新任リーダー学・超入門 その1

Sさん。昇格おめでとうございます。お知らせをいただいたのに返信が遅くなって申し訳ありません。

いよいよ「リーダー」格になられたわけですが、この1ヶ月間のご感想はいかがですか。思ったより面白い、とか、思ったほど仕事の中身は変わらなかった、とか、感じ方はいろいろあると思いますが、ともあれ「マネジメント」職に一歩、踏み出されたわけです。

それにしても、「リーダー」という職名は不思議なものです。わたしの業界では「リード・エンジニア」という言い方をしますが、まあ実質は同じです。課長とかマネージャーではない。でも、責任ある立場で、後輩をまとめる仕事を任されます。小さな案件ではプロジェクト・リーダーとして、直接顧客と折衝する必要にも迫られる。つまりリーダーとは、管理職手当の付かない、しかも残業代はしばしばサービスさせられる立場に与えられた名前だ、と皮肉混じりにおっしゃりたくなる気持ちは分かります。

リーダーにはリーダーシップの発揮が求められる--それが、上の方々の期待とのことですが、この「リーダーシップ」もまた、くせ者の言葉です。もともと、英語でLeaderというのは文字通り、先導(lead)する人、の意味です。どこかに向けて移動する、一群の人たちの先頭に立つ者です。ここには格別、上司部下とか指揮命令とかいった権力関係はありません。英語のLeaderは、同格の人たちの中で筆頭の人物を指す言葉なのです。ちょうどSさんがお得意の楽器にたとえれば、オケの中の独奏者みたいなものです。

ところが一方、Sさんが今度なられた「リーダー」職は、同じ職能を持つ技術者集団を引っ張る立場ではありますが、同時にマネジメントすることも求められています。この二つの仕事の違いがお分かりでしょうか?

たとえばSさんが映画監督になったと想像して下さい。監督のSさんは、シナリオに従ってカット割りを考え、カメラマンや照明に準備させます。そして主演女優に演技をこう指示するのです。「そこでカメラの方に振り向いて、涙を流してください。」 さて、そのとき女優が「どうやって泣くんですか? 悲しくもないのに涙なんて流せません!」こう答えたらどうします? 

「そんなことは自分で考えなさい。貴女はプロの女優なんだから。」--これが「マネジメント」の答え方です。マネジメントとは、他者に仕事をしてもらうことです。その仕事は、必ずしも監督自身ができるとは限らないし、できる必要もない。ただ、ほしい結果(アウトプット)だけを指定する。やり方のプロセスは相手に任せる。これがマネジメントです。だからこそ、マネジメントは、複数の異なる職能をたばねて動かす事ができるのです。

これに対し、「自分の感情を集中して、過去のある場面をなぞりながら、顔をゆがめてごらん。そうすれば、自然に涙が流れてくるから。」--こう指示したら、それは「コーチング」の答え方です。コーチングは、固有技術における上手なやり方(プロセス)を教える。コーチは当然、相手よりもうまくできる(あるいは、少なくとも過去には上手だったことがある)必要があります。コーチはマネージャーより部下に優しいとか技術力があるとか、そういう問題じゃない。やっている仕事の内容が違うのです。

日本の会社はほとんどどこでも、初級技術者(担当者)からはじまって、熟練し経験を積むことで、職位の階層を上がっていく、という人事制度をとっています。新入社員の時には、100%固有技術の世界で働きます。そして昇格昇進し上級管理職になると、ほとんど100%マネジメントの仕事になる。ちょうど図のような感じで、固有技術とマネジメントの比率が変わっていくのです。そして、リーダー職は、固有技術70:マネジメント30、くらいの比率でしょうか。固有技術の部分は、自分で手を動かす仕事もありますが、部下へのコーチングの仕事も含まれるのです。
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問題は、図で水色の部分、すなわち「マネジメント」のスキルが、きちんと組織内で教育されないし、十分認知もされていない点にあります。マネジメントのスキルが必要なのに、そこを気合いと根性の「リーダーシップ」で乗り超える、なんて期待が漂っているのです。

マネジメントのスキルは、実際にはハード・スキルとソフト・スキルに分けることができます。ハード・スキルとは、テクノロジー(技術)として形式化し、またシステムにできる知識です。たとえば、モダンPM理論で言うEVMSだとかWBSだとか、生産マネジメントならば経済ロット量や最小スラック順だとかいった技法で、これらは本や講義で学べるものです。ハード・スキルは「マネジメント・システム」化することができる点が特徴です。またシステム化することで、誰がやってもそこそこの水準が得られるように仕組みを作れます。

他方、ソフト・スキルとは、もっとヒューマン・ファクターに近い技能です。交渉とか問題解決とかビジョンの創造といった能力で、これらは簡単に座学で学べるものではありません。素質も必要ですし、磨くための経験の機会も必須です。かなり属人的な能力で、システム化することも難しい。世間で「リーダーシップ」と呼んでいるのは、じつはマネジメントのソフト・スキルを指すことが多いのではないかと思います。いうまでもなく「リーダーシップ・システム」なんて作れないし、誰も求めないでしょう。これがマネジメントとの違いです。

