サービスとは何か(そして、サイエンスの対象たり得るのだろうか?)

サービス・サイエンス」という言葉は、2005年頃に米国IBMが声高に提唱したのがきっかけとなり、日本でも急速に浸透しつつある。こうした海外の新概念の流行にとても敏感な霞ヶ関のエリートたちも、すぐさま研究会やら政策提言やらをとりまとめて、時代のリードと予算確保に余念がないらしい。たしかに、以前「ヒノモト家の人々 - マクロ経済学的素描」でも書いたように、流通サービス業は日本のGDPの約45%にあたる220兆円を稼ぎ出す基幹産業で、実は製造業よりもずっと経済への貢献が大きい。だからサービス・サイエンスで経済の活性化を、という願望もあながち的外れではないだろう。

米IBMのアルマデン研究所が先頭を切って進めている、この新学問は、正式にはSSME(Service Sience, Management and Engineering)と名付けられている。単にサービスの科学だけではなく工学でもあり管理でもあるという訳だ。とはいえ、この学問の対象とする範囲がどこからどこまでを指すべきか、という基本問題についても議論百出で、出発点からして混沌状態らしい。まだ、教科書を開いて「これが正解です」と勉強できる段階には、とうてい達していないようだ。

優秀なる研究者達が世界中でかくも百家争鳴の問題に対して、わたしごときがスパッと解決を提供できる、などとうぬぼれている訳では無論ない。ただ、いつものように、わたし自身は整合的な言葉づかいをしたいと思っていて、少なくともこのサイトの中では、その整合性を通したいと考えている。そこで、「サービス」に関する自己流の定義を、ここに着そうと思う。その定義とは、こうだ:

サービスとは、(ユーザの期待に合致した機能を持つ)リソースの提供である。それを有償とするか無償とするかは、提供者のビジネスモデルに従う。

リソースが何を意味するかについては、このサイトでも最近くりかえし書いた。世の中には、売り買いの対象にできる物事が三種類ある。マテリアル、サービス、そしてデータ/情報だ。そして『サービス業』とは、リソースを販売・提供して利益を得るビジネスを呼ぶ言葉だ。ちなみに、マテリアルの販売を主たる利益源とするビジネスは製造業(ないし流通業)であり、データ/情報の販売で成り立つのが情報産業である。

ちょっとここで、練習問題をやってみよう。たとえば、自家用車のメーカーは製造業だ。自動車のディーラーは流通業。どちらもマテリアルの販売で利益を上げる。では、自動車修理工場は?

修理工場では、たしかにパーツの販売代金も利益源だ。だが、主たる利益は定期点検/保全修理という「作業」によっている。作業の販売とは?  それは「組織的に熟練した工員の作業時間」というリソースの提供に他ならない。つまり、自動車修理工場はサービス業なのである。

もう一つ練習問題を。TV会社はどの業種か?  彼らは「情報」を売っている(正確に言うと情報に付随する広告枠をスポンサーに売って、収入を得て放送している)から、情報産業である。じゃあ出版社は?  彼らは、「書籍」というマテリアルを販売しているから、実は製造業なのである。書籍の価値は、たしかにそのコンテンツのもつ情報に依存している。しかし、現在の出版社は、それを(簡単には複製しにくい)紙の印刷物というモノの形で販売することでビジネス・モデルを成り立たせている。もし彼らが、電子出版に全面的に移行すれば、その時はじめて情報産業になれるだろう。

では、Microsoftなどのパッケージ・ソフトウェアの会社は?  じつは、パッケージソフトは、CD-ROMなどのメディアを売っている(所有権を移転している)のではない。ソフトの使用権に対価を得ているだけなのである(だからPCソフトは中古屋に転売できない)。つまり、ソフトウェアという機能を持つリソースの使用権が主たる利益源となっている、サービス業だということがわかる。

また、電話会社なども同様に、通信回線という種類のリソースを提供して収益を得るビジネスだ。このように、普通はまとめて「情報産業」とか「情報サービス業」と呼ばれたりする放送・出版・ソフトウェア業界などは、じつは別々の利潤形態になっているのである。

ソフトウェアや通信などを見ても分かるように、リソースは人的なものとは限らない。言いかえるならサービス業は、人的サービス業と、非人的リソース提供業に分類できる。当然、サービスのレベルや品質の規定の仕方も違うし、維持や向上のために必要な要件も異なる。『サービス・サイエンス』を標榜するなら、まずこうした区分からはじめるのが適当ではないだろうか。

その昔、まだモノが貴重で人件費は安かった時代は、通常のビジネスは「モノを売って、人的サービスは無償でつける」が普通だった(サービスは無料の代名詞だった)。しかし21世紀の今日、すでに主従は逆転して、モノはただ同然でも有償サービスで儲けるビジネス・モデルがひろく普及した。それがサービス業の隆盛を招いたのであろう。

サービス業の収入の基本は、「リソースの数量×使用期間×単価」による課金のチャージである。無論、実際の料金体系は値引きを含めて様々なバリエーションを設定できるが、逆に言うと、この式のような販売価格の設定をしている業態は、実はリソース提供のサービス業ではないかと疑っても良い。たとえば、お金を貸して期間で利息をとる金融業は、サービス業の一種であると解釈できる。あるいは、人数と期間と人月単価で見積もりを出すSIerも、(成果物を伴う一括請負契約の枠ははめられているが)SE・プログラマという人的リソース提供サービス業の性格を持っている。

そして、サービス事業者側のマネジメントとは、リソースの維持と保守、ならびに機能の改善であることがわかる。リソースの「機能」とは、それをもちいて利用者が何かの行為をする、あるいは利用者の状態が変化する事を指す。電話回線ならば通信という行為であり、運送ならば荷物の場所の移動であり、医療ならば利用者自身の治癒回復である。だからサービス事業者は、これら機能を明確に規定して、そのレベルの向上に努めることが求められるのである。
by Tomoichi_Sato | 2011-08-11 20:58 | ビジネス | Comments(0)
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