日本のメタン・ハイドレート活用をはばむ(かもしれない)陸上側の課題とは

日本近海には天然ガス資源の一種である『メタン・ハイドレート』が大量に眠っている。メタン・ハイドレートとは、メタン分子を水分子が取り囲むような形で固体化した包接化合物で、低い水温と高い圧力のもとで生成する。一種の透明な氷に似ているが、メタンが閉じ込められているので火をつけると燃える。このメタン・ハイドレートの採掘を実用化すべく、国の後押しを受けて研究者たちが最近活発にチャレンジしていることは,新聞報道などで見た人も多いだろう。エネルギー資源をほぼ100%近く輸入に頼っているわたし達の社会にとって、自国内に未開発資源が大量にあるというニュースは心強い限りである。

さて、半年ほど前だが、東大柏キャンパスで開かれた日本船舶海洋工学会の秋期講演会に呼ばれて、「石油・ガス開発における国内産業界の取り組みについて」の題で講演をした。これは『我が国の海洋産業について考える』というオーガナイズド・セッションの一部で、メタン・ハイドレートなど海洋での非在来型エネルギーを、陸上側における石油・ガス産業などが利用する際の課題について話してもらいたい、との要請であった。船舶海洋工学会に集まる参加者は、いわば海の人々で、陸上の事情にはあまり詳しくない。だから課題があればともに考えていこう、とのご趣旨である。

海底に眠るメタン・ハイドレートをどうガスとして採掘し取り出すか。たしかにこれは技術的に非常にチャレンジングで面白い課題だ。とくに安全かつ効率的に取り出すのは難しい。メタン・ハイドレートはある意味、不安定な物質で、下手に刺激すると爆発的な乖離を引き起こすらしく、北欧の深海底には自然に引き起こされたらしい大規模爆発の跡が残っている。しかし、かりにうまく海の真ん中でメタンガスを効率よく採取できたとして、それをどう利用するのか。エネルギーが足りないのは日本の本土なのだから、船の上で燃やしても何の役にも立たない。陸まで持ってこなければならないのだが、わたしの考えでは、そこに4種類の課題がありそうだ。

課題その(1)は、ガスの前処理と輸送方法の適切な決定である。普通に考えるなら、ガス・パイプラインによる陸地への輸送が第一の選択肢となろう。ただ、パイプラインは相当の距離を、それなりの深度の海底に敷設することになるので、コストと安全性の両面で不安がある。ガス中の水分・CO2などは、パイプラインに送り込む前にある程度除去しておくことが望ましい。これは採取地点のあたりに浮体構造の処理設備をおくことでなんとか解決するだろう。

もう一つの選択肢は、LNG化によるLNGタンカー輸送である。浮体構造の天然ガス液化プラント(F-LNG)で液化し、LNG船で輸送する方法だ。ただし、これを実現するためには、産出ガス量がある程度必要であり(あまり少量だとLNGプラントの効率が上がらない)、当然それなりの投資額となる可能性がある。

陸上まで無事に運んだとして、次なる課題その(2)は、陸上側での受入基地の設置である。受入基地の目的は、ガスの精製・貯蔵・陸上出荷だ。産出されるガス組成と輸送形態にもよるが、我が国の厳しい環境規制に適合したガス精製・貯蔵設備と広い土地が必要になる。メタン・ハイドレートでいま注目されているのは南海トラフだが、そうなると和歌山や四国・九州南岸あたりに立地が必要である。また、通常の天然ガス精製技術はある程度確立しているが、ハイドレート由来ガスに関してはチャレンジも生じるだろう。

しかし、活用における最大の障壁は、課題その(3)の「販売のサプライチェーン整備」にあると考えられる。受入基地まで運び込まれた天然ガスは、当然ながらその先に販売チャネルが必要である。ところが、ここにエネルギー・サプライチェーンの分断という問題が立ちはだかるのだ。

周知の通り、我が国のエネルギー業界は消費者への供給形態にしたがって、「石油業界」「ガス業界」「電力業界」という風に分かれている。資本関係も互いにほぼ独立である。これは日本の特色と言っていい。本来エネルギーというのは互いに転換可能であり、じっさい日本では天然ガスの国内用途の約7割が電力(火力発電所)に使われている。そのため海外では、同一企業グループが石油もガスも発電も取り扱う形態が多い。石油メジャーや韓国の財閥などはその典型である。

