レベルいくつの議論をしているの?

わたしの働くエンジニアリング業界では、プロジェクトの構造や規模感について、ほぼ国際的な常識ないし合意事項がある。我々の業界で大規模プロジェクトといったら、予算総額1,000億円以上を通常、指す。そして大規模プロジェクトを構成する種々の単位作業(Activity)の総数は、大ざっぱに3~5万程度だ。もっとも最近はプラントの大型化が進み、規模感はややインフレ気味だが、上記の数字は一つの目安になる。

ところで、Activity数が3~5万と書いたが、これはプロジェクトを構成する最下位のActivity数である。プロジェクトを作業単位に階層的に分解して管理番号をつけ、予算や要員やスケジュールをコントロールしていく基準とする手法は、現代プロジェクトマネジメントの基本である(この作業の階層構造をWBS = Work Breakdown Structure と呼ぶことは、本サイトの読者諸兄ならばよくご存知と思う)。そして、ここで「最下位のActivity」というのは、普通「レベル4」に位置付けられる。

WBS の階層は、上から順に数字で数える。最上位のプロジェクト自体は「レベル0」であり、プロジェクト直下の、すなわちプロジェクト・マネージャーが直接差配する大くくりな作業区分を「レベル1」と呼ぶ。以下、レベル2,レベル3,と階層を下るごとに作業単位が細かくなり、一番下の担当者が走り回る作業をレベル4と呼ぶ。

この階層レベル感覚は、業界全体が順当と考え受け入れている慣習で、欧米の石油メジャーだろうが新興国の新参エンジニアリング会社だろうが、グローバルに共通である。契約書に付随する技術仕様書などにも、例えば「建設段階のスケジュール・コントロールはレベル3の工程表を作成し、1,000-2,000程度のActivity数で構成すること」みたいな要求事項が書かれていたりする。「いや、俺んところは別の分解の仕方が好きだ。せいぜい2階層にして…」などといっても海外では通用しない。

さて、ここからが本題だが、ビジネス界では、どのような事項も多くは階層的になっている。企業組織もそうだし、予算管理もそうだし、課題設定などもそうだ。あるターゲットを決めて、それに対する手段や方策を区分列挙し、総合していくやり方を、英語で"Structured Approach"と呼ぶ(「Structured Approachができる人、できない人」 2012/07/08 参照)。このアプローチは必然的に、階層化された表現とフィットする。

たとえば経営コンサルタントはよく、「工場の利益増大」といった上位課題を、「生産量の拡大」「生産性の向上」「在庫の圧縮」「仕入原価の削減」といった下位の課題に順次展開していく課題展開法を用いるが、これもこのアプローチの一つである。そして、このような課題展開図を作成したときは、レベルの数字を書き入れる。工場の利益増大はレベル1、在庫の圧縮がレベル2、手待ち在庫の最小化はレベル3という具合だ。課題の解決方法を議論する際は、「今どのレベルの議論をしているのか」をつねに意識させる。

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このように、課題のレベル感を意識する習慣を持つのは、とても有効なことだ。というのも、我々の議論がこんぐらがる原因の一つが、異なるレベルの議題を持ち込むことにあるからだ。今の工場で重要なのは生産性の向上か仕入れ原価の低減か、というレベル2の話をしているときに、最新のCADツールを導入すれば設計の能率がはかどるからぜひ予算を、といったレベル4の提案にこだわるのは賢い態度ではない。

もちろん、上位レベルの施策というのは、それ自体では抽象的で実行しようがない。だから下位レベルの具体的アクションまで、最終的にはおろしていく必要がある。ただ、現場に近い人間ほど、レベル5あるいはレベル5的な細かな制約にこだわりがちだ。その際、“どのレベルの話をしているのか”を互いに自覚できれば、「レベル4のこれこれの制約が現場にあるから、そのレベル2の施策は無効だ」といった、一足飛びの議論を避けることができる。

