「良い会議」?

"Well, this was a good meeting." -- そう、Ray氏は言った。工場の片隅に置いた粗末なテーブルに手をついて立ち上がりながら。ところは米国テキサス州ヒューストン市の郊外、とある制御システム・メーカーの組立工場の中である。われわれ、つまり日米のエンジニアリング会社2社の技術者4人は、工場立会い検査に行った先の場所を借りて、別の案件で2時間ほどの打合せを終えたところだった。

Good meeting? そもそもミーティングにGoodもBadもあるのだろうか? Ray氏が自分の車でオフィスに帰り、われわれが工場検査立会の続きにとりかかった後も、その疑問は頭を離れなかった。仕事の打合せはこれまで数限りなく出ている。その中で、本日の打合せが他と異なる点はとくになかったように思う。目的を確認し、条件や事実関係を明らかにして整理し、対応策を考え、お互いのアクション項目を取り決めた。それだけだ。そもそも、打合の良し悪しを評価する習慣が、わたしにはない。

社会人になって初めて出た、客先との本格的な打合せは、今でもよく覚えている。わたしの部門が、顧客である某電力会社から一種の技術検討調査を請け負って、その中間報告について行ったのだ。わたしはタンク・タンカー・シミュレーションによる在庫計画と、全体の経済性分析を手伝っていた。中心になって説明したのはリーダー格の先輩で、新入社員のわたしは細部の確認程度の受け答えをしただけだ。あとは何もせずにじっと問答を聞いていた。

しかし帰ってから、わたしはそのリーダーに厳しく叱られた。なぜなら、わたしがメモを取っていなかったからだ。打合をしたら、必ず打合覚書を書く。そこには出席者と日次・場所と議題・議論の内容を記し、アクション項目と分担を定める。さらに客先に見せて内容を確認してもらい、承認印を押してもらう。決して“言った、言わない”の争いの種を残さない。それが受注ビジネスの仕事の基本なのに、なぜお前はメモも取らずにボーっと聞いていたんだ! 打合覚書のドラフトはお前が全部書け。そう言い渡されて、私は必死に問答の内容を思いだし、覚書のブランクフォームを埋めなければならなかった。

プロジェクト・マネジメントにおける文書主義の原則を、新米のうちに叩き込まれたのは、私にとっては良い教訓だった。電話で客先と重要なことを話したら、それも必ず「電話連絡確認書」に書くように。そうも教え込まれた(まだ電子メールなどというものが普及していない石器時代の話である。今だったら必ず確認メールを書いて送れ、といわれるだろう)。

それにしても、なぜ我々は仕事で打合を必要とするのだろうか。指図と報告の紙のやりとりだけで、なぜ仕事は完結しないのだろうか。初めから文書だけで仕事をすれば、いちいち会話のやりとりを思いだして書き留める面倒をせずにすむのに。

その理由は、紙を通じた我々のコミュニケーション能力に限界があるからだ。価格交渉のことを考えてみて欲しい。手紙のやりとりだけでは、いつまでたっても平行線が縮まらない可能性がある。打合の場で互いを拘束して、なんとか結論を出すべく努力する。互いの知恵と感情を駆使してかけひきをする。ネゴシエーションとは、合意できる妥協案という解決を共同で探すための場なのである。そして、なんとか解決できたという安堵感を共有する。人間は感情を共有するためにフェイス・ツー・フェイスのミーティングを必要とするらしい。

もう一つの理由は、認識の共有だろう。毎週行なう進捗ミーティングなどがそれにあたる。目的を確認し、状況を報告し合い、問題点をみつけて、仮説を共有する。人間は誰しも、自分のコンテキスト(文脈)の中でしか物事を認識しない。複数の人間が集まると、その文脈の偏りが少しは修正されるのだ。多面的にものごとをとらえることができるようになるのである。

だとすると、打合とは、認識を共有し、問題を解決できるめどが立ったとき、その機能を十全に果たすと考えることができる。さらに、そこで前向きな良い感情を共有できれば、より実りある会議だったと言えるだろう。そういうのが、『良い会議』なのだ。

良くない会議とは、その反対のミーティングだ。目的が不明で、報告はゆがめられ、認識は平行線、アクション項目は決まらず、問題は未解決のまま先送りで、互いに悪感情だけが残る。こんな会議は人生のムダだ。ただ一回しかない時間の浪費である。

あのときRay氏がGood meetingと呼んだのは、だとすれば正しかったのだ。そのあと我々4人は太平洋の両側に戻って、互いに並行作業を進めなければならない状況にあった。しかし、認識を共有でき、アクションと分担が明確ならば、共同作業はベクトルが合う。そう、会議には、たしかに評価の尺度がある。ならばミーティングを持つごとに、良い会議だったかどうか、いつも自分でチェックしておくべきなのである。
by Tomoichi_Sato | 2011-09-21 19:00 | ビジネス | Comments(0)
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