オークション理論と「勝者の呪い」

ミクロ経済学の一分野に「オークション理論」と呼ばれる研究領域がある。広義のゲーム理論に属し、最近注目度の高まっている分野だ。わたしが主査を務めるスケジューリング学会の「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」でも、昨年夏に政策研究大学院大学の安田洋祐先生を招いて、講演していただいた。ところで、わたしが前回書いた入札は、ある意味でオークションの一種である。では、オークション理論とは何なのか、昨年の講義録などを紐解きながら、ちょっと勉強してみよう。

オークションというと、英国のサザビーズやクリスティーズなど、美術品の競売がすぐ連想される。参加者同士が、互いに値をつりあげていき、最後に残った者が(つまり最高値をつけた者が)その品物を落札することができる。格式ばっていて、派手であり、かつ競り合いの様子がその場で見える。ちょっとした見ものである。

ところで、同じ公開の場でのオークションで、かつ最高値をつけた者が落札する仕組みなのに、まったく逆のプロセスをたどる方式もある。つまり、売り手である主催者が、最初に高い値段を設定する。そして、それを少しずつ下げて行く。最初に手をあげてその価格に合意した参加者が、落札できる。オランダで発達した方法で、日本でも花き市場などで採用されている。オランダ生まれなので、これを、「ダッチ・オークション」と呼ぶ。そして英国流の競り上げ方式を、「イングリッシュ・オークション」と呼んで区別する。

さて、我々が普通ビジネスの世界で行う入札は、こんな人前でのオープンな競り合いはしない。価格と、様々な条件を書いた見積書を、(ライバルに覗き見られないよう)封書にして提出する。クローズドな条件下での競争だ。それも、一度提出した価格は勝手に変えることはできない。こうした方式を、「封印入札」とよぶ。そして、販売入札では最高価格をつけた者が落札できる(なお、工事入札では主催者側が買い手だから、逆に最低価格をつけた者が落札する)。

さらに、この封印入札にも変種がある。それは、一番良い価格を提示した者が勝つのだが、その時の2番目の価格でそれを売買する、という仕組みだ。切手売買の世界などで行われてきたらしい。一見、奇妙な方式だが、たとえば「1円入札」などの弊害を防ぐことができる。1円入札とは、売値わずか1円の見積で応札するやり方で、もちろん採算などあうはずはない。だが、どうしてもその仕事をとりたい、メンツをかけてでもライバルを妨害したい、という業者が行う、イレギュラーな行為だ。1円という価格が「前例」になったり、無理な受注で遂行が破綻しかけたり、現実には多くの不都合が生じる。2位価格なら、こうした問題を多少は防ぐ事ができる。

オークション理論の創始者であるヴィックリーは、この2位価格入札に、新しい生命を吹き込んだ。これこそ理論的に最も美しく合理的な競争方式だ、というのである。絵画などの競売では、品物の「価値」は参加者各人が、自由に、自分の価値観のみに照らして決めることができる。ところで、2位価格入札においては、入札者は自分の感じる価値を、そのまま提示価格とするのが最適戦略になることを、彼は数学的に示した。

それだけではない。ヴィックリーは、この2位価格封印入札と、イングリッシュ・オークションが実は戦略的に等価であり、また逆に通常の1位価格封印入札とダッチ・オークションが等価であることを明らかにした。

2位価格封印入札と、イングリッシュ・オークションが等価だというのは、ちょっと奇妙な気がするが、これは落ち着いて考えてみると分かるはずだ。ある美術品を、自分は1億円の価値があると感じ、ライバルは9,000万円だと思っている。他の参加者はもっと低い値打ちしか見ていない。このとき、ササビーズのオークションなら、順に値をせり上げていって、8千万円台の後半で、ライバル以外の競争相手は黙って降りてしまうだろう。ライバルは9,000万円で声をかける。このとき、自分は1億、と正直に言う必要はない。相手より少しでも高い、9,100万円の値を出せば、もう相手に勝のだ。だから、競り上げ式競売では、実は参加者の中の第2位価格が、事実上の落札価格になる。

