農業に日本の未来を読み取る

埼玉県北部の岡部という町に行って、「埼玉産直センター」の見学をしてきた。文字通り、農産物の産地直送を扱う団体である。農事組合法人という法人格を持ち、県北一帯の227生産者(=つまり農家)が組合員となっている。主な産物はミニトマト、トマト、苺、キュウリ、小松菜、ネギなど。組合員の畑で穫れた野菜を集荷して、仕分けし(一部加工して)納入先に発送する。主な納入先は北日本の生協と、一部スーパー、チェーンストアである。年商26億円で、国内でも有数の規模を持つ農事法人だ。法人化して、もう30年近くになる。

産直センターの施設それ自体をみると、製造業における物流センターと同じように見える。倉庫(野菜のため冷蔵倉庫)があり、仕分けとパッキングの作業場があり、出荷ヤードがある。主力のミニトマトの等級別仕分けとパッキングは機械化されており、自動ラインが2ライン並んでいる。ラインに金属探知機が組み込まれているのが珍しい。ミニトマトはそのまま生食するので、万が一にも金属片(ホチキスのかけらなど)が入り込まないようにしたのだそうだ。あとは手作業による仕分けとパッキングである。出荷トラックは1日約20台程度で、入荷は各生産者が自分で持ち込んでくる。

年商を組合員数で単純に割ると、一人1,100万円以上になる。農業の原価率はよく知らないが、まあまあの収入ではないだろうか。このあたりは生産者一人あたり農地のかなり狭い地域だから、ハウス園芸ものが多いとはいえ、生業として成り立つ数字だろう。それよりも大事なのは、収入に安定性があることだ。組合では年に2回、各生産者との間で作付面積・品種と出荷時期・価格の取り決めを事前に行う。「昔は一日働いて100円にもならない日があった。それではとてもやりきれない。価格に見通しが立つなら、やる気も起きてくる。農業を続けていけるような仕組みにしようとの願いで、ここまで続けてきた。」と専務理事の山口さんは言われる。

それが可能になった理由は、生協や大手チェーンなどと直接、(卸売市場を通さずに)年次契約してきたからだ。集荷し選果・出荷するだけなら農協と変わらない。違う点は、青果市場という価格変動の大きな流通メカニズムに委ねない点だ。ついでに言うと、産直で出荷すれば、農産物はすぐに現金化できる。ところが農協を通すと、お米の場合は、なんと代金回収が3年後だという。古米という名の在庫があるからだ。

こうした農業事情は、すべて受け売りである。わたし自身は都市近郊育ちで、農業のことなど何も知らない。ただし診断士仲間の河野先生に頼まれて、2年ほど前から「農商工連携」の人材育成事業というセミナーをちょっとだけ手伝っている。講師としてプロジェクト・マネジメントの勘所を、初心者向けに説明する役割を受け持っているのだ。それでも、管理技術=マネジメント・テクノロジーというものは良くしたもので、分野を問わず応用が利く。

とはいえ門前の小僧がちょっとずつ農業にまつわる話を聞き、見聞などをするうちに、わたし達の社会の基盤であるはずの第一次産業がいかにねじくれた構造になっているかを知るようになった。上に書いた「一日働いて100円にもならない」が典型である。何も農地が狭いとか日照りが続いたとかではない。市場経済に押されてそうなるのだ。“豊作貧乏”などはその典型かも知れない。沢山働くと、かつ天候がよいと、マイナスになって自分に降りかかってくる。これで「農業を引き継ぐ若者が居ない。近頃の若者は・・」などと嘆いてみても、まったく無意味ではないか。若者のこころざしの問題ではない。

このような矛盾が起きる理由は何か。わたしのような第三者の目から見ると、はっきりしているように思える。サプライチェーンが歪んでいるのである。サプライチェーンの需要と供給を一致させるマネジメントの仕組みが歪んでいる。需給にギャップがある場合、そのままでは在庫か価格が調整機能を果たすことになる。ところが農作物(青果類)は基本的に在庫がきかない。冷蔵しておけるのはほんの数日間で、あとは価値が無くなってしまう。そのために、価格のみが数量調整の歯車になる。だからちょっとした需要の変動が価格の乱高下につながる。お米の場合は在庫がきくが、こちらは国策で価格を高めにしてしまっている。だから在庫が無尽蔵に増えていってしまう。

