旅行の予定を立てるとき、普通はまず時刻表を見る。飛行機か鉄道か、手段はさまざまだが、目的地と到着すべき時刻がはっきりしている限り、コストと所要時間を見てもっとも良い移動方法を見いだすことは簡単だ。経路が複雑な場合は手間がかかるかも知れないが、それでも最適なルートは必ずあるはずだ・・・。
こういう信念で生産計画の問題にも挑みたくなる気持ちはよく分かる。工場の稼働時間と生産能力、こなすべき生産指示と必要な資材、こうした条件がはっきりすれば、手間さえかければ最適なスケジュールを組めるはずだ。問題はその手間をいかに短くするかにある、と。 ところで、あいにくわたし自身はこうした意見に反対だ。スケジューリングを最適化問題の枠組みでとらえるべきではない。拙著「革新的生産スケジューリング入門―“時間の悩み”を解く手法」でも、その後の学会発表などでも、つねに私はこう主張してきた。しかし、なかなか理解してもらえない。わたし自身の非力さはむろんのことだが、人々が問題にアプローチするときのパーセプション、おおげさにいえばパラダイムの強さをまざまざと見る思いがする。 わたしが最適化のアプローチに反対するのは、それが生産計画の問題をスタティックな(静的な)構造の中でとらえる傾きがあるからだ。さながら時刻表を読む人のように。しかし果たしてそれは本当だろうか? 空港に来てみると、お目当てのフライトが天候を理由にキャンセルされている。次の便は4時間後の予定だ。別の会社の便は1時間後に飛び立つが、経由地があって遅くなるし、こちらも天候が不安だ。途中でおろされてはかなわない。今から市内にもどって鉄道で行くべきか、しかし座席はあるだろうか・・・。我々が生産の中で直面する現実とは、ほんとはこんな風なものだと私は思う。どの選択肢を選ぶにせよ、それが正解だったのかどうかは、あとになってみないとわからない。その時点では正確に比較評価しようがないのだから。 「最適化」は多くの人が好む言葉だ。なんとなくかっこいい響きがそこにはある。だからコンサルタントも学者もソフトウェア・ベンダーも、こぞってこの言葉を使いたがる。たとえば「最適スケジュール」というと、ぎりぎりの資材手配の中で目を見張るような短納期が実現されるような空想を持つ。しかし、そのように美しいスケジュールは、飛び込み注文のFAX1通で、ガラス細工のように無残にこわされる可能性がある。こわれて飛び散ったガラスのかけらを拾い集めながら、あなたはもう一度、別の美しい像を完成させる気力があるだろうか? 多少隙間があって不格好でも、多少の飛び込みには耐えられる、柔構造のプランが欲しいと思わないだろうか? スケジューリングは最適化の問題ではない。 二つ以上の選択肢があったときに、その中から一つを選ぶのは最適化の一部だと人はいうかもしれない。あれかこれか、の可能性があるときに、その中からもっとも良いものを選ぶのは当然の義務だと。 それでは、あなたが結婚相手を選んだとき、それは最適化の問題だっただろうか? あるいは(この比喩は結婚の経験がない人に誤解されそうなのであわてて言い直すのだが^^;)、あなたが自分の進路を選んだとき、それは最適化の問題だっただろうか? 選択というものは常に「賭け」なのである。それは未来に対する自分のコミットメントだからだ。そして、その結果は、そのとき一回の結果だけで評価されてはならない。評価すべきなのは、その決断をしたときの戦略であり、それがどれほど確としたスタンスの元に行われるかなのだ。 生産の世界では、一瞬先のことはわからない。海図はあっても、先の天候はわからないのが航海の宿命だ。生産計画はけっして港の事務室に座って海図に線を引く作業ではない。刻一刻と変わりつつある風向きをとらえ、波しぶきを切って船の進むべき方向を決める航海士の仕事こそ、スケジューリングと呼ばれる業務なのである。
by Tomoichi_Sato
| 2011-07-01 23:48
| サプライチェーン
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