そして、この2位価格封印入札では、入札者は自分の感じる価値を提示価格とするのが最適戦略(ナッシュ均衡)になる、というのがヴィックリーの発見だ。これは、数学的には非常に美しい性質であり、多くの研究者を引きつけた。ヴィックリーはさらに、競争者が多ければ一位価格オークションも二位価格オークションも、売り手にとっては期待収入が同じになるという「収入同値定理」を証明して、後にノーベル経済学賞を受賞する。余談だが、彼は受賞のニュースを聞いた3日後に亡くなるが、「ビックリーして死んじゃいました」というのが日本の研究者でつぶやかれているジョークだそうだ(^^;)。

オークション理論はこの後、“どんな方式をとれば主催者側の利益が最大化するのか”(とくに複数の財を同時に扱うとき)という『制度設計』の方向に向かう。これは'90年代の米国で、周波数帯など公共財の入札方式に応用されて、大きな社会的価値を生む。またヴィックリーお勧めの2位価格入札は、2000年代の初めに、ネットオークション世界最大手のeBayや、世界最大の広告業者であるGoogleの広告オークションAdWordsなどに採用されて、ネットの分野で次第に広まっていく。

ところで、わたしのような受注ビジネスに関わっている人間にとっては、主催者側の制度よりも、入札者側の戦略の方に興味がある。2位価格入札では、「自分の感じる価値」をそのままオファーすることが最適戦略だと、理論は告げる(1位価格入札では少し安めが最適になる)。ところが、これには前提があって、美術品や切手のように、買い手が自分で、他人とは関係なく、純粋に『価値』を決められること、との条件がついている。私的価値(Private Value)と呼ばれる条件である。

しかし工事入札などは、そうではない。どこかに真の評価額があるのだが、見積の誤差のために、参加者は正確にはそれを決められない。とはいえ、対等な能力を持つ参加者同士では似た評価をするわけだ(このような条件を『共通価値』Common Valueという)。おまけに、それ以上は赤字になる原価ラインがあるから、ナイーブに値引きすると、落札した後で後悔することになる。これを『勝者の呪い』と呼ぶ。それを避けたい者は、逆に消極的な入札をして、あまり値引きをしなくなる。というわけで、主催者側から見ても、競争が売り手の利益には必ずしも貢献しないことになる。

この『共通価値』の条件下では、数学的な扱いがかなり面倒になるため、理論解析はあまり進んでいないようだ。そこでわたしも微力ながら、この問題について少し検討してみた。見積誤差がある時には、真っ正直な入札者だけの競争でも、安めの落札価格となって、一種の「勝者の呪い」が生じることを、前回示した(『競争入札における見積精度とコスト超過のこまった関係』2013/05/19)。

では、入札の競争相手が真っ正直であるとき、自分はどのような値引き戦略が最適になるのか。見積精度を±5%(AACE Class 2)とし、通常の利益マージンを10%とした場合、計算手順は省略して結論だけを述べると、入札者が2社の場合、利益の期待値はおよそ6%となる。3社相見積もりの環境では、通常の見積よりも4%ほど出精値引きして応札するのが最適であるが、その時の利益期待値は約5%にすぎない。利益が5%といっても、そもそも見積精度が±5%なのである。最初からぎりぎり塀の上を歩いているようなものだ。しかもこれは、「相手は正直者」という前提での計算である。相手も同じように値引きを書けてくる場合、最適価格はさらにこれを下回るのは明らかである。

となると、結論は明白だ。単なる値引き合戦は無益だから、価格だけの勝負の場に引きずり込まれてはいけない--これが大原則である。もし、それがどうしても避けられないなら、どうするか。さらなるコストダウンを追求する? でも、それは競争相手もやっていることだ。そもそも、購入材料費も人件費も相場というものがある。

だとしたら、とるべき方策の一つは、外部調達の比率を下げて、内製化率を上げることだろう。スループットを上げる、と言いかえてもいい。そうすれば、一つには、見積精度を上げることができる(毎回外から買うからコストが読めなくなるのだ)。また、価格変動リスクへの耐性を強めることができる。無論、すべて外注化して、競わせれば安くなるはずだ、という従来の常識の逆を行くことになる。でも、それも当然なのだ。薄利の世界で無理に競わせれば、相手を破壊するだけだというのが、上で見た理論の結果なのだから。
by Tomoichi_Sato | 2013-05-26 19:30 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)
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