シェールガス革命と、見えない地政学的地殻変動

技術というものは競争と進歩の世界だとみな信じているが、案外古臭い慣習がいつまでも残ったりするものである。例えば石油の値段は1バレルあたり何ドルという言い方をよくするが、このバレルという単位はその昔石油を入れるのに使った樽の大きさから来ており、1キロリットルが約6バレルに相当する。そして石油工学の分野ではいまだにこのバレルという単位を計算にも使用している。私なども1日20万バレルの処理能力を持つ蒸留装置と言われた方が、tonやキロリットルなどの単位で言われるよりも、ピンとくる。

ちなみに天然ガスの世界では体積を測るときに立方メートルではなく、立法フィートという単位を用いる習慣になっている。実際にプラントの設計をするためのシミュレーターは、SI単位系ばかりではなく、この種の旧弊な単位系もちゃんと取り扱えるようになっている。

しかし上には上があるもので、この種の単位の中でも飛び抜けて馬鹿げたものは「BTU」と呼ばれるものではないかと私は思う。BTUはBritish Thermal Unitの略で、熱量を測る単位である。これは1立方フィートの水の温度を、華氏1°Fだけ上げるのに必要な熱量と定義されている。困ったことに天然ガスの値段は、このBTUで取引されることになっている。というのも天然ガスの組成は産出される場所によって少しずつ異なるので、体積や重さではなく、燃焼熱によってはかることになっているからだ。100万BTUあたり$5とか$10といったふうに値段を表示するのである。

さて、石油取引の業界ではWTIの価格を代表的な指標に使ったりしているが、天然ガスのスポット取引でこれに相当するのがHenry Hubと呼ばれる指標である。この天然ガスのスポット価格は昨年以来、どんどんと価格が低下して、とうとう100万BTUあたり3ドルをきるところまで来てしまった。

ご承知のとおり日本は天然ガスにかなりエネルギーを依存している。特に昨年の福島原発事故以来、今やほんの数基を除いてほとんどの原発が止まっている。その埋め合わせをしているのが火力発電所であり、特にLNG 火力である。だとしたら天然ガスのスポット価格下落は日本にとって、ありがたいことに思えるかもしれない。

ところが違うのである。昨年日本はLNGの輸入量を大幅に増やしたが、それは非常に高くついた買い物であった。

なぜか。それは日本が輸入している天然ガスの価格が、多くの場合石油の価格に連動しているからである。石油の値段は逆に昨年の間どんどん高騰し、とうとう1バレルあたり100ドルを超えてしまった。それに比例して日本の輸入した天然ガスの価格も高くなったのである。これは日本の電力会社など大口ユーザーが資源国との間で結んでいる長期契約のあり方に起因している。契約書に、ガス価格は石油に連動すると書いてあるのだ。電力会社は総括原価方式を採っているため、燃料が値上がりしても電力価格に転嫁できるだろうが、困るのは我々末端のユーザーである。

それにしても、石油の価格が上がっているというのに、なぜ天然ガスの価格は下がっていくのか。その理由は過去数年間の間に急速に進んできた資源エネルギー分野での、目に見えない革命のせいである。その名前をシェールガスという。シェールガスは地層の頁岩(シェール)層から採取される天然ガスで、従来は利用できなかったが、最近の採掘技術の進歩によって新たに利用可能となった資源である。非在来型天然ガス資源とも呼ばれる。

このシェールガスは、アメリカ、カナダ、中国、インド、ポーランドなどの国で大量に存在することがわかってきた。その量は膨大なもので、一説には、現在の消費量で換算しても200年分以上あると言われている。残念なことに、日本にはほとんど見つからない。北米での開発が最近は特に活発である。またガスと同様に、この地層に含まれる油の採取も可能になってきた。

私が学生だったころ、石油の埋蔵量はあと30年だと言われた。この数字は石油価格の上昇とともに増えたり減ったりしていたが、2000年代に入ると「ピークオイル説」が言われるようになった。つまり石油の産出量は、もはや人類の歴史において、ピークを越えて、後は減るばかりだというのである。ところがそれから10年もたたぬうちに、この非在来型資源の発見によって、埋蔵量の数字は大きく塗り替わることになった。昨年12月にカタールで開催された世界石油会議に於いても、多くのエネルギー専門家はピークオイル説の終焉を声高らかに宣言した。

こうして天然ガス生産量の増大に伴い、価格は下がってきている。だが、それだけではない。この世界には一つの重大な地殻変動が起きているのだ。上にあげたシェールガスの産出国は、いずれも中東以外の地域であることに注意してほしい。特に北米、欧州などの先進国に天然ガス資源が多い。現在アメリカ天然ガスの輸入国だが、近い将来は輸出国になると言われている。石油会社や化学会社は、もう暑い思いをして不便な中東に資源を探しに行かなくても良くなるのだ。

これはすなわち、中東世界の影響力低下、地盤沈下を意味している。今は石油の首根っこを押さえられているから、先進国も中東諸国の意向を無視できない。ホルムズ海峡を封鎖する可能性があれば、原油価格も跳ね上がる。しかし今後は、そうならないかもしれない。列強の介入が中東地域の分断を生んできたことは事実だから、欧米の干渉が薄れれば、この地にも少しは平和が戻るのかもしれない。あるいは逆に内輪もめがひどくなるかもしれない。確実なことは、この地に米国の軍隊のプレゼンスが減ることだ。彼らの関心は、もっぱらアジア太平洋地域における中国との覇権争いになるだろう。

小さな技術的進歩が、大きな社会的変化を生むことは時々ある。TCP/IPネットワークや電子メールだってその一例だろう。シェールガスの採取技術も、その一つなのかもしれない。無論、たとえたくさん見つかったと言っても、石油や天然ガスが有限であることに変わりはない。使えば、いつかは無くなる。わたし達は、いつか行き止まりになる文明ではなく、持続できる社会のために、もう少しだけ技術を工夫すべきではないだろうか。それが技術の面白さというものなのだ。
by Tomoichi_Sato | 2012-01-20 23:59 | ビジネス | Comments(0)
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