契約は他人のはじまり--または、海外プロジェクトの基本的感覚

10月にPMI日本支部の「PMI Japan Festa」に呼ばれて、『海外プロジェクトとプログラム・マネジメントの勘所 ~ リスク戦略を考える』という、はなはだ大げさなタイトルの講演をさせていただいた。その講演では、日本企業が直面している“海外プロジェクト”で陥りやすい問題点や、過去の成功体験がなかなか通用しない理由、そしてリスクに対する考え方などを、ざっと自己流に披露したわけだが、その中で、こんなクイズを聴衆の皆さんに出して考えてもらった。

問題のシチュエーションは、こうである:「外国企業から受注した大規模プロジェクトを開始して6ヶ月。設計がほぼ固まったので、仕様にもとづき外注製作の見積をとったら、なんと当初予算より5割増の金額がオファーされてきた。予算は、プロジェクト開始前に概略仕様をもとにベンダーからとった参考見積で決めたものだ。しかしこのベンダーいわく、仕様拡大ならびに資材価格高騰のため、元の値段ではできないという。3社に引合いを出したが、いずれも同じような回答だった・・・」

さて、あなたならどうするだろうか?
(1)予算がないので、意中のベンダーに対し「指し値」で交渉する
(2)発注経験はないが、安いと評判の新興国ベンダーをみつけて発注する
(3)3社の中から発注先を選び、客先には追加予算を請求しない
(4)顧客に状況を説明し、もっと予算をくださいと要求する

(1)は、発注者が下請ベンダーに対してかなり強い立場をもっている時に(しばしば建設業などで)行われる方法である。(2)は製造業で最近かなり行われ、とくに中国ベンダーからの調達が多いようだが、品質や納期トラブルなどで痛い目にあったケースも聞く。わたしの予想では、聴衆の多くは(1)か(2)を選び、残りがやむを得ず(3)を選ぶだろう、と思っていた。

ところが驚いたことに、2/3近くの人が、(4)「顧客にもっと予算をくださいと要求する」に手を挙げたのだ。つまり、分かりやすく言えば“お客に泣きつこう”という行動を選択するというのである。実は半年ほど前にも、大阪で別の講演をした際に、同じクイズを出したことがあった。その時も半数以上の聴衆が(4)を選んだのだが、“うーん、大阪ってやはり、浪花節が通用する世界なのかな”と思った。しかし東京でもほぼ同じ結果が出て、ひどく考え込んでしまった。

ちなみに、このクイズをわたしの勤務先の若手エンジニア達にしたら、ほぼ間違いなく、こう反応するだろう。「その仕事はどういう契約形態ですか? もし一括請負契約なら、(3)を選ぶしかないですね」。わたしの勤務先はエンジニアリング会社だが、海外顧客向けのプロジェクトが85%以上である。海外プロジェクトでの普通の感覚はこれで、おそらくライバルの同業他社に働く若手だって、同じ答えをすると思う。別にプロマネでなくても、設計専門部のエンジニアの、これが普通の態度である。つまり、仮にお客に泣きついても、“それは君たちの責任範囲だ”と言われて話はお終いになるから、(4)は考慮の対象に入らない--そう、みな考える。

海外、海外といっても広うござんすで、日本以外の事情を、一律でこうとは言えないだろう、という反論はもちろん分かる。しかし今日、欧米相手でも、アジアや南米の新興国相手でも、その契約的ふるまいの規範はほとんどの場合、英米がこの1世紀ほどの間にしいてきた路線の延長上にある(中国だけは多少違うといってもいいが)。それはすなわち、「自分は自分、他人は他人。協力はするが、お互いの合意した責任範囲は、互いが責任をとる」という原理に立っている。自他を区別する原理、と言ってもいい。自分と相手の間には、透明だが固い壁のようなものがあって、それで領域が仕切られている。その各自の領域をScope of Workと呼ぶ。PMBOK Guide(R)にいうScope Managementとはここから出てきた概念である。

ただし、ここで言う責任とは「遂行責任」である。お金の支払いについては、大きく一括請負契約と、実費償還契約に分けることが出来る。一括請負契約のもとでは、先に述べたケースで、途中で思わぬ見込み違いがあっても、予算追加は顧客に要求できない。自分の責任でベンダーを選び、赤字や納期遅延は自分の負担になる。

