書評:「完全な真空」 スタニスワフ・レム

完全な真空 (文学の冒険シリーズ) スタニスワフ・レム

うーむ、素晴らしい。現代ポーランドを代表する作家・レムの、知的創造力の広大さを示す傑作だ。レムはSF作家として出発したが、70年代以降はむしろ文明批評家としての活躍が目立つ。1971年に出版された本書は、そのターニング・ポイントを示しているといってもいい。

本書は、実在しない、架空の本に対する書評集である。無人島に漂着した男が空想の中で召使いや侍女をつくりあげ、しまいには想像上の群衆で島が満員になってしまうという皮肉な小説や、南米奥地にナチス親衛隊将校が作り上げた奇怪なフランス風王国の宮廷物語など、空想的な小説本が多いが、これはまあ「レム自身が書こうとして書けなかったSF」の風刺だといっても良い。

しかし、人間誕生の確率を算定しようとする学者の抱腹絶倒な論文や、ゲームの理論によって宇宙の発生と物理法則の成長を説明するノーベル賞受賞学者の講演「新しい宇宙創造説」などの本は、いかにも医大出身で技術畑のキャリアを持つレムらしい、理科系的な構想である。また、架空の本の著者も、ドイツ人ありフランス人ありイタリア人あり米国人ありで、それぞれの文化の特色を示すような内容となっており、その配列や対比も面白い。

本書は文学と言うべきか、はたまたノンフィクションと形容すべきか、あるいはSFの趣向の一種と断ずるべきか、その位置づけもまた人々を困惑させる。きわめて機知に富んだ、楽しい書物と言うべきだろう。
by Tomoichi_Sato | 2011-06-16 23:14 | 書評 | Comments(0)
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