製品のグローバル、組織のグローバル、そして人材のグローバル

あるとき、西日本の食品メーカーを訪れた。製品は地味ながら有名で、関西で知らぬ人はおらず、関東でもちょっとしたスーパーならば必ずおいてある、そんなメーカーである。立派な上場企業だが、年商は数百億、製造業としては中堅規模だ。営業組織は全国にあるものの、工場は本社工場ですべてを生産している。工程の説明をしていただいてから、本社企画部門の方にERP導入プロジェクトの話を伺った。話の内容からきくと、会計系への導入は大丈夫だろう。販売と物流も、細かなことをのぞけばなんとかなるかもしれない。しかし生産管理は、そのパッケージでは無理だと感じた。でも、裏情報によると、米国帰りの二代目役員が言い出したプロジェクトなので、失敗は許されない--そんな話だった。失敗が許されないプロジェクトは、皮肉なことだが、リスクが非常に高い。その案件は結局そのままになった。

さて、話は(いつものことながら)急に飛ぶ。以下は伝聞である。とあるエンジニアリング会社を、英国の外交官の方が訪れたらしい。経営トップ以下おもだった役員が出てきて、ゆっくりと意見交換をされた。この方は日本に滞在中の数年間、いろいろな企業を回って意見交換と情報収集をしてこられたようだ。会議を終えたとき、「これまで多くの日本企業を回ったが、通訳を交えずに、役員の方々とじっくり議論ができた会社は初めてだ。」と感謝の意を表されたという。つまり、他の日本企業では通訳が必須だったし、ディスカッションもあまり内容がふくらまなかった、ということなのだろう。

ありうることだ、とわたしは思った。日本に大手のプラント・エンジニアリング会社は数社しかないが、どこも仕事の大半が海外向けである。そう言う状態が、もう25年以上続いている。英語でまともに交渉や議論ができなかったら、上のポジションにはあがれない業種なのである。しかし、そんな業種は日本では例外的だろう。

ところで、かりにそのエンジ会社に、アメリカかカナダの技術者が社員として雇われたとしよう。海外プロジェクトに従事している限り、設計文書も図面もメールも英語だから、仕事はいいだろう。同僚も一応、(上手下手はあっても)英語を話すはずだ。しかし会社からの通達や、伝票や、社則その他は、ほとんどが日本語であろう。その人は、“これでもグローバル企業なのか?”と文句を言うかもしれない。その問いには、どう答えるべきだろうか。

今や国境なきグローバリゼーションの時代であるとか、グローバル資本主義と国家資本主義の対立の時代であるとか、メディアはかまびすしい。「グローバル人材」をどう育てるかをテーマとした講演会や本の案内やアンケートも、ひっきりなしに来る。一種のブームであろう。ロールモデルとなっているのは、自動車会社や電機業界など、海外で生産・販売している大企業である。さらに、米国その他の多国籍企業も究極のお手本なのだろう。一流大学を出てから留学してMBAなどをとり、外資で活躍した経験のある横文字職業の方々が、そうした世界での流儀と苦心を披露される、という趣向である。

そこで、わが社もどうしたらグローバル化を促進することができるのか、などといった議論が、あちこちの役員会議室や経営企画部門で議論されている、のかもしれない。ブームに対し冷ややかでいられる日本人は少ない。問題を突きつけられたら、とりあえず何か回答を出さないと落ち着かないというものだ。

では、最初にあげた食品会社の例をちょっと思い出してほしい。このメーカーは、西日本のローカル会社なのだろうか? それとも全国企業だろうか。ここの製品がアジアその他、海外でたくさん売れていたら、グローバル企業と呼ぶべきだろうか。彼らはそれを、選んでなったのだろうか?

米国のビジネス用語では、企業の規模あるいは形態を、Statewide, Nationwide, Globalで分類することがある。これにならって、日本企業も「地方企業」「全国企業」「国際的企業」と呼ぶことにしてみよう。地方とは、東北とか九州とか関西とかいった単位である。そうすると、電力会社は(たとえ売上規模が世界トップレベルでも)地方企業という事になりそうだ。他方、小さな特殊ネジ部品を製造する中小企業があり、某有名スマートフォンに組み込まれて世界中に広まっていると、グローバル企業、いや国際的企業である、ことになりそうである。だとしたら、最初の食品メーカーは、全国企業だといっていいだろうか。

もっとも、論者によっては、「小さなネジ部品の製造業者は、自分で世界を相手にしているわけではない。グローバル企業の製品に使われているだけで、直接の取引相手は1社、そこの日本支社なのだから、国際的などとんでもない。マルドメ企業だ」というかもしれない。『マルドメ』とは、“まるっきりドメスティック”な日本の会社を指す、商社の隠語である。電力会社は、海外からLNGなどを輸入しているといっても、商社経由なのだから、多少のスタッフを海外に駐在させていようと、国際的企業ではない、という議論になりそうだ。では、最初の食品メーカーは、全国に営業網を持つから全国企業なのだろうか、それとも本社工場しかないから地方企業なのだろうか?