ところが『実費償還契約』ならば、上のケースでは客先の承認を条件に、5割増の費用での発注を認めてもらえる。ただし、わたし達はサービスの人件費をもらえるのみである。というのも、実費償還契約では発注は客先自身の行為だからだ。当方のscopeは発注先の評価選定というサービスに限られている。以前も書いたが、一括請負契約は食べ物屋で言えば「おまかせ」であり、実費償還契約は「おこのみ」型である(厳密に言うと両者の間にはいろいろなバリエーションがあり得るが、ここでは省略する)。

米国では、いろいろな経緯から、実費償還契約がけっこう幅をきかせている。これはscopeに曖昧性がある場合に、客の側が注文を選べる自由度を持ちたいからだ。ただし全体としては、どちらかといえば一括請負契約を好む傾向がある、と米国人から聞いたことがある。

一方、日本のビジネス慣習では圧倒的に一括請負契約が多い。しかもこの一括請負契約、じつはscopeの区分が曖昧で客先はいろいろ注文をつけたがる、という代物である。あとで注文をつけるくせに、金額はいったん決めたら滅多なことでは追加を認めない。つまり、顧客と受注者側を仕切る壁は、ひどくソフトでウェットな壁なのである。「すり合わせ型」といってもいい。自他の区別と責任範囲の概念は、ひどく希薄である。それでも受注者側がついて来られたのは、ある局面で損失を出しても、相手に泣きつけば、先々の取引の中でなんとかカバーしてあげよう、という暗黙の合意があったからである。

そのような関係は、高度成長からバブルまでの右肩上がりの時代には、たしかに成り立った。しかし低空飛行のこの20年間は、もはや“先々の取引”の保証がなくなってきたはずだ。にもかかわらず、両者の意識はなかなか変わっていないことを、最初のクイズの回答が示しているようだ。困ったらとりあえず客に泣きついてみる--この意識の根強さに、わたしは驚いたのである。この意識のまま、海外プロジェクトに取り組むのは危険きわまりない。見えないが固い壁にぶち当たって、玉子みたいにつぶれてしまうのがおちだ。しかも、海外の現場でプロマネがそうした困難にぶち当たっても、本社のマネジメント側はちっとも問題のありかが想像できないし、解決も支援できないのである。

英語教育者として知られた中津燎子氏が以前、本の中で書いていた言葉がある。ある知りあいの若い女性から、“国際人としての心構えの基本”をたずねられたのだった(今だったら、“グローバル人材の条件”という質問になっているだろう)。それに対する答えは「あなたが朝、食卓に座って、お母さんがお茶を入れてくれたら、『ありがとう』と言いなさい」というものだった。あなたと、お母さんは別人である。ほかの人があなたに何かをしてくれたら、(たとえそれが無償であれ有償であれ)まず、Thank youと言う。自他を区別する--それが世界での基本である。ちっとも大げさなことではない。そういう意味の回答だったが、はたして質問した女性には、その意味が本当に分かったかどうか。

互いに別の、自立した者同士が(個人だろうと法人だろうと)、何かを協力しようと合意したら、それぞれの責任範囲を果たすべし、というのが世界の常識である。わたしの勤務先の大先輩と最近お会いしたとき、「海外の顧客の方が、日本の顧客よりも、実はずっとやりやすい。なぜなら、そこにはルールと線引きがあるから」という意味のことを言われていて、わたしも同感だった。これ自体は、日本でだって常識であるはずだし、あるべきだ。ただ発注と受注という関係をとったとき、なぜかそこに「上下関係」みたいな封建制の遺物的な意識がいつの間にか混入してくる。同時に、上のわがままを下は受け入れ、下の面倒を上が見てやるという、親子か男女関係みたいなウェットなふるまいが期待されるのだ。

日本的慣習の全てがまずいとは、わたしは決して思わない。しかし、もし海外にビジネスの活路を切り開きたいと考えるなら--他者を自分の延長のように考える契約感覚からは、そろそろきちんと卒業すべきだと思うのである。
by Tomoichi_Sato | 2011-12-11 22:39 | ビジネス | Comments(0)
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