書評:「見えないものと見えるもの」 石川准

見えないものと見えるもの―社交とアシストの障害学


本書は、医学書院「ケアをひらく」シリーズの一冊である。著者は気鋭の社会学者で、私の旧知の友人でもある。全盲でありながら、彼はこの浩瀚な書物をわずか2ヶ月で書き上げた、とあとがきにある。そのせいか、この本はいわゆる専門書よりもエッセイに近いスピード感もあって、とても読みやすい。

私は「感情労働」という概念を、この本ではじめて本格的に知った。感情は人間という生物に生まれつき組み込まれたセンサーであるが、自由にオンにしたりオフにしたりできる装置ではない。そこで適切に感じるように(適切さの範囲は社会が「感情規則」というルールとして暗黙に定めている)、自分をコントロールする必要が出てくる。これを感情管理というらしいが、職務として求められる感情管理を、『感情労働』と呼ぶのである。

19世紀の工場労働者が肉体を酷使されたように、感情が商品となることが定着した今日、ある種の労働者たちは感情を酷使されている。その代表例は接客業や役者である。しかし、著者が本書で主題とするのはナース(看護師)たちである。なぜなら看護師たちは、専門職の労働者でありながら、同時に過酷な感情労働を裏側で要求されるからだ。

高度な感情管理を要求する社会では、本物の感情が希少価値をおびてくる。その行き着く果てでおこる感情労働の破綻は、人間を暴力的にさえする。そこでアシストと社交、さらに感情公共性と脱社交という概念をもちい、「高度に文明化された社会」、あるいは配慮の平等な社会、という青写真を提出する。

本書ではまた、オープンソース活動のプロジェクトが金銭的報酬系ではなく『評判ゲーム』によって駆動されていると指摘し、評判ゲームにより駆動される贈与文化は、じつは高品質で創造的な共同作業を促す最適な方法かもしれない、と考察する。他にも、セクシュアリティの脱規格化や、ネットオークションの奇妙な魅力、地域通貨など、人と人をつなぐ様々な仕組みとあり方について体験や対談も交えて分析していく。

本書に述べられているのは、損得と目的合理性で人間を規定した非協力ゲーム理論の、いわば対極にあるもの、すなわち感情を持つ存在としての人間社会のあり方である。今日の経済社会にあって、障碍者をふくむ誰もが自由につつがなく暮らせる条件を模索する、読みやすいが極めて野心的な著作だといえるだろう。
by Tomoichi_Sato | 2011-08-23 23:36 | 書評 | Comments(0)
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