書評:「マフィア - シチリアの名誉ある社会」 竹山博英

「マフィア - シチリアの名誉ある社会」 竹山博英・著

1987年3月。早春のパレルモは、街中が奇妙な緊張感ではりつめていた。通称「要塞法廷」と呼ばれる、異常なほど堅固な建物の中で、476人ものマフィアの大裁判が行われているのだ。その中には何人かの大ボスも含まれている。彼らの仲間であった一人の麻薬王が南米で逮捕されたとき、マフィアの鉄則であった「オメルタ」(沈黙の掟)をやぶって、組織の全貌を告白してしまったことがきっかけであった。

シチリア・マフィアの正式名称はCosa Nostra(我らのもの)という。「組織への入会者は事前に、『名誉ある男』にふさわしい勇気の持ち主であることを示さなければならない。ふつうは殺人か、大きな犯罪である。」(p.26)。そう、マフィアとは名誉ある男達の社会なのである。

マフィアの組織は、18世紀後半の農村から発しているらしい。地中海の肥沃なシチリア島は長らく、不在地主の支配する土地だった。農村部で、土地貴族の領地を守る武装集団として生まれた「名誉ある友愛会」が母体である、という。つまり、大土地所有者の農地管理人である。彼らはイタリア統一後の普通選挙制を背景に、暴力的な集票組織として政治とつながっていった。

ところで、面白いことにシチリアでは、ファシズム政党は大きな支持を得られなかった。「ファシズムは北イタリアで、社会主義を打ち破る暴力装置として、資本家や地主などの保守層に支持され力をのばした」(p.156)。そして政権を取ったムッソリーニは、将軍を派遣してマフィアの大弾圧に成功するのである。ところが皮肉にも、第二次大戦でアメリカ軍は「解放者」としてシチリア島からイタリア半島に侵攻する。そのときに、マフィアの武力を利用するのである。「シチリアの人々は、ファシズムの統治下で窒息状態にあった各地のマフィアのボスが、アメリカ軍によって復活するさまを驚きの目で見ることになった」(p.168)

そのマフィアは権力と結びついてシチリアで肥大化するが、その過程で次第に自らを変質させていく。似たような事情は、ナポリにおける同様の犯罪組織カモッラでもおきた。「キリスト教民主党は影でカモッラと手を結んで、(テロリストである『赤い旅団』に拉致された)人質解放を模索しながら、テレビや新聞では、テロリストと絶対に取引しないと言明していた」(p.224)。本書である意味、一番面白いのは、獄中のカモッラのボスとのインタビューである。「詩と思索」という著書さえある彼は、反カモッラ活動をしている神父を評して、こう言う。“盗むな、憎まず愛せ。確かに美しい言葉だ。だが美しい言葉は女をベッドに誘うときにしか役に立たない。”

マフィアやカモッラは、南イタリアが長くフランスやスペインの支配下にあって、不在地主と農民の二極分化した厳しい社会構造が歴史的に生みだした、圧政のための暴力装置である。彼らにはイデオロギーはない。あるのは名誉と金と力への執着だ。この三つの要素が支配する社会ではどこでも、ふつうの人々は、最低限の尊厳ある生活をするために、シチリアの人たちと同じように長く困難な闘いを強いられるのである。
by Tomoichi_Sato | 2011-12-08 23:53 | 書評 | Comments(1)
Commented by 職務経歴書 at 2013-10-24 09:50 x
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
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