人気ブログランキング | 話題のタグを見る

プロジェクト・ダイナミクスの構造



PMBOK Guideの編纂者たちが、いわゆる「9つのマネジメント領域」を定義したとき、そこにProject Integration Management=プロジェクト統合管理を入れたのは卓見だった。これ以外の8領域、すなわち、コスト管理、時間(スケジュール)管理、スコープ管理、品質管理、人的資源管理、調達管理、リスク管理、コミュニケーション管理、は、それぞれが独立した管理対象範囲を持っている。

(ところで、以前「マネジメントと管理はどこが違うか」にも書いたとおり、私は『管理』という日本語が嫌いだ。だから、こうやって8回も9回もくり返して書かされると、ちょっとうんざりしてくる。管理という用語はあまりにも多義性の言葉で、あらゆる物事を曖昧に片づけてくれるので、ひどく便利な魔法の道具になってしまう。私は、仕事の内容を正確に表現したいので、普段はあえて、マネジメント/コントロール/アドミニストレーションの3つのカタカナ言葉を使うようにしている。)

さて、独立した対象範囲があるということは、いいかえると、指標化して管理しやすいということだ。その典型がコスト管理である。コストは誰の目にも明らかなお金の数字で表現される。そこには曖昧さはみじんもない。そして、指標として重要である。それも、ふつうは組織の階層を上に行けば行くほど、コストの重要性が増し、その他の領域、たとえば技術品質や人的資源などの重要性が小さくなっていく。平社員ならばコストを度外視して技術的達成に打ちこんだりするかもしれないが、経営者でそう行動する人は稀だ。

したがって、経営層がプロジェクトを見るときは、たいていの場合はコスト指標が最大の管理指標になる。だから、自社のプロジェクトの遂行能力を向上しようとすると、まず採算向上が目標になり、原価管理のツールがまっさきに整備される傾向が強い。

ところで、採算というものは、コストだけ「管理」していれば、目標を達成できるものだろうか? じつは、採算の悪化している赤字プロジェクトの内部をよく調べてみると、もう少し別の事情が分かる。

たとえば、エンジニアリング業界での典型的な失敗プロジェクトは、次のようなパターンで起こる:まず、きびしい受注合戦の中で、かなり無理をした安値で受注する。そのままでは最初から赤字が予想されるので、プロマネは原価を下げるよう必死に努力する。この業界ではベンダー/サブコントラクターからの調達金額がコストのかなりの部分を占めている。そこで発注金額を下げるために、リスクはあるが安いベンダーを採用したり、あるいは延々と金額交渉に時間をかけざるをえない。

結果として、次第にプロジェクト・スケジュールが遅れてくる。おまけに、予算上の予備費を取れないために、プロマネはリスク要因に対処できる余地が無くなる。だが、プロジェクトでは予期できない突発事象が必ず起きるものだ。たとえば、安いベンダーの納品物がまるきり品質が低くて使えなかったり、あるいは途中で倒産してしまったり。こうして、プロジェクトはさらに遅れてしまう。しかたなく、スケジュールの挽回をはかるため要員をもっと投入する。こうしてコストはどんどんと膨らんでいく・・

おわかりだろうか。プロジェクトの採算が悪化する直接原因は、スケジュールにある。そして、スケジュール遅延の原因は、品質保証や調達の失敗にある。さらにその元をたどっていくと、コミュニケーションやリスクの問題につきあたる。

このように、ある管理領域で見つかった問題の根幹は、たいていは別の管理領域の失敗に起因するのだ。それは一種の玉突き現象に似ている。問題事象が最初に発見される場所は、コストである可能性が高い。数字で表わされ、鵜の目鷹の目でチェックされるからだ。しかし、コスト・オーバーランの原因は、たいていスケジュール遅延かスコープ漏れである。その原因は、さらに品質・調達・人的リソースの問題にある。そして、これらの遠因は、たいていリスク対処とコミュニケーションの失敗にあるのだ。だから私は、プロジェクト原価管理システムを構築すれば原価を管理できる、というような発想に反対なのである。

PMBOK Guideのいう管理領域は、すべてが独立で対等ではないことを知るべきだ。そこには、階層的な因果関係がある。それが、プロジェクトというものの、ダイナミクスを形づくっている。だからこそ、『プロジェクト統合管理』が必要だ、とPMIの先覚者たちは感じたのだろう。プロジェクト・マネジメントを考える者はみな、そのダイナミクス(動力学)をもっと真剣に学ばねばならないのだ。
by Tomoichi_Sato | 2005-08-28 23:26 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)
<< スイスから東欧にかけて洪水 ポルトガルで干ばつと山火事 >>