イナズマ線と二重線 -- 工程表のアップデーティングとは何か

先日、拙著『時間管理術 (日経文庫)』を読みました、とおっしゃる方にお会いした。まことにありがたいことだ。ところで、その方が「一番勉強になったのは、スケジュールの工程表の上にイナズマ線を引くことでした、これで進捗の状況を見える化するというのは知恵ですね」と言われたので、こっちの方がかえってびっくりしてしまった。ほめられたからではない。この方の会社では、工程表を一度作成したら、それをそのまま、何の追記もアップデートもせずにずっと使い続けるのか、と思ったからである。

念のため書くと、先方は日本人なら誰もが知る一流企業で、業界ではトップ3に入る会社だし(ただしエンジニアリングや製造業ではなくサービス業だが)、その方だって立派な学歴と経験をお持ちだ。そして、プロジェクト的な、非定型的業務にずっと従事されている。だから意外だったのだ。

工程表は、航海士にとっての海図に似ている。工程表もつくらずにプロジェクトをはじめるのは、海図を持たずに航海に出るようなものだ。この方の会社は少なくとも、きちんと工程表をつくって仕事を進めておられる。ただ、どうやらそれを、そのまま最後までアップデートしないまま、使い続けるらしい。ちょうど、海図をもって航海に出るが、その海図に自船の現在位置や進路・速度を一切記入しない航海士のようなものだ。そもそも、工程表のアップデーティングという概念自体をご存じなかったらしい。

工程表というのは、単なる静的な図表ではない。ここでいう「静的」とは、一度作成されたら、基本的にそれで完成しそのまま参照され続ける種類の文書や情報を指す。たとえば契約書・発注書だとか、プロジェクトCharterなどは静的な文書である。他方、必要に応じて、適時改訂されていくべき種類の文書や情報は「動的」なカテゴリーに属する。プログラムのソースコードや詳細設計書などは典型的に「動的」なものだ。一度作成しただけで完了することは、まず無い。レビューや承認やテストや最終納品のたびに、内容が改訂され次第に最終形に近づいていく。

工程表もこのような意味で「動的」な図表なのである。ただし工程表は、必要時の「改訂」ではなく、定期的に「追記・更新」されていく点で、設計書などとは異なっている。ちょうど海図に船の位置と速度を毎日書き込んでいくように、スケジュールの現状を追記していく。これを『アップデーティング』と呼ぶわけだが、海図と違うのは、船の位置は一点で示されるが、プロジェクトの場合WBSのそれぞれのアクティビティ毎に位置を示す必要があることだ。いわば、プロジェクト工程表とは、船団全体を表示した海図のようなものなのである。

この工程表における現在位置と速度の代表的な表示方法が「イナズマ線」表記だ。これはガントチャート上に、ある時点における進み具合を示す縦線を書き込む方法である。各アクティビティの進捗度に応じて、50%進捗ならば横線のちょうど半分の位置の点を、70%進捗なら7/10の位置の点を選んで、縦につなげていくと、稲妻状の折れ線ができあがる。すでに完了したアクティビティは、単にまっすぐに縦線を引っ張る。すると、予定以上に進んでいるアクティビティは、右側に出っ張り、遅れているものは左側に引っ込むから、どこが進んでどこが遅れているかすぐに目で見て分かる長所がある。

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プロジェクトでは、定期的に工程表にイナズマ線を追記していく。プロジェクト全体のスパンに応じて適切な間隔(毎週とか毎月とか)で書いていくわけだ。そうすると、工程表のガントチャート(横線中心)に、次第に縦線が加わっていって、格子状になっていく。プロジェクト最後になってふり返ると、どこが遅れどこがうまく進んだかを、マクロに見てぱっと判断できる利点がある。

スケジュールのアップデーティングには、もう一つ「二重線」と呼ばれる記法もある。これは、ガントチャートの各アクティビティに、計画線と実績線の2本の線を上下に重ねて引いて表現する方式だ。計画線は、着手予定日から完了予定日までを線で結び、実績線は、実際の着手日から実際の完了日までを結ぶ。ただし本日時点でもまだ完了していないタスクは、継続を示す短い点線を右に書くか、あるいは完了見込日までの横線にする(わたしはこの方が好きだ)。見込日(Forecast date)とは、「現状のままでゆくと、終了日はこの日付になる」と予測/判断された結果である。

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二つの方法には一長一短がある。イナズマ線は進捗のマクロな傾向が見やすいが、遅れたアクティビティが実際にいつ着手したのか分かりにくい。二重線の方は実績をつかまえるには便利だが、定期的に書き加えても経過が分かりにくい。ただ、いずれの場合でも、出発時点での元の計画との対比を主要な目的としている点は共通だ。プロジェクトはなかなか計画通りには進まない。それは経験的事実である。だからこそ、工程表を静的な情報として捉えずに、定期的にアップデートして予実対比していく必要があるのである。

ところが、「見込み日」の概念を知らない企業は世の中に多い。そうした会社では、現実を予想するために、計画のベースライン自体をどんどん変更してしまう。設計の着手が遅れたら、設計の予定日付も変えていく。しかし、この調子で計画を毎日変更していったら、最後に振り返って見たとき、実績は常に計画と一致していたことになる。これで本当に進捗管理といえるのだろうか? 計画のベースラインとは、めったなことでは変えないのが、プロフェッショナルのやり方なのである。
by Tomoichi_Sato | 2012-02-19 22:47 | 時間管理術 | Comments(3)
Commented by dora at 2012-03-03 18:20 x
こんにちは。いつも興味深く拝見してます。

トラックバックしたのですが、表示されないのでコメントしてみました。
(承認されなかったということであれば失礼しました。)

ではでは。
Commented by Tomoichi_Sato at 2012-03-04 23:54
doraさん、こんにちは。トラックバックを否認した覚えはないのですが、承認待ちリストに載っていませんね。どういうことかわかりませんけれども、お手数ですがもう一度トラックバックをかけてみていただけますか。
よろしく。
Commented by dora at 2012-11-07 19:25 x
こんにちは。いつも興味深く拝見させて頂いてます。

スケジュールについて思うことを書いてみました。もしよければご意見をお聞かせ願えればと。(名前のリンク先です。)

ではでは。
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