世界の天然ガス資源と、日本のチャンスを考える

先日、社内の勉強会で若手から、「アメリカのシェールガス革命のおかげで、天然ガス価格が安くなったと言われているのに、日本はなぜLNG(液化天然ガス)を高値で輸入しているのか」という質問を受けた。もっともな質問である。米国における天然ガスは"Henry Hub"と呼ばれる価格が示準となっているが、今年に入ってからはずっと$2~$3/MMBTUである(MMBTUというのは発熱量の尺度で、天然ガスは熱量単位で売買される)。

一方、日本は今年5月の一ヶ月間だけで700万トン以上のLNGを輸入したが、それに支払った金額は5,000億円と言われている(International Oil Daily紙による)。これを熱量単位にざっと換算すると、$17~$18程度だ。米国の市況の6倍以上である。「天然ガスという商品は、買う場所によって値段が違う。全世界一律の価格がある訳ではない」とわたしは若手社員に答えたが、今ひとつ納得できない顔をしている。まあ当然であろう。“買う場所”というよりも、より正確に言えば“買い手によって”値段が違うのだ。その買い手がどこの国の、どんな企業であるかによって。

石炭、石油、天然ガスは世界の主要なエネルギー源だ。化石燃料と呼ばれ、いずれも化学的には炭化水素(CnHm)類で、燃やすとどれも二酸化炭素と水になる。石炭、石油、天然ガスの主要な違いは、炭素と水素の比率の違いである。炭素を1とすると、水素は石炭では1以下、石油なら2程度、天然ガスは4近い。その差は、物理的には固体・液体・気体という状態の違いとしてあらわれる。ついでにいうと、硫黄分や窒素、灰分や重金属などの余計な不純物は、固体や粘度の高い液体の方が取り込みやすい。だから、燃やしたときのダーティさは、石炭>石油>天然ガス、の順になる。熱量とクリーン度の点では、天然ガスが一番なのである。

ところで、サプライチェーンの観点で言うと、商品はその運びやすさ・保管しやすさが重要である。この点、ばら積みがきく石炭はもっとも楽だ。石油は液体だからタンクやローリーが必要になる。一番始末に負えないのは天然ガスである。保管にはボンベや球体タンクを使うが、体積ばかりとる上に、安全にも細心の注意が必要だ。だから運搬の主要な手段は、パイプライン=配管ということになる。そして、輸送手段としてのガス・パイプラインは、一度敷設してしまうと、そう簡単にルートを変えられない不自由さがある。維持を含めて金もかかる。トラックでどこへでも運んでいける石炭とは大違いだ。

読者諸兄は「ナブッコ・パイプライン」という計画をご存じだろうか。東トルコの都市エルズルムを基点に、東欧経由でオーストリアまでつなぐ一大ガス・パイプラインだ。カスピ海沿岸の天然ガスを、ロシアを経由せずに欧州まで供給する予定になっている。現在、欧州はエネルギー源をロシアからの天然ガスに大きく依存しており、その依存度を下げたい思惑と、資源開発をしたいカスピ海沿岸国の願望が一致した形だ。カスピ海沿岸は最近、中東につぐ第二の石油ガス資源地帯として脚光を浴びつつある(もともと中東で石油が見つかる前は、アゼルバイジャンが石油産地として有名だった)。

さらに最近では、黒海に位置するルーマニアのNeptunで、大規模な天然ガス資源が発見された。黒海における天然ガス資源の発見は、現在ロシアからの輸入に頼っている旧東欧諸国のエネルギー地政学を変える可能性がある。

さて、そうすると困るのはロシアである。ロシアはこれまで、半独占的供給者の強い立場から、欧州向けには約$12、CIS諸国向けには約$10という高い価格でガスを売ってきた。パイプラインの輸送費・維持費を含むとしても、ずいぶんふっかけた値段だ(自国内向けは約$3で売っている)。知ってのとおりロシアは世界第2の産油国で、国内産業基盤が脆弱なため、石油・天然ガスの輸出で国家経済が成り立っているといっても過言でない。この国が'90年代の低迷から多少なりとも回復したきっかけは、2003年頃からの原油価格上昇だと考えられている。

もし欧州という有力市場がこれ以上伸びないと、どうすべきか。ロシアが試みているのは、一つは北極圏の天然ガス、もう一つは東シベリアの天然ガス開発である。北極圏、たとえばヤマール半島などの僻地は、資源量は大きいが、従来はこれをうまく輸送する手段がなかった。ところが、近年の地球温暖化の影響で、北極海の航路が新たに現実化してきた。そこで、彼らは液化してLNGにして、米国に売ることを計画したのである。極寒地でのプラント建設と液化輸送で、かなり高価なものになりそうだが、それでもエネルギーの大消費国アメリカの懐を当てにしたのである。

ところが、あにはからんや、その米国ではシェールガス革命と呼ばれる技術革新によって、突如として天然ガスの純輸入国から、輸出国へと変貌することになった。すでに隣国カナダは、従来パイプラインで米国に販売していたガスの輸出量が減ったため、売り先を新たに探しつつある。ロシアも同じように、新たな販売先を見つけなければならない。

ロシアも、カナダも、最も有望な消費国として見込をつけているのが、わが日本と韓国なのである。なにしろこの両国は、合計すると全世界のLNGの4割以上を輸入している。日本は島国だし、韓国だって地政学的に見れば島国同然である。どちらもLNG船での輸入に頼っている。

