Drag Cost - 納期を加味した真のコストを考える

Liquidated damagesという英語をご存じだろうか。地震による「液状化の損害」、ではない。Damageはダメージ、被害だが、複数形でdamagesになると、損害賠償を表す契約用語になる。これは主に納期や性能など、請負側が保証すべき義務を果たせなかった際の損害賠償金のことで、あらかじめ契約で規定しておく。とくに納期遅れに対して科せられることが多く、商社やエンジ会社など、海外との契約を多く取り交わす企業では、略して『リキダメ』などと隠語風に呼ばれる。もし英文の契約書にこの言葉を見つけたら要注意だ。

納期遅れに対するLiquidated damagesは、日数に比例して計算する。1日10万円とか100万円で、遅れた日数分をかけて精算する。ただし、一定の上限を定めるのが普通である(たとえば受注金額の8%まで、等)。大型のプラント建設プロジェクトでは1日1億円近いケースもある。厳しい条件だが、逆に後から青天井で請求されるよりは、リスクが明確になるだけ、ましな面もある。欧米の企業は、青天井の遅延損害賠償があるような契約には決して応じない。必ず事前に金額や料率を確定させ、かつ、不可抗力など除外条項をつけた上で契約するのである。

ともあれ、納期の定まった受注型のプロジェクトでは、このようにスケジュール遅れのコストが明確になっているケースが多い。では、自社が自発的に行うプロジェクトの場合、時間の遅れはお金に換算できるだろうか? たとえば、新製品開発である。年末を目指して開発した。しかし種々の事情で、出荷が年明けの2月まで延びてしまった。営業や宣伝部門は文句を言うだろうが、直接なにか損害があったわけではない--こう考えていいだろうか?

そうはいかないのだ。たとえば、製品の市場における寿命が5年だと仮定しよう。そして期待する年間売上が1億円で、粗利が20%、2000万円だったとする。5年間で売上5億、利益が1億円の計算だ。だから、もし2013年12月に出荷開始なら5年後の2018年12月まで、もし2014年2月出荷なら2019年2月までに、この金額を期待できる--と考えるとしたら、それは楽観的すぎる。「製品の市場における寿命」は、物理的な寿命ではなく、市場での競合状況によって決まるのだ。だから、こちら側の上市が2ヶ月遅れたら、その分、売れる期間は短くなってしまうと想定すべきである。すなわち、2000万円×(2/12)=333万円分、利益が減少するのだ。

これは1稼働日あたりに直すと(2ヶ月で40稼働日)、333÷40=8.3万円の勘定になる。1時間あたりだと、約1万円の損失だ。1分で約140円。1秒2円である。「おい!」と言うと2円。1円玉を落としても、拾うのに1秒かかったらもう損失だ。製品開発プロジェクトというのは、冗談抜きで、そういう世界なのである。

では、「受注型プロジェクトだし、別に契約書に遅延賠償条項なんてないし、遅れたら営業と並んで頭下げればいいだけだ」という仕事では、時間はコストにならないのか。

とんでもない。むしろここが大事なところだ。SI業界など受注型ビジネスでは、現実に受注できる仕事量は、プロジェクト・マネージャーの頭数で決まってしまう。しかもプロマネというのは、プロジェクトの最初から最後までどうしても関わらざるを得ない。ちゃんとしたプロマネがいれば仕事を取りに行けるのに、他の遅れた仕事にひきずられて人が空かず、みすみす受注機会を逃す経験をした人も多いと思う。プロマネというのは、受注ビジネスにとってまさにボトルネックのリソースなのである。

あなたの会社で仮に今、プロマネは普通のエンジニアの5倍分の価値があったとしよう(これは5倍の給料をもらうという意味ではなく、会社から見てそれだけ希少性の高い人的資源だという意味だ)。エンジニアの人件費を平均年間500万円としようか。とすると、プロマネの価値は年間2500万円だ。年の稼働日を250日とすると、1日10万円。1秒3.5円だ。さっきの製品開発プロジェクトより、さらに時間のコストが高いことを見てほしい。

さて、ここからが本題である(いつも前説が長くてすみません)。前回、納期遅延を指標化するための、DRAGという尺度を説明した。DRAGは、プロジェクトを構成する作業項目(アクティビティ)ごとに測ることができ、それが全体納期をどれだけ押しているかを表す。DRAGが10日ある作業項目は、10日分、納期をプッシュしていると解釈できる。基本的に、クリティカル・パス上にない作業項目では、DRAG=0である。クリティカル・パス上の作業項目は、並行する作業系列の有無と、それ自体の所要期間によって計算値が変わるが、プラスの値(日数)になる。