固有技術能力とマネジメント能力は、リーダー職にとって車の両輪です。どちらかが弱いと、スムーズに前に進めません。固有技術が7割ですから、それだけでも一応仕事は回りますが、かなり効率が落ちるし、事態の変化に対応してハンドルを切ることも難しい。だから新任リーダーのSさんにとって大事なのは、これまで未知の領域だった、マネジメントのハード・スキルとソフト・スキルを学ぶことだと思います。

そういう訳で、ご要望に応じ、これから何回かに分けてマネジメント・スキルの初歩をサイト上で解説していこうと思っています。名付けて、『新任リーダー学・超入門』。どうか、肩の力を抜いて、おつきあい下さい。

具体的な内容は次回から書くつもりですが、まずはご質問にもあった「新任リーダーにとってお薦めの参考書」をご紹介しましょう。なかなか良いお訊ねで、何を選ぼうかちょっと迷いました。世間の書店には、ビジネス書のたぐいは山積みになっています。そのほとんどが、前述のソフト・スキルの個別論ですが、玉石混淆なのは致し方ありますまい。むろん、拙著『時間管理術 』(日経文庫)を挙げたい気持ちは山々ですが、ここはまあ謙譲の美徳(笑)を発揮して、長い間読み継がれ評価の定まった古典から選ぼうと思います。

1. D・カーネギー著「人を動かす

第一冊目は、アメリカの自己啓発本の古典、「人を動かす」です。原題は"How to win friends and influence people". 直訳すれば“友人を得て他者に影響を与える方法”ですが、これを『人を動かす』と訳した訳者も偉い。あまりに古典すぎて今さら、と感じられるようでしたら、書店でためしに第1部第1章「盗人にも五分の理を認める」の冒頭の数ページと、「人を動かす原則1」を立ち読みしてみてください。マネジメントとは、繰り返しになりますが、人を動かし、人に働いてもらうことです。どうすればそれが上手にできるようになるのか、ソフト・スキルの第一歩はそれを自分に問いかけることでしょう。

2. 梅棹忠夫著「知的生産の技術

二冊目は、先ごろ物故した民族学者の梅棹忠夫が1960年代、まだパーソナル・コンピュータなど影も形もない時代に著した、画期的な書物です。「知的生産」に「技術」がある、などとは、それまで日本では誰も考えもしなかった事でした。紙のカードやカナタイプライターその他を駆使して、「情報」をいかに「定型化」して処理し知的生産に用いるかを、自ら考案し実践した著者の慧眼には驚くばかりです。手法は現代から見ると古いが、考え方は全く古びていません。このような視点は、著者がもとは理系で理学博士であったことと無関係ではないと思います。

3. C・N・パーキンソン著「パーキンソンの法則

これも'60年代に一世を風靡した本です。この著者は初期のものほど面白いのですが、本書は組織における仕事量と人数には関係がないことを明らかにし、なおかつ官僚的組織では要員数は一定比率で単調増加していく法則を世間に知らしめました。それ以外の章も、イギリス風の知的なウィットに満ちていて、組織で働くことの意味を考えさせてくれます。

よければ手にとって読んでみてください。けっして損にはならないと信じます。

最後に、次回からの各論に入る前に、一言つけ加えさせてください。これからリーダー、さらには上級管理職へと階梯を上がっていくだろう前途有望なSさんには、ぜひ「知性」と「感情」のバランスと統合をめざしてほしい、とのアドバイスを贈りたいと思います。“この人にならついて行っても良い”と思った尊敬すべきリーダーは、みな知性と感情が一人の人格の中で統合されていて、知に働きすぎず情にも流されずに人を動かしていました。感情だけで動く人は、リーダーには向きません。でも、頭は良いが他人の感情が理解できない人も、困ってしまいます。

知的なSさんのことですから、正論を主張したのに皆が動かない、と不満を持たれたこともあると思います。でも、正しいだけでは、組織も人も動かない。人にも組織にも、“感情”があるからです。感情はやっかいな存在ですが、仕事の意味を豊かにもするのです。どうかこのことは忘れずに、毎日の仕事に精進されることを祈っております。
by Tomoichi_Sato | 2011-05-25 23:07 | ビジネス | Comments(2)
Commented by noga at 2011-05-26 09:30 x
日本人に関する '有ること' と '無いこと'。

感性があって、理性がない。
感想を述べるが、理想を語らない。

現実の内容はあるが、考え (非現実) の内容はない。
事実は受け入れるが、真理は受け入れない。

実学 (技術) は盛んであるが、哲学は難しい。
実社会の修復はあるが、理想社会の建設はない。

現実の世界は信頼するが、非現実の世界は信じない。
現実の内容を再現すれば、それは模倣である。
考え (非現実) の内容を実現 (現実化) すれば、それは創造である。
模倣力はあるが、創造力がない。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

Commented by Dora at 2011-05-26 11:05 x
こんにちは。いつも興味深く拝見してます。

>その仕事は、必ずしも監督自身ができるとは限らないし、できる必要もない。

これなかなかわかってもらえないところですよね。

僕は「モウリーニョがロナウドよりドリブルがうまい必要はないだろ?」って説明してます。

ではでは~。
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