「進捗(しんちょく)管理」は広く使われている用語だが、じつはかなり誤解されている仕事でもある。製造業の基本はQCD(Q=品質、C=コスト、D=納期)であり、それぞれをきちんと管理していかなければいけない。Qを対象とするのが品質管理であり、Cが原価管理(コスト管理)で、Dつまり納期を守るために進捗をきちんとコントロールすることが、進捗管理の任務である、と。まあそこまでは良いだろう。
ところが、この『進捗』なる概念がくせ者なのである。これほど誤解されやすいものはないのだが、わたしがそう言うと、不思議そうな顔をする人もいる。作業がどこまで進んだか、それが進捗ではないか。とてもシンプルだ--そう思う人は、次の例を考えてみていただきたい。 これは国策である「北海道開発プロジェクト」にまつわる話である。ご存じないかたも多いだろうから解説しておくが、戦後まだ間もない昭和25年に『北海道開発法』という法律が制定された。食糧増産ならびに人口問題の解決に寄与するため、未開の沃野である北海道の大地を農業化しようという壮大な構想を実現する法律である。この法律に従って、北海道開発庁(当時)ができ、昭和27年に「第一次北海道開発五カ年計画」なる計画書を策定した。内容は、農業・畜産奨励・土壌開発(機械力による客土)・道路・河川・港湾整備・・・と多岐にわたり、予算は国費だけで800億円であった。半世紀以上前の金額だから、現在でいえば軽く1兆円を超えるだろう。 (余談だが、この『第一次五カ年計画』という用語を聞くたびに、わたしは“まるで社会主義国みたいだなあ”という感じをいだく。旧ソ連や中国などはこの種の五カ年計画が大好きであったが、日本の官庁も実はそうなのだ。北海道開発だけではなく、たとえば「科学技術基本計画」だとか「海洋基本計画」だとか、いろいろな種類のものが現在も多数動いている。「日本は世界でもっとも成功した社会主義国だ」とかつて中国人に揶揄された言葉も思い出す。そしてまた、官僚主義の病弊に悩む点まで共通だ) さて、当時、北大に中谷宇吉郎という物理学者がいた。氷雪の研究者として有名だがエッセイストとしても知られている。この中谷教授は、北海道開発五カ年計画の最終年となる昭和32年4月に、雑誌・文藝春秋に「北海道開発に消えた八百億円 - われわれの税金をドブに捨てた事業の全貌」というショッキングなタイトルの論文を発表する。この論文の中で、人口増加・食糧増産・農家戸数の増加について詳しく統計数字を分析し、「いずれも達成率ゼロ」であった、と断定したのである。 この論文が出たおかげで、霞ヶ関の北海道開発庁は上を下への大騒動になった、と聞く(そう、この役所の長官は東京の霞ヶ関にいたのである)。そして、開発庁の高官によって、翌月の文藝春秋誌にすぐ反論が掲載される。いわく、 「開発計画は順調に進展している」 「なぜなら、過去の年度で、われわれは順調に予算を消化してきたからだ」-- この論争、どこが行きちがっているかお分かりだろうか? 中谷宇吉郎先生は、目標にどれだけ近づいたかを問うたのに対し、北海道開発庁の反論の方は、“過去にどれだけ頑張ってきたのか”を答えているからである。彼らが怠惰だった、何もしなかった、といえば、それは嘘だろう。とくに現場の人々は努力していたにちがいない。しかし、努力はしても、それが実を結ばなかったのである。では、このような場合、進捗はいくらなのか? 一つはっきり分かることがある。それは、予算消化率=進捗率、ではないという事である。進捗率とは、達成の度合いでなければならない。いいかえれば進捗とは、どれだけ仕事をしたか、で量ってはいけない。「あと仕事がどれだけ残っているか」で量るべきなのである。 進捗管理の目的とは何か。それは『進捗』を「誰かに報告する」ためのものだろうか。そう考えてしまうから、そして、“進捗が上がらないとサボっていると非難される(かもしれない)”と信じるから、進捗管理がねじ曲がるのである。 進捗管理の一番大事な目的は、「この仕事はいつ終わるか」を予測することである。「終わるまでに時間はあと何日かかるのか」「費用はあとどれだけかかるのか」「リソースはあとどれだけ必要なのか」を見つめるために、進捗をはかるのだ。