アイデアを『売る』という事

たとえば、ビジネスでうまいアイデアを思いついたとしよう。新サービスでも社内の業務改革でも何でもいい。今まで誰も取り組んだことのない、ブリリアントな案だと、自分には思える。ただし、そのアイデアを実現するためには、自分の権限範囲だけでは足りない。上司を納得させ、予算や人を確保し、あるいは役員会でプレゼンテーションが必要になるかもしれない。とにかく、社内に味方を作って、実現に向けていかなければならない。

英語ではこのような行動の事を、きわめて端的に“Sell”=『売る』と表現する。つまり、アイデアの社内への売り込みである。この言い方は、受注ビジネスで、顧客に案を提出して説得する場合でも同じように用いられる。顧客が奇妙な要求を、(例によって)後出しジャンケンのように出してきたとしよう。当方も作業が進んでしまっているので、対案を考えてうまく通さなくてはならない。この場合、顧客はこちらのアイデアに対して、別に何かお金を払ってくれる訳ではない。時間や投入した労力の成果を、対価として認めてもらうだけだ。それでも、こうした行為を英語ではsellと呼ぶのである。

このようなSellの用法を知ると、我々の「売る」という概念が大きく広がる。直接、金銭的な対価を得なくても、相手のcommitmentを得ること。これが売る(とくにアイデアを売る)事の意義だ。では、この種の『広義のセールス』は、どのようにしたら成功するのか。

ちょっと調べはじめると分かるのだが、既存のセールス論や参考書はほとんど使えない。というのも、従来の「セールス論」の多くは実はマーケティング論であって、大量生産品をどう企画するかがポイントだからだ。そのために、顧客ニーズをアンケート調査しセグメント化し、ターゲットを決めて製品開発し、商品サンプルを作り、広告宣伝戦略をどうするかが論じられる。ここまでをきっちりやれば、あとはセールスマンが多少馬鹿でもドンドン売れてしまう・・という論理でできている。いかにも、本社の優秀なマーケターがすべてを決め、あとは全国の契約セールスマンを動員するだけ、という米国企業文化から生まれた発想である。

それ以外のセールス論となると、今度は「優秀なセールスマンの実体験論」、半分自慢話、みたいなものになる。もちろん、売る商品は自動車とか家電とか化粧品といった、大量生産品のモノがほとんどだ。アイデアをどう売るか、という視点はいかにも弱い。

アイデアを売る事には三つの特徴がある。第一は、個別性である。特定の組織や顧客に向けて、ユニークな案を売ること。これが課題だ。誰でも知っている、共通品的な既存のアイデアは、そもそも「売る」必要なんか全然ない。第二は、無形性である。無形だから、頭の中にしか存在しない。商品サンプルも無い。パッケージ・ソフトウェアは無形だが、あちらはデモという手段がある。第三は、非対価性だ。直接的なお金の対価を得ることが目的ではない。これらの条件があるため、アイデアを売る仕事は、セールスマンという職種への分業委託ができないことが分かる。思いついた人間が、自分でやるしかないのだ。

何かを売るときに大事なことは、自分がまず信じることである。自分がその価値を信じられないアイデアなど、誰かに売れる訳がない。だが、その「価値」とは、金銭ではないとすると、一体何なのか?

じつは、このようなアイデアの価値とは、それが何らかの問題への「解決」になっている事なのだ。売上低下とか、非効率性とか、作業の後戻りといった問題への解決。

である以上、次にするべき事は、説得相手の解決したい悩み(ペイン)を掘り起こして、こちらの解決策に方向づける作業だろう。以前、「問題とは、意識的・無意識的に持つ『期待』と、現状とのギャップである」と書いた(「超入門・問題解決力 - 問題とは何か、課題とはどう違うか」参照)。だが我々を取り巻く問題はたくさんあるし、意識に上っていないものも多い。だから対話による掘り起こしが必要なのだ。とくに「解決方法なんかないさ」と本人が諦めた問題は、意識下に押し込められている。それを意識化させ、すぐにも解決が必要な「ペイン」の状態に持ち込まなければならない。

さらに次のステップでは、相手にも少しは考えさせることが必要だ。部下や発注先の言い出した思いつきに、ホイホイ乗りたがる人間は少ない。それに、自分が考えたことでなければ、誰も深くコミットはしないものだ。

このために、Open question とClosed question を使い分けるスキルを身につけるべきだろう。Open questionとは、whatやhowで始まる、答えに限定のない質問である。たとえば「この問題を放置したら、影響はどこまで現れるでしょうか?」といったのがopen question だ。他方、closed question とは、答えがyes/noとか限られた選択肢だけの問いかけだ。「放置すると最終的にはユーザの使用率に現れないでしょうか?」「ウーン、出るかもなあ」といった感じである。こうした問いの使い分けはディベートや雄弁術でよく利用される。

このような問いかけにより、相手にペインの影響、原因、そして解決できた時の効果の順に考えてもらう。そうすると、相手の心に「対価」としての価値が自然に浮かび上がってくるはずだ。その時こそ、自分のアイデアを売るタイミングなのだ。この手順を踏まずして、ただ「自分のアイデアは正しくてこんなにスゴい」とだけプレゼンしたって、誰も買わないだろう。それでは、相手国の現実やニーズを見ずに、「ウチの製品はこんなに高性能で良い品です」とやって、シェアを落としている企業と同じになってしまう。

もっとも、ただ、このとき相手が全然別の「解決策」を思いついてしまう、というのもありがちなリスクだろう。ここらへんは、相手をどこまで読むかの能力が必要になってくる。

このように、個別性の高いアイデアを売る時には、マクロな(=画一的な)方法論ではあまり役に立たない。つねに直面する相手の出方や望みを察していくことが大事なのだ。その意味で、こうしたアイデアを売る仕事は、きわめてサービス業的であるといえるだろう。そしてサービス業である以上、そこには『感情労働』の問題が生じてくる。

実際のところ、プロマネの仕事の8割は、こうした意味での広義のセールスではないかと、わたしは思っている。それは受注型か自社型プロジェクトかを問わない。だとしたら、マネジメントに携わる人間にとって、(たとえ自社の業界がいずこであれ)流通・サービス業の知恵を学ぶことに価値があるはずだろう。そのような訳で、プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会で、「流通・サービスのエンジニアリングとマネジメント」のミニ・シンポジウムを開催する事にしたのである。

ちょっと宣伝くさい落ちの付け方だが、どうぞ皆さんご来聴ください。何より、無料で、非対価的です :)
by Tomoichi_Sato | 2012-11-19 21:36 | ビジネス | Comments(0)
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