したがって必要なのは、中期的な需給の計画と、短期的な調整機能である。これがサプライチェーン・マネジメントの中核なのだが、このような発想が従来の農業政策には全く欠けていたのだろう。かわりにあったのは、奇妙な補助金的発想である。休耕田など、仕事を休むと補償金がもらえる。そうこうしているうちに、農業を継ぐものがどんどん減っていき、後に残ったのは広大な耕作放棄地である。

河野先生の観察によると、面白いことに、産業誘致策の成功した県には、ちゃんと農地が残っているのだそうだ。理由は、息子世代が家にいるからだ(自分の家に田畑があれば、兼業でだって少しは続けようという気になる)。一方、産業のない県では耕作放棄地がやたらと目につく。それが特に目立つのは、原発立地県であるという。原発があると県や自治体にはお金が落ちるが、結局農業のためには活きてこない。過疎対策で誘致したのに、かえって過疎を生むのだ、ということらしい。

しかし、農業統計の数字をよく見てみると、じつは農地の集約化がこの5年くらいで急速に進んできていることがわかる。それを可能にしたのが農業法人だ。法人経営というと、なんだか大企業が農業の世界に入ってきて儲け主義で云々、というステロタイプな印象を持つ人もいるようだが、主役はあくまで農業従事者である。冒頭に挙げた埼玉産直センターなどは、その一つの例であろう。生産者が中心になって、法人体制を作る。さらに、遊休農地を有償で借り上げて、生産効率を上げるところも増えている。跡継ぎが居ないが、先祖から受け継いだ農地を荒れさせるくらいなら、人に貸した方がなんぼかましだ、と思う人たちが当然いる。そうした法人はまた、日本の製造業などの技術や知恵を学ぶ意欲も高い。

というわけで、農商工連携のセミナーを、今年も手伝うことになったのである。ちなみに「農業分野の生産性向上のためのIT・IEプロジェクトマネジメント研修」というのが今年のタイトルだ。興味のおありの方は、河野経営研究所の募集ホームページをのぞいてみてほしい。申込期限はもう直前だが、無料である。なぜ無料かというと、農商工連携というのは、経産省の補助金事業だからだ。なぜ農業なのに経産省!? と不思議に思うかもしれない。でも、経産省はTPPによる「第二の開国」をねらっているから、日本の農業にも強くなってほしいという意図(下心?)があるのである。

日本の農業をここまでおかしくしてしまったのは、政治家と役人(農水省)の無定見・無策だったのだろう。護送船団的な補助政策と、厳しい参入規制。そして奇妙な序列意識と、プロダクト・アウトの発想。日本が昭和時代に作り上げたシステムは、どの業界もすべてこれだ。無論その裏側には、民間の横並び体質と過当競争もあっただろう。農業の場合、『貧農史観』も尾を引いていたのかもしれない。しかし、このような保護政策のおかげで、温室育ちの野菜のように、環境変化に耐えられない産業があちこちにできてしまった。回復するためには、妙な序列意識は忘れて、サプライチェーンの構成者が対等な立場で協力し、全体で協働していけるような仕組みをつくるしかない。

「TPPで日本の農業は滅びる!」という意見も多い。でも、TPPがあったって大丈夫、今の農業の流れをみると、きっと負けないはず、というのが河野先生の持論である。わたし、もそうであってほしいと思うし、それだけのポテンシャルを日本人は持っていると信じている。ご存じだろうか? この2,3年、農業系学科への大学志望者が急増しているのだ。東京農工大学では、農学部の入試レベルがとうとう工学部を抜いてしまった。若い人たちが、農業に新しい希望を持っている。その希望をつぶさずに育てるのが、わたしたち大人の使命だと思うのである。
by Tomoichi_Sato | 2011-06-23 08:49 | サプライチェーン | Comments(0)
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