ところで、このDRAGの数値に、上で説明した納期遅延のコストをかけたものを、DRAG Costと呼ぶ。たとえば、遅延コストは1日あたり20万円だったとすると、DRAG=8日の作業項目のDRAG Costは160万円、という計算になる。これは、各作業項目が納期に与える影響をコストに換算したものだと思えばよい。

そして当然ながら各作業項目は、それ自体の遂行のためのコストがかかる。かりに前回の図1の例で、遂行コストが以下の表のように与えられるとしたら、遂行コストとDRAG Costの合計値は、一番右の欄の金額になる:

e0058447_23502148.gif


       所要期間、遂行コスト、DRAG、DRAG Cost、総合的コスト
1. 基本設計   20日、 100万円、 20日、 400万円、 500万円
2.1 ハード調達  35日、 400万円、 10日、 200万円、 600万円
2.2 設置調整    5日、  30万円、  5日、 100万円、 130万円
3.1 詳細設計   10日、 120万円、  0日、  0万円、 120万円
3.2 ソフト開発  20日、 600万円、  0日、  0万円、 600万円
4. 総合テスト  15日、 250万円、 15日、 300万円、 550万円


遂行コストだけを比べると、「ソフト開発」が最大に思える。しかし、DRAG Costを加えて総合的コストを計算すると、実は「ハード調達」「ソフト開発」が600万円、ついで「総合テスト」の550万円、「基本設計」が500万円となっていることが分かる。つまり、納期を加味した真のコストの視点では、この順で攻めよ、という事なのだ。

「攻める」というと“無理やりコストダウン”しか連想しないのが、最近の風潮だが、ここでは時間の視点から考えてみよう。まず「ハード調達」だが、この所要期間はベンダーに依存するから、そう簡単には縮まらない。「ソフト開発」は、すでにDRAG=0だから、ここを短縮してもプロジェクト全体の納期は、ちっとも早まらない。

ということは、「総合テスト」を何とか攻めるべきなのだ。たとえば人数を2倍動員して、期間を短縮できないか。むろん、人数を倍にしたからと言って、期間は半分にはならない。人間には必ず学習曲線というものがあるし、人数が増えるとコミュニケーションの手間も増えてしまうのは周知の通りだ。まあ、期間短縮効果は3割といったところだろうか。だとしても、期間が15日から10日になる。遂行コストは、人数が2倍で日数が2/3になるから、全体で4/3倍=333万円だ。しかし納期は5日早まるから、DRAG Costは100万円減る。合計すると17万円分、人をかけても得をすることが分かる。これでも不十分なら、次は「基本設計」だ(もっとも基本設計は人数投入による短縮が効きにくいのは周知の通りであるが)。

もちろん、この分析は、ハード調達先が複数あって、条件が異なる場合にも応用できる。たとえば、
 A社 納期=35日、価格=400万円
 B社 納期=25日、価格=500万円
だったとしよう。総合的コストは簡単な計算で、A社=600万円、B社=500万円となる。高くても、納期の早いB社の方が、このケースでは得になるのである。

DRAG指標と、DRAG Costの概念は、1990年代に米国のSteven Devauxという人が案出した。Devaux氏は、遂行コスト+DRAG Costを、『真のコスト』と呼んでいる。従来のプロジェクト・マネジメントでは、時間は時間、お金はお金で独立した管理対象であり、その間のトレードオフを解決する方法は存在しなかった。彼の提唱したDRAG Cost概念は、この壁に風穴を開ける手法として、非常に有力なものである。むろん、企業で現実に適用する際には、(どんなツールも同じだが)いろいろと工夫すべき課題が出てくるだろう。しかし、理屈をわきまえて進むことと、理屈抜きで走り出すことは、別である。それは航海に出るにあたって、GPSを持っていくかどうかくらい、大きな違いなのだ。DRAGの考え方はまだ日本ではほとんど知られていないようだが、もっと普及されてしかるべきだと思うのである。
by Tomoichi_Sato | 2013-04-02 23:55 | 時間管理術 | Comments(0)
<< 埋没コストの原理と、プロジェク... 「リスク確率に基づくプロジェク... >>