ミクロで細かな状況について検討するときに、マクロな情勢の優先度を忘れない態度のことを、『大局観』と呼ぶ。つまり、レベル感覚は大局観をやしなうのに有効なのである。

技術者という種族は、どうしても具体的な細部にこだわる傾向が強い。また日本を含む東アジアの文化は、欧米に比較すると、ディテール指向であるように思われる(同じプロジェクトに携わっていた米国人の同僚が、“なぜ非常にdetail orientedな議論をしたがるのか”と不思議がっていたのを、よく思い出す)。そこで我々の議論は、すぐに具体的個別性の藪の中に迷い込みがちである。欧米が何もかも優れているとは思わないが、彼らの抽象思考の能力は学びたいことの一つである。レベル1ならレベル1の世界の中で、彼らはちゃんと仮説を立て論証し演繹することができる。そこがしっかりしていると、実行段階でいろいろなことが起きても、大局観があまりブレずにすむ。

もう一つ。最初に書いたように、大規模プロジェクトのWBSを展開して数万のActivityを洗い出す際も、せいぜいレベル数は4程度でとどめる。階層の数が意外と少ない、と感じないだろうか。階層構造を作るときは、どちらかといえばフラットな形に展開し、あまり縦方向に深掘りしないでおく。この点は重要だ。

なぜかというと、タスクや課題の階層は、それを追いかけるための管理組織構造と結びつくからである。どんな人間でも、自分の目できちんと見ていられるのは、自分の担当するレベルの上下1階層か、せいぜいもう1階層下くらいまでである。プロマネはプロジェクトのレベル1を見るのが主な仕事だ。レベル2くらいは、必要に応じて口を出すかもしれない。しかし、それ以下のレベルについては、誰かに移譲してコントロールをまかせる事になるだろう。工場長は、工場レベルの課題や、その下の部署レベルの課題は相談に乗るだろう。しかし、明日の製造品目はどれにしましょうか、といったレベルの事までは面倒見きれない(それがよほどの大事であって工場長決裁を必要とするような問題でない限り)。

だから、階層を深く深く作ってしまうと、管理階層もそれだけ入り用になる。そうすると、遠からず管理過剰になって、余計な問題が生じてくる。ロジカルで頭のいい人が課題展開作業をすると、やけに厳密に階層を区分して、8レベルや10レベルまで出来あがったりする。しかし、階層区分は「良い加減」でまるめる技能が必要である。システム工学風にいうと、「深さ優先」でなく「幅優先」でツリーをたどることになる。

4レベルで3~5万という数字は、1レベル増えるごとに、13~15くらい枝が分かれる事を意味する。これが一つの目安なのだろう。そしてこの数字は、「組織のスケールアップと変曲点」で書いた、一人の管理者が持つべき部下の数と、偶然かもしれないがほぼ一致している。

もちろん、上に書いたレベル数は、相対的な位置で、企業内の絶対値ではない。工場長にとってレベル1の課題は、もしかすると会社全体ではレベル2なのかもしれない。大規模プロジェクトといえども、会社ではビジネスユニットの下のレベル2の仕事だったりする。

国全体の経済でいえば、レベル1の問題は、首相や閣僚や知事がかかわるべきものだ。業界単位の問題は、まあレベル2。そして、SONYやトヨタがいかに大企業であれ、個別企業はレベル3の話題であろう。今日のメディアは、どうもレベル6かレベル7くらいの話題をセンセーショナルに取り上げるのが好きなようだ。だが、レベル2くらいの重要な、しかし記事の見出しになりにくい、ゆっくりした大きなトレンドを、かえって見逃す傾向がある。

そうした中で大局観を失わないためにも、わたし達は、どんな議論であれ、全体のスコープの中でどのレベルの話をしているかを、つねに意識する態度を身につけるべきなのである。

関連エントリ
→「Structured Approachができる人、できない人
→「組織のスケールアップと変曲点
by Tomoichi_Sato | 2013-06-30 21:08 | ビジネス | Comments(0)
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