかったのか、経験から自ら学ぶために、いわば抱負の「決算報告」が必要なのである。

そのためには、傍の人間も成否を判断できるよう、具体的なことがら(できれば数字)を設定するべきだ。「今年は頑張って英会話を勉強します」みたいに、『頑張って』という曖昧な修飾語で表現せず、「今年はTOEIC 650点達成を目指します」とか「英語でも人前でプレゼンできる能力を身につけます」などと表現するほうがはっきりする。

まとめると、「イメージが浮かぶよう具体的に」「少し背伸びして」「成否がはっきり判るかたちで」抱負を考えるべきだろう。そして、考えたら、それを口に出すだけでなく、文字に書いておくことが大事である。たぶんこの『文章化』が一番大事なポイントかもしれない。なぜなら、抱負を持つ最大の理由は、これからの方向性を定めて、見失わないようにしたいからである。

人の気は変わりやすく、世の中の風向きもうつろいがちだ。それでも、風まかせでなく、方角を定めて自力で航海したいなら、目指すべきことを言葉にしてみる。短くていい。長い文章である必要はない(長いと自分も他人も読まない)。箇条書きでいいし、項目数も、三つ前後にまとめる(まちがっても7項目以上にしないこと)。そして、ときどき見直すよう、自分で目立つところにポストすること。

結局、抱負というものは、新年に限らず、どんなチャレンジにも掲げるべきなのだろう。それは、自分が成長するために必要なのである。たとえ何歳になったとしても、新しい年を漫然と暮らさず、成長できる年にするために。・・なんとなく、新年なのでちょっと格好つけて書いてしまったけれど、それがわたしの本心からの願いである。


by Tomoichi_Sato | 2014-01-03 18:14 | ビジネス | Comments(0)
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