過去に費やした努力も費用も、汗も涙も、直接は関係ない。それは過去の領域に属することがらだ。進捗管理は未来志向の営為なのである。過去の出費や時間を記録する唯一最大の理由は、これまでのトレンドや生産性を知って、今後の予測の参考にすることにある。 たとえていうならば、あなたが知らない街でタクシーに乗っていて、目的地までの進捗を知りたかったら、料金メーターだけを見つめていてもはじまらない。それは過去に走った距離を示すに過ぎない。目指す地点まで、あとどれくらい距離があるかを知るべきなのである。 あるいは、10日分の仕事があったとして、現在、5日経ったからといって、進捗率を単純に「50%」と考えてはいけない。仕事はあと何日分残っているのか、いつ終わりそうなのか、を考えるべきなのだ。あと8日分かかりそうならば、進捗率はあいにく20%ということになる。仮にもし、あと5日分のところまできていたとしても、例えば次の日、顧客の気まぐれや上流側の設計変更のおかげで、実はあと7日かかりそうだ、という状況になったらどうするか。その場合は、「残念ながら今日は進捗率30%まで戻りました」と報告すべきである。 「進捗がマイナスになるような報告なんて許さない」と上司や顧客が言ったらどうするか(そういう残念な人はけっこう多い)。その場合は、“あなたは事実を直視する勇気のない人だな”などと、心の内で思ったりしてはいけない(きっと顔に出るから)。かわりに、「ゴールが遠のいたので、進捗は50%のままです。ただ、そのために生産性が当初予定より下がってしまいました」と答えるべきだ(=現在仕事の半分が残っている建前で、あと7日かかるのだから、この先の生産性は5/7=71%くらいになる計算だ)。もちろん、そんなヘンな計算をするよりも、事実は事実として記録する方が、次回以降の参考になる。事実を直視しなければ、きっとまた同じ失敗を重ねるだろう。どちらがいいか、落ち着いて考えれば分かることだ。 話を戻すと、このような形で進捗をとらえたら、それを工程表に記録(アップデーティング)していく。その方法については前回「イナズマ線と二重線 -- 工程表のアップデーティングとは何か」に書いたばかりだから、ここには繰り返さないけれども、元々の予定線と、現実とを比較する訳だ。 まとめると、進捗管理とは次のような作業になる。 (1)作業の現状を把握する (2)完了までの残りの作業量/作業期間を推定する (3)工程表をアップデートして、予定と現実を比較する (4)予実の乖離問題が見つかった場合は、是正策を講じる この(1)~(4)のサイクルを、定期的に、全部が完了するまで繰り返すのが『進捗管理』である。英語で言うと、"Progress Control" (あるいは"Schedule Control"とよぶ場合もある)。 管理といっても、ManagementではなくControlの領域に属することに注意してほしい。そしてコントロールの出発点は、事実認識である。もちろん事実の中には一般に、良いことも、そうでないこともある。だから、都合のわるい事実認識を拒む官僚主義は、進捗コントロールの最大の障害なのである。
by Tomoichi_Sato
| 2012-02-26 18:41
| 時間管理術
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Comments(1)
Commented
by
とある自営業者
at 2016-07-09 22:40
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進捗管理の勉強が必要になって関連の記事を漁っていたが
この記事の最後のまとめが一番要点を捉えてると感じた。 進捗管理が難しいのは、恐らく見たくない現実をこれでもかというくらい見ることになってしまうため それを回避しようとした結果、どこか地に足のついてない勘違いの管理手法が生まれてしまうのかと思う 北海道開発庁は死んでも自分達の仕事が税金の無駄だとは認めたくない故に心理的瑕疵が生じた結果だと思う。
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