マネジメントを専業化する分岐点のスケール

スケジューリング学会は人数的にはこぢんまりした規模だが、親密な雰囲気のある学会である。元々は'90年代頃から機械学会やOR学会、経営工学会、計測自動制御学会など複数の学会の間で、共通領域として「スケジューリング」の重要性が浮かび上がり、共同でシンポジウムを開催したことがきっかけとなって生まれた学会である。わたしも10年ほど前、『革新的生産スケジューリング入門』を上梓した頃から参加しはじめたが、今年から「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」を立ち上げ、主査となった関係もあって、いろいろお手伝いする機会が多くなっている。

その学会の年1回の大会(上記の経緯から「スケジューリング・シンポジウム」という名称をつづけている)は、この3連休に大阪工業大学で開催された。今回は研究部会のイベントとして、パネル・ディスカッションを企画し、学会長である静岡大学の八巻直一教授と、以前からの知人である日本IBMの論客・中村実氏にパネラーを引き受けていただいた。テーマは主に“プロジェクトの価値と評価”をめぐってであったが、会場から活発な質問が出て、有意義な意見交換ができた。

ところで、そのパネル・ディスカッションの最後の方に出た質問で、デザインレビューやフェーズ毎のゲートやレポーティングなど、プロジェクトに関わる管理のオーバーヘッドが大きくなる傾向をどう考えるか、との質問があった。これはちょうど、管理過剰の問題について悩んできたわたしにとって、ちょうど痛いところをつかれる問いかけだった。八巻先生はISO 9000に代表されるPDCAサイクルの病(一度制度化されると自己目的化して、数年後には改善効果がないまま運用されるようになる)について言及され、中村さんはプロマネがレビュー対策やPMO対策みたいなものに走る傾向を批判的に紹介された。

この問いについて、わたしが答えたのはこうだった:エンジニアリング業界では、Man-Hour(以下MHと略す)のタイムシートはWBSコード別に記録することになっている。その中には「プロジェクト・マネジメント」という種別のコードもある。これが、プロジェクト全体で消費したMHの中で占める比率を分析してみると(対象は中規模以上のプロジェクト)ところ、ばらつきはあっても、ほとんどはある範囲内(10%内外)に納まるのが通例である。逆に言えば、ジョブ毎にいろいろ特性や事情の違いはあっても、もしマネジメントに20%以上の時間を割いていたら、それはとりすぎと判断すべきだろう、と。

ところで帰り道、これを逆に考えたらどうだろう、と思ってみた。つまり、プロジェクト・マネジメントという機能が、独立した専門職を必要とするようになるのは、どんな条件なのか。

上に述べたとおり、マネジメントに割く時間は、全体のMHの約10%、多い場合でもせいぜい15%程度だろう。となると、約100人月の仕事(たとえば平均8名×12ヶ月程度)で、10-15人月分だ。つまり、最初から最後まで1人のプロジェクト・マネージャーが専任でマネジメント業務をやっても引き合うサイズとは、これが分岐点であろう。それ以下の仕事の場合、たとえば30人月(5人がかりで半年間)のプロジェクトだったら、3-4人月がマネジメント業務だから、全期間を通じて専任のプロマネをおく余裕はない。当然、プロマネも一部は自分の手を動かして仕事をしなければならない。

もっとも、同じ100人月でも、33人が3ヶ月働くプロジェクトの場合(仮にそんな仕事がありうるとしてだが)、プロマネ1人だけでは足りず、サブとしてあと2名程度がコーディネーション兼雑用係として必要になる勘定だ。まあ、33人の人間が同時並行して働くチームのお守りをするとなると、その程度の手間はかかるに違いない。つまり、プロジェクト・マネジメント・チーム(PMT)の出現である。

一般論として、平均N人の人間がMヶ月間働くプロジェクトでは、MN/10程度のマネジメント業務が付加的に発生する。これはすなわち、一月当たりN/10(人月)のマネジメント業務量だ。もしN>10(つまり組織の規模が10人以上)ならば、プロマネに専任者が必要になる。それ以下だったら、マネージャーは直接業務との兼業になるだろう。

むろん、実際のマンニングは、このようなN人×Mヶ月といった、長方形の配員になることはまずあり得ない。ふつう、最初は少人数でスタートし、ピーク時には大勢を抱え、また終結時には少人数に戻るというパターンを取る。ピーク時の人数は、全期間の平均人数の2倍以上になるのが常だ。そういう意味では、プロマネさんだって初期にはマネジメント専業ではなく、ある程度、設計など実作業に首を突っ込むはずだし、そうでなければ良いリーディングはできないとも言える。またピーク時にはプロマネ1人では足りず、PMTの形になる。ちなみにエンジニアリング業界では、たいていのプロジェクトはPMT組織をもち、組織的な調整と階層的意思決定をしていく。

先進的なITや宇宙開発など、技術的に高度で複雑な分野ならばマネジメントは難しいから、もっと比率も高くなるはずだ、という見解もあろう。それも一理ある。だが、例えばもっとずっと単純な力仕事的な業務だったら、マネジメントの比率はずっと低くて済むだろうか? エンジニアリング会社の工事管理などの経験から見ると、必ずしもそうでもない。つねに10%かかるとは言わないが、これが2-3%で済むかというと、決してそんなことはないのである。結局、頭脳労働だろうが肉体労働だろうが、人間集団を率いて動かしていく時には、それなりのマネジメントの手数がかかる証左なのだろう。

では、プロジェクトの規模が大きくなれば幾何級数的にマネジメントの手間も増えていくのか? エンジニアリング・プロジェクトの経験から見ると、不思議なことに、必ずしもそうはならない。マネジメントMHの比率は高まるが、少なくとも冪乗で増えていくような傾向は見られないのである。これは結局、PMT以外のプロジェクト実働チーム側もまた、階層構造化されて、その中で情報伝達や指示やローカルな判断・問題解決がなされていくからであろう。

そういう意味で、仕事の組織とは、生物の体組織とよく似ていると思う。最初(仕事が小さなうち)は、似たような細胞が、ほぼ同等の機能をはたしている。しかしある程度、規模が大きくなると、それぞれが果たす種々の機能が次第に分化して、専門職集団が生まれる。こうして、臓器や、筋骨系や循環系、そして神経系が進化してきた。マネジメント専門職の集団(PMT)というのは、神経系の一種だと思えばいい。全体の調整やら同期をとり、情報を伝達・蓄積するのが神経系の役割である。神経系もさらに成長すると中枢と周縁に分化するが、すべてのことが中枢に伝わり処理される訳ではなく、無意識の内に、ローカルに処理されることも多い。こうして、中枢系が水ぶくれすることを防いでいるのである。

わたし達の組織も生物に習って、適時、権限を委譲して、マネジメント系を軽くすることを考えないと、脳が重すぎて歩けない生き物になってしまう。人間の頭は体重の1割くらいあると思うが、どうみても筋骨系的には、これが限度であろう。それでも、ヘンな姿勢を続けているとてきめん、筋肉や循環に影響が出てきてしまう。パソコンに向かってこんな文章を書き続けているから、おかげで今日も肩が凝るのだ。
by Tomoichi_Sato | 2011-09-25 22:26 | ビジネス | Comments(0)
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