しかも日本の電力ならびに都市ガス業界は、地域独占事業の形態をとっている。全国区でエネルギーを販売しているのは石油業界だけである。ガス業界はさらに、導管供給主体の「都市ガス」業界と、「液化石油ガス」(プロパンガス)業界に分かれる。都市ガス業界は、東京・大阪・東邦・西部の大手4社の他に、中小規模の地域会社が多数存在する構造だ。というわけで、消費者用・事業用を問わず、ガスの販売業者は地域性が強い。

この問題をさらに難しくているのは、日本におけるガス・パイプライン網の欠如である。我が国には米国のような広域ガス・パイプラインが存在しておらず、また将来も引けないだろうと予測される(理由はここには書けないが、この予測に同意する業界人は多いはずである)。このため、ある地域で受け入れたガスを、他地域のユーザーに輸送供給するのは困難だ。だからメタン・ハイドレート由来の天然ガスを、どの地域の基地に受け入れるかは、各社にとって死活的に重要となる問題なのである。

せっかく日本近海でメタン・ハイドレート採取が実用化しても、それはごく一部の地域しか恩恵をもたらさない可能性がある。その根本原因は、わたし達の社会に総合的・全国的なエネルギー・サプライチェーンが存在していないことにある--物理的なインフラの意味でも、業界構造や地域独占の壁という意味でも。理想をいえば、いろいろな地域で、自由な発想を持った供給業者が競争し、それを他地域の消費者が自由に選べる形となることが望ましいのだが、残念ながら一朝一夕には実現するまい。

では、どうしたらよいのか。

一つの方法は、ガスを採取する洋上プラントで、同時にガソリン・灯軽油化することである。天然ガスを物理的に冷却・圧縮するLNG化と異なり、化学反応によって石油中間留分に転化する技術をGas to Liquid(GTL)と呼ぶが、これはすでにカタールや南アなどで実用化されている。そして、ガソリンや灯軽油ならば、通常の安価なタンカーによって、日本のどこにでも輸送が可能である(LNG船はそれ自体が高価な上、LNG受入基地は日本に少ない)。さらに、石油製品の輸送網は全国化しているため、サプライチェーンの問題も小さい。

もう一つの方法は、天然ガスとして陸上に受入れ、その場所でエネルギー複合供給ビジネスを起こすやり方だ。単に都市ガスとして域内に供給するだけでなく、同時に発電ならびに地域熱供給事業も行う。電力ならば、一応、電力網を超えて販売することも可能だ。供給の安定性や操業の自由度から考えた場合、このように都市ガス・発電・熱のコンビネーションで複合供給ビジネスも構想しうるだろう。先の方法と組み合わせて、GTLをメニューに入れるのも一案だ。無論、こうした取り組みには、地域と業界の規制の壁を超えるための様々な工夫が必要かもしれないが。

いずれにしても、海底のメタンをうまく掘り当てたとしても、それを本土に持ってきて活用するまでには、かなりいろいろなチャレンジが想像される。事業費もかなりかかるだろう。だとすると、最後の課題その(4)として、ファイナンスとリスクの克服をあげなければなるまい。海洋資源開発事業は巨額の投資を必要とし、リスクも大きい。リスクの中には、国内あるいは国際的なガス価格の下落なども含まれる。そう言う意味で、たとえば石油天然ガス・金属鉱物資源機構など公的資金の最大限の活用が望まれようし、もちろん賢明なるわれらが政府は、すでにその方向に向けて課題を整理中、だと信じたいところである。
by Tomoichi_Sato | 2013-05-06 16:46 | サプライチェーン | Comments(1)
Commented by kogyoku2004 at 2013-05-10 01:32
領海内の海底メタンは、日本海側の方が有望なようです。新潟県沖では、メタンハイドレートの気泡(プルーム)が自噴しているそうです。また、その周辺では海底から吹き出したメタンが高圧下でメタンハイドレートになっている事も確認されています。日本では、独立総合研究所の青山繁晴氏がラジオ番組(ザ・ボイス)でよく話題にされています。
http://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2007/x6.html

海底が採掘するメタンは、氷に閉じ込めたハイドレート状態で陸上まで運搬するのが安価で効率的かと思います。

ガスハイドレートペレットによる天然ガス海上輸送に関する研究
http://www.nmri.go.jp/main/publications/text/H15.HP.kouennkai/2(oota).PDF

以上、参考までに。
石水
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