新任リーダー学・超入門(2) マネジメントとリーダーシップというコトバに気をつけよう!

Sさん、丁寧なご返事ありがとうございます。おっしゃるとおり今日の企業は、規模の大小を問わず、設計・製造工程のいろいろな部分を外注に頼っていますね。だから、新人の頃から「人を使う」立場で動かざるを得ない--Sさんのお言葉を借りれば、“技術を極めることを最初から半分あきらめざるを得ない技術者”である訳です。じゃあ最初から「人を使う」マネジメント職として育ててくれるかというと、そうでもない。とても中途半端な育て方じゃないかと憤懣をもたれるのも、当然かもしれません。

前回の『新任リーダー学・超入門』にも書きました通り、「リーダーシップ」というのは、くせ者の言葉です。そして最近流行りつつある「マネジメント」も同じくらい危ない言葉でしょうね。サン=テグジュペリの「星の王子さま」には、たしか“言葉とは誤解を生み出すもと”だ、といったセリフがあると思うのですが、とくに外国生まれの言葉には気をつけた方がいいのです。スパゲッティの話を聞いて、ああ、それはうどんのことなんだな、と素敵に滑稽な理解をしてしまう可能性がよくあるからです。

日本語のマネジメントが英語のManagementとどう対応し、そしてどう違うか、ご存じですか? 「マネジメント」によく似た日本語には「経営」と「管理」があります(いずれも「する」をつけて動詞としても使います)。一方、英語におけるManagementの近親語というと、Administration, Controlが思い浮かびます(これらも動詞の名詞形です)が、そちらの区別はご存じですか?

英語の方から先に説明しましょう。Management, Administration, Controlはいずれも「管理」とも訳されることが多いのですが、その意味はずいぶん違います。Manageという動詞には、“暴れ馬を乗りこなす”といった語感がともないます。"I can manage."には、何とかやり遂げてみるよ、といった意気込み、苦心、あるいはリスクなどを連想します。一方、Controlは「制御」とも訳されるように、より精確さが伴います。だからControlは道具や機械といった無生物を対象に使うことが多いのです。"I can control."には安心感の響きがするのですね。"I can control my car."は車の運転の自信のほどを示します。これが"I can manage my car."だと、君の車は暴れ馬みたいに言うことを聞かないのか、と思われます。

だからI can control my job.とI can manage my job.では、全然意味が違うのですね。その差は、リスク感覚や意志決定の有無です。入国審査は英語でPassport controlといいますが、パスポートを一つ一つ参照して規定を満たしているか確認し、記録をつける行為がcontrolです。個別の担当官には入国を「リスクテークして決定する」権限はないので、Passport managementではありません。あるいは、Sさんもご存じの制御理論の概念を借りれば、control業務はfeedback制御の範囲内であり、manage業務はfeed forward制御やモデル予測制御の次元である、と言えるかも知れません。

じゃあAdministrationはというと、日本企業でたとえるなら「総務」の仕事に近い。働く環境を保つための諸処の雑用を含む仕事です。「行政官」の仕事と言ってもいい。だったら経営学修士をなぜMBA = Master of Business Administrationと呼ぶのか? Business Administrationこそ「経営」ではないのか--こうした疑問がわくかも知れません。答えはYesでもありNoでもあります。MBAという名のコースが米国で初めて設置されたのは1908年のハーバード大学でしたが、これは一種の妥協的な命名で、当時の総長は「醜い呼称」だと言いました。

というわけで、整理するとこうなります:

(1) Management やっかいな対象を、先読みとリスクテークしながら、動かすこと
(2) Control 主に無生物を対象に、決まった基準に合うよう、御すること
(3) Administration 働く環境を保つために、手続きどおり記録しサポートすること

さて。日本語の「経営」「管理」に目を向けてみると、ここには明らかに地位に相応する区別があります。経営者と言えば、役員以上です。一方、課長も係長も中間「管理」職です。社長の仕事と課長の仕事には、質的な違いがありますよね? でも、両者の仕事の区別は、(不思議なことに)英語では表現できません。社長の仕事もmanagement、課長の仕事もmanagementです。英語でなんとか「経営者の仕事」を表現しようとすると、functions of the executiveなどと言う必要があります。

