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書評:「その未来はどうなの?」 橋本治

その未来はどうなの? (集英社新書)

昨年の8月に出たばかりの橋本治の近著。あとがきによると彼は重い病気でしばらく入院しており、やっと退院した後で出した最初の本らしい。そういう状態で書かれた本書は、しかし、彼の最近の著作の中でも最も出来の良い優れた評論集だと思う。

連続したエッセイの形でテレビ、ドラマ、出版、シャッター商店街と結婚、男女、歴史などの未来について論じている。テーマの選び方がいかにも橋本流であり、そしてどれも非常に面白い。

たとえば彼はTPP (環太平洋パートナーシップ協定)に加入した後の未来について論じているが、加入後にどうなるかは分からないと、最初にはっきりと書く。しかし「どうすべきか」という問題の立て方をしなければいけないのに、「どうなるのか」というパッシブな思考方法では、出発点からして間違っている訳だ。

「『初めに結論ありき』のこの国では、考えられるメリットとデメリットをあらかじめ提示して、その後に判断を仰ぐという習慣がないので、賛成側が一方的に賛成意見をいい、反対側が一方的に反対意見を言うだけ」だと彼は指摘する(p142)。

「(双方とも)前向きな結論だけを求めていて、その結論にいたるのを妨げるものは、『ない』にしてしまう傾向があります。だから、本当の問題が何なのかは見えなくて、いざというときにはこうすればいいという危機対策もいい加減になってしまう傾向があるのです。」(p146) ー だから想定外の事象に立ち向かえないのだと、彼は断じる。

その同じ傾向は、ドラマの未来を考える局面でも現れる。近代日本のエンターテインメントの源流の1つに講談がある、と彼はいう。今でもその名を冠する大出版社があるくらいだが、「講談は、近代前期の日本人の中に、どんな無茶なことでもなんとかしようと思えば何とかなる、と言うとんでもなく前向きな世界観を確立してしまいます。」(p36)。

その流れを受け継いだ典型は、吉川英治の「宮本武蔵」だったし、現代においては「少年ジャンプ」のマンガ群かもしれない。それは人々のニーズから生まれ、人々に簡単な『人生の指針』を与えもしただろう。しかし「『めんどくさい事を抜きにして前向きでありたい』ーそんな日本人の獲得した前向きな民力が日本の近代化を達成し、そのあまりにも単純な世界観が日本人を戦争に向かわせたんじゃないかと、私なんかは思っております。」(p36)

ある意味で講談とは対極にある種類の文学に立脚する橋本治は、面倒臭い事をめんどくさいなりに受け入れて考えようという立場だ。民主主義の未来を論じる最終章で彼はこう書く。「民主主義が何も決められない状態に陥ってしまったのは、自分の利益ばかりを考える自由すぎる王様を放逐して、国民が『自由すぎる王様』になった結果です。」(p200)

だとすれば、解決策は1つしかない。国民が王様の立場を辞めて、自分のためだけではなく、みんなのための考えるようにすることだ ー 「自分もみんなの1人なんだから、というのは、結構新しい考え方で、これからのものだと思いますがね。」(p201)

これが病み上がりの橋本治による、本書の結論だ。非常に自由で柔軟な思考に満ちた評論で、かつ文章も平易で読みやすい。最近のおすすめの一冊である。
by Tomoichi_Sato | 2013-04-23 23:15 | 書評 | Comments(0)
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