ちなみに、液化天然ガス『LNG』という商品を、世界で最初に実用化したのは、オイルメジャーのシェルであった。1970年代、東南アジアのブルネイでのことである(その液化プラントを設計・建設したのは、わたしの勤務先だった)。輸出先は、日本である。LNGは、液化→輸送→気化の三段階でそれぞれ複雑な設備が必要だし、各段階でエネルギーを消費してしまうので、パイプラインよりは単価が高くなる。それでも、ずっと輸送上の自由度が大きい。なにより、これで島国である日本市場にもアクセスできる。まことに見事なビジネス開発であった。

爾来、日本・韓国はLNGを積極輸入してきている。日本のLNG需要の7割は、都市ガスではなく火力発電用である。総括原価方式をとる日本の電力会社は、金払いも良いことで知られる。そのせいかどうかはしらないが、LNG取引価格は石油価格と連動する、という契約条項が、この業界では慣習化した。だから日本のLNG輸入価格は今でも高価なのである。

ロシアも、カナダも、そしてアメリカも、今や極東市場への天然ガス輸出を大きな国家的取り組みと考えている。カナダの場合、産ガス地帯から西岸にパイプライン輸送し、液化してLNG化するしかない。米国は産ガス地帯がメキシコ湾岸のため、パナマ運河の制約でLNG船を通しにくかった。だが現在、運河の拡張工事をしており、これが完成すれば大量に運べるようになる。もっとも米国には1930年代に成立した古い法律が残っていて、自由貿易協定を結んだ国でない限り、天然ガスを自由に輸出できない。だから日本は今のところ不利である。

そしてロシアは? 彼らには、二つの方法がある。一つは、東シベリアのガスをパイプラインで太平洋岸に輸送し、ウラジオストックで液化して、日本、韓国にもっていく方法。もう一つは、パイプラインで直接、韓国にもっていく方法だ。日本にもサハリンからパイプラインを引きたいだろうが、こちらは北海道沿岸の漁業権(=既得権)交渉などの手間のため、あまり現実的な選択肢ではないと考えられている。

もっとも、韓国までパイプラインを引くためには、当然、北朝鮮を通さなければならない。公式にはいまだに交戦状態にある韓国は、この計画を認めるだろうか? 建設投資、そして輸送費などの形で、かなり敵に塩を送ることになるはずではないか。

意外に思われるかもしれないが、韓国側はこの話に乗り気のようである。議論はあるようだが、結局、彼らは北朝鮮政府は憎んでいても、同じ民族が飢えて死ぬのを見たくはないのだ。だから、エネルギーと防衛の二重の安全保障の意味で、この計画に乗りそうである。もしパイプライン計画が選ばれれば、ウラジオストックでの液化は無い。

さて、そうなると、日本はどうすべきだろうか。原発が全部再稼働する見通しはなさそうだから、不足分のエネルギーは、当面やはり天然ガスで輸入するのが良さそうだ。ロシアか、カナダか、アメリカか。どれも一長一短ありそうだ。それとも他の資源国か?

あいにくわたし自身は、それを決める立場にない。そこで、かわりに、「日本が良い決断をするための条件」を提案することにしよう。そのためには、三つの条件を満たすことが必要だと、わたしは考えている。第一に、まず(当たり前だが)国としてきちんとした戦略と交渉能力がなければならない。現在、エネルギー資源の確保・輸入は、電力会社・ガス会社と、総合商社などがバラバラに行っている。資金の手当ても個別だ。政財界に相互調整機関があるかというと、そうでもない。おまけに、総括原価方式に慣れすぎた企業は、原料購入での価格交渉能力が高いとは、失礼ながら思えない。ここには、Financingを基軸とした総合的な意思決定・交渉機構が必要になるだろう。

第二に、意思決定のための情報分析機能を政府が持つべきである。ここ1,2年の世界のエネルギー情勢の変動は、過去半世紀にもなかったほど急速で、大きいからだ。世界各国のエネルギー資源や政策の変化について、情報収集・分析する専門官をおくべきとの意見があるが、わたしも賛成である。あいにく日本には本来の意味でのシンクタンク機能がほとんど存在しない。シンクタンクとは、政策立案のための情報機能である。官庁の請負仕事でレポートを作成する会社とは、別ものだと考えるべきだろう。

そして第三は、“現在は日本にとってのピンチではなくチャンスである”と皆が認識することだ。なによりまず、為替が非常に円高である。当面、ドルもユーロも回復しないだろう。これは、海外のエネルギー資源を権益ごと購入するには、絶好の時期なのだ。おまけに、複数の売り手が現れている。こういう時は、最後まで決めるそぶりを見せずに、互いの譲歩を引き出すのが交渉術の基本である。譲歩の内容は金銭かもしれないし、技術協力かもしれないし、あるいは領土問題など他の条項もあり得よう。とにかく、困っている相手に対しては足元を見る--これがビジネスである。なあに、いざとなったら節電でしのげばいいさ、それだけの技術力も国民の団結心もあるから、とかまえて公言したっていいだろう。

繰り返すが、今はエネルギー資源の激変期である。それを乗り切れるだけのクレバーな舵取りを、わたしは一介の市民として、切に望んでいる。
by Tomoichi_Sato | 2012-07-16 19:48 | ビジネス | Comments(0)
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