だんだんと、スパゲッティとうどんの違いが見えてきましたか。英語のManagementは、人に仕事をしてもらうための間接的業務のうち、リスクと意志決定を伴う部分を指します。日本語のマネジメントには、そういう含意は無いかわり、人の上に立つ地位の意識がある。たとえばドラッカーのような経営学者がmanagementという場合、経営者の業務のうち、manageする機能を意味している。ところがこれが翻訳されたとたん、うっかりすると「管理者の権能」全般として受け止められかねない。機能と権能。誤解にご注意、です。

わたしがこうして言葉にこだわる理由は、お互いに分かったつもりで誤解することを避けたいからです。わたしが何をどう定義しようと、世間の人たちの言葉の使い方を規制できるわけではありません。ただ、自分の書く文章においては、少なくとも一貫した整合性のある言語を選びたいのです。

では、リーダーシップの方に話を進めましょう。Leadershipは英米人の大好きな単語です。にもかかわらず、冷静に訊ねてみると、その正確な定義は誰もまだ下せないようです。皆がLeadershipを信じている。でも、誰も言葉で明確に述べることはできない。不思議だと思いませんか。

リーダーLeaderとは、同種の職能集団、あるいは対等な個人集団における牽引役、手本です。これは前回もご説明しました。Leaderは民族移動や西部開拓のようなときには、必須です。ゲルマン系諸民族や、米国人がLeadershipを好きな理由は分かりますね。むろん変化の少ない環境でも、リーダーは必要です。それは、後進の若い人たちへの手本として、人間の成長のために重要な役目を果たします。

ついでに言うと、英米では、リーダーは手本となり、権威(つまりフォロワーからの尊敬)によって人を引っ張る英雄、というイメージがあります。これに対して、マネジメントとは尻を叩くもの、権力と金とルールで(つまり恐怖で)人を追い立てるもの、という感覚がある。

この「英雄」の神話的でロマンティックなイメージこそ、じつは英語のLeadership概念の中心にあるものです。英雄である以上、皆の目標にはなるが、現実はあちこちに居るはずはない。わたし達の社会には100万人以上の業務リーダーがいるはずです。でも、この国に100万人もヒーローがいると思いますか? だから、職場の「リーダー」が皆、英雄的「リーダーシップ」を発揮する、というのはありそうもない話です。

では、その100万人のリーダーは何を発揮すべきなのか? こたえは英語的な意味における「マネジメント」だ、ということになりますね。マネジメントはロマンティックでなく、もっと散文的な仕事、でもこの世のあちこちで実際に必要な仕事なのです。滅多に見られぬものではなくどこにでもあるもの、目覚ましいものではなく目立たぬもの--それがマネジメントです。なんだかSさんの勇ましい勤労意欲を阻害しているような気もしますが、これがわたしの現実認識です。

この国の昨今の情勢をみていると、わたし達は「強いリーダー」「神話的リーダー」を求めているようです。震災、原発事故、そして復興を巡る政財界のすったもんだで、トップの首をすげ替える議論ばかりがはびこっています。○○じゃあダメだ、××はどうか・・こうして1年足らずで毎回追い立てる。今や日本では、リーダーは「消耗品」であり、使い捨ての「消費財」になってしまった観があります。どうしてこうなるかと言えば、仕事の成否はリーダーの人格で決まる、という信念が漠然と広まっているからでしょう。

わたし達にいま本当に考えるべき問題は、「誰がやるか」ではなく、「何をやるべきか」です。つまり、リーダーシップの議論ではなく、マネジメントの議論です。Sさんには地位や人名ではなく、ぜひ仕事の中身に集中して、頭脳を使ってほしいと願う次第です。
by Tomoichi_Sato | 2011-06-13 21:32 | ビジネス | Comments(1)
Commented by kit limpie at 2015-10-26 02:48 x
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