こういう風に議論が混乱するときは、何か違ったレベルの問題を、同じ論点に持ち込んでいないか疑った方がいい。この場合もそうなのだ。タイトルを見た読者諸賢はすでにご想像いただいたと思うが、グローバル化には、製品、組織、人材の三つの次元があって、区別して考えるべきなのである。製品というモノの国際化、すなわち国際市場での位置は、誰の目にも明らかだ。組織については、その企業が、競争力の『コア』と考える機能部分を海外に出しているかが、モノサシになる。人材も、そうだ。『コア』と考える人材のどれだけが国際化しているかが尺度ではないか。

日本の製造業の典型的な国際化のパターンは、次のようなストーリーだ。まず、製品が全国市場にいきわたる。それから、部分的な輸出がはじまる。性能と品質と価格のバランスが(為替の追い風もあって)適当なため、海外市場でも次第に競争力を発揮する。最初は商社経由の輸出だったが、やがて現地にも営業拠点の支社をつくる。営業はつねにローカルな行為だから、現地採用者が中心になる。さらに、保守やアフターサービスの仕事も必要になる。次第に現地法人はサイズが大きくなる。そのうち、為替が円高の向かい風に逆転する。安価な労働力を求めて、生産拠点もアジアの途上国に展開するようになる。あちこちで作って、あちこちに物流して販売する。だが、主たる技術開発も、初期流動(製造工程の量産化準備段階)も、そして経営戦略立案も、日本の本社が行う。これが現在のおおかたの姿であろう。

モノはすでに国際化した。組織は? もしその会社が、製造・販売や保守をコア機能だと信じているなら、組織レベルの国際化も達成である。そうでないなら、まだ30-40%の国際化かもしれない。人材は? それは分からないが、単なる国籍別社員比率で測れないことはお分かりだろう。

くだんの食品メーカーでは、製品企画と、製造(とくに味の調合)が競争力のコアである。だから、この会社は地方企業なのだ。ネジ部品のメーカーも、電力会社も同じだ。会社の大小にはかかわりない。

もっとも、すべての業種が、モノ→組織→人材、の順に国際化するわけではない。たとえば建設業、受託ソフトウェア開発、部品加工、物流業などは、原則として受注ビジネスであって、自分オリジナルの製品を持っているわけではない。こうした業種では、顧客の提示する仕様や基本設計があり、それを実現することで収入を得る。だから、顧客と対等に議論・交渉できる能力が問われる。そのためモノの国際化はすっとばして、いきなり組織のレベルからの議論になる。最初のハードルが少し高いわけである。

そして、人材だ。これも、コアの人材が問題で、彼らが自国以外の人とも対等な感覚で、協力して仕事ができるかが尺度になる。それは、組織のコア部分が海外に出ているから、必要なのである。社員全員が英語をしゃべれる、だけでなく、英語できちんと海外ビジネスを回せるかが重要だ。極端にいえば、別に通訳経由であっても、相手を不快にさせず、協力と敬意を受けることができれば、海外ビジネスとしては及第点である。逆に海外グループ企業に何万人かかえていても、“あいつらはいつでも取り替えがきく安価なリソースだ”と思っているなら、それはコア人材ではあるまい。コアでない海外組織には、ぞんざいな命令だって、通ってしまう。そのような意味では、世に言う欧米の多国籍企業だって、どこまで「グローバル化」しているのか、疑問に思うことがある。

それにしても、最初の食品メーカーは、まず組織での「全国企業」レベルを目指すべきなのだろうか? わたしは、決してそうは思わない。あの市場規模では、たとえ売上が倍になっても、営業マンと企画と技術と製造とが、本社でワイワイがやがや議論して製品開発を続けるので十分だし、むしろ賢明である。利益がきちんと上がっている限り、無理に東京に本社を出したり外国製のERPパッケージを入れて鼻を高くしたりする必要はないのだ。逆に、エンジ会社の社員がみな英語をしゃべるのは、国内プラント市場が'80年代後半に飽和縮小してしまったからである。生き延びるため、やむなく、外に出たのだ。

グローバル化は、その会社にとって必須の時がこなければ、実現しない。グローバル化それ自体が自己目的となっていたとしたら、それは問題の設定を間違えているのである。
by Tomoichi_Sato | 2012-10-16 23:56 | ビジネス